08・女の戦い?
明るい音楽が奏でられ、煌びやかな雰囲気を醸し出す。
普通の夜会とは一線を画した雰囲気の中、着飾った紳士淑女が和やかに談笑する。
「美しいエイシャ。困ったな、その姿を誰にも見せたくない」
そんな会場の隣に誂えられた控室。
そこに入った瞬間に抱き寄せられた腕の中。
熱っぽく囁かられた言葉に赤面する。
「兄上、エイシャが困っておりますよ」
「うるさい、ザット。邪魔するな」
そんなエイシャの姿に、いつかと同じやり取りをして。
「ジダン、せっかく美しく整えたエイシャを見せびらかさなくてどうするの!」
後ろから御母様に救出された。
―――昨日とまったく同じやりとりなのは今更だな。
昨日はピンクのフリルのドレスだったが、今日はオレンジの布を幾重にも重ねたドレスを着ている。
昨日よりも地味に重いこのドレス。動くのも一苦労なのだ。
「あぁ、エイシャ。昨日のドレスも可愛らしかったけど、今日のドレスも良く似合うわ」
クルリと回転させられ、御母様に全身チェックされる。
昨日のコンセプトは“可愛らしく”だったそうで、装飾はピンクダイアだった。
サイドのみを結い上げた髪の装飾から、耳飾り、首飾り、腕輪に至るまで全部ピンクダイア。デザインも、少女趣味を全面に押し出したようなソレだった。
飾りたてた侍女たちは、まるで妖精のようだ! と絶賛していた。
そして、今日は・・・
「今日の装いは、まるで女神のようですね」
「そうでしょう! 今日は、大人らしさを目指したのよ」
ザット王子の言葉に、御母様が嬉しそうに答える。
今日は、濃淡の差はあるがオレンジ一色のドレス。それに、装飾は真珠のみ、という装いだ。
髪も全部を高く結い上げ、多くの真珠で飾りたて、身につけるアクセサリーも真珠のみ、という徹底ぶり。
ザット王子が言うように、侍女たちの目指したところは女神様だったらしい。
身支度だけでゲッソリなのは今更である。
「さぁ、エイシャ。今日もお客様たちに見せびらかすのよ」
「エイシャ、くれぐれも兄上から離れないように」
時間となり、昨日と同じように先に出ていくザット王子たち。
今日は国内の貴族たちだけなので、心理的にも楽ではある。
―――楽、だったハズなんだけどなぁ・・・。
目の前には、とりどりのドレスに身を包む貴族令嬢たち。華美に豪華に飾りたて、己の魅力を最大限に引き出している。
そんな有力貴族の令嬢たちは、ジダン王子相手に話しかけ、ザット王子相手にしなを作る。
婚約披露とはいえ、この国には側室制度もある。王妃のように政務に出ることもなく、後宮で愛姫として送る悠々自適な一生を望む女は多い。
いくらジダン王子にその気が無くとも、エイシャに子が出来るまでは強く拒否することは出来ない。
同じ理由で、エイシャが不快を表すことも出来ないのだ。
―――う~ざ~い~
弱いエイシャなら、顔を伏せてジダン王子の陰に隠れていればいいのだろう。
しかし!!
こういう輩は、放置すれば増長し、甘い顔をすればつけあがる。エイシャを格下だと見れば、礼儀も節度もあったものじゃない。
さて、では、どうしたら良いか。
「エイシャ様は、こんなにお美しい方だったのですね」
「夜会にもお出ましになられなかったので、存じ上げませんでしたわ」
答えは簡単だ。
「夜会などは、ジダンさまがお許しくださらなくて・・・」
「着飾ったエイシャを晒すなんて、もったいないだろう?」
エイシャの方が格上だとしらしめればいい。たかが貴族の令嬢如きでは太刀打ちできない、と思わせればいいのだ。
今夜の装いは女神様らしいので、ちょうどいい。完璧な立ち振る舞いと笑顔で、女たちを牽制して。
これ見よがしに、ジダン王子に甘えてみせる。ジダン王子の寵愛は、エイシャただ一人のものだと見せつける。
腰を抱いて甘く見つめるジダン王子に体を預け、恥ずかしげな表情をしながらもうっとりと見上げれば完璧である。
―――ポイントは、恥ずかしがらないことである!
