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06・招かれざる客

 夜会の後の朝は遅いものである。

 まぁ、明け方近くにベッドに入るので、それも仕方のないことではあるのだが。

 朝だか昼だかわからない時間に食事をして、活動開始が午後二時頃。

 夜会二日目の今夜。

 準備の時間を十分に取るために、一日ダラダラと過ごす予定になっていたのだが・・・。



―――誰だよ、コイツ通したの・・・



 目の前には秀麗と言っても良い造形の顔を綻ばせ、エイシャを見つめるギブロアの姿。

 鮮やかなオレンジと薄いピンクの花で作った花束を片手に、入り口で佇んでいる。


 ノックの音に、エイシャ自らが扉を開けたのがそもそもの間違いだった。

 たまたま扉