いや、恥ずかしいですけどね。
でも、おかげで嫌味な貴族や令嬢の相手をしなくて済むようになるのだ。ガマンガマン。
―――エイシャになってからの合い言葉は“ガマン”だな・・・。
「エイシャ様は大切にされておりますのね」
羨ましいですわ、と言うのは伯爵令嬢。
父親は王宮の大臣だったハズだ。父親にくっついて、御母様のご機嫌伺いにきていた姿を見たことがある・・・ような気がする。直接挨拶などしたことがないのでわかりませんが。
「本当に。ご祖国の王太子殿下も、エイシャ様のために屋敷のご用意をしているとか」
ご存じでした? と言うのは侯爵令嬢。
外交官を務める父親から聞いたのだろう。って、屋敷ねぇ。さすがに、王宮に部屋を作るわけにはいかないだろうが。それでも、わざわざ屋敷を造らんでも・・・ねえ?
「まぁ。わたくしは、エイシャ様のために愚かな行いをした妹君に手をかけられたと伺いましたわ」
実の妹君よりもエイシャ様が大切ですのね、と言う公爵令嬢。
現国王の従兄弟を父親に持つ、最も「王子の花嫁」に近い令嬢。
ジダン王子がエイシャを望まなければ、この令嬢が王太子殿下の婚約者に収まっていただろう。
高貴なる美しきご令嬢、と貴族の中では一目置かれているらしい。ジダン王子とエイシャの事が落ち着けば、ザット王子の婚約者に、と真っ先に名前が上がるだろう。
父である公爵も当然政務に携わっているだけあって、さすがに、情報が早い・・・って。はいぃっ?!
「ギブロアさまが、何を・・・?」
聞き間違いだといいな、とか。
何かの勘違いだといいな、とか。
あらゆる期待を込めて確認のために問い返すが。
「あら? ご存じではありませんでしたの? ご帰国されたミジャン様を、兄君である王太子殿下が手にかけられましたのよ」
表向きは自殺、ということらしいですけれど。てっきり、ご存じかと思いましたわ、と言われ。
そぉっと、隣のジダン王子に目を向けて。ついで、ザット王子に視線を向ける。
―――悪魔がいますよ~。
怖いです。冷ややかに令嬢を見下す二人がとっっても怖いです!!
「国情だ。そう簡単に口にするな」
「頭の悪い女では無かったと思ったのですがねぇ」
公爵自慢の娘は、少々頭が悪いらしい、と。
それよりも、国情を軽々しく娘に話す侯爵にも問題がある、と。
絶対零度のお顔で、公爵令嬢を見下す二人。
言っていることは間違っちゃいないが。
もう少し、言い方ってもんがあるだろうよ・・・。
そろりと令嬢たちを見れば、悪魔に睨まれ顔面蒼白。
それでも気丈に立ってるのはスゴイと思うわけですよ。
「ジダンさまとザットさまは、ご存じだったのですね」
そんな令嬢たちはひとまず無視して、確認作業にとりかかる。
まぁ、だからどうこう、とは思いませんが。
むしろ、憂いがなくなった、としか思いませんが。
それでも、事実は事実として把握しておきたいわけですよ。
「あ、あら。当然ではありませんか。わたくしでさえ・・ひぅっ」
この公爵令嬢はバカに違いない。
エイシャが知らなかった事を、自分が知っているということが言いたかったのだろう。
自分が知っているのに、なぜエイシャは知らないのか、とバカにしたかったに違いない。
怯えながらも口を開いたその神経は賞賛に値するが。
空気読もうよ~と思いつつ恐怖で震える令嬢たちを無視して。
「詳細をお聞かせくださいませ」
にっこりと笑って、ジダン王子を見つめる。
「エイシャ・・・」
困った顔でエイシャを呼ぶザット王子にも、ふんわりと微笑んで。
「ギブロアさまは、まだ御滞在なのでしょう?」
暗に、教えてくれないのならば直接聞きに行く、と脅してみる。
今朝の事もある。エイシャから誘えば、ギブロアはいそいそと飛んでくるだろう。
「・・・わかった。この後、必ず」
仕方がない、と言うように承諾したジダン王子。
少々卑怯な手だが、真実を知るのは大切なのだ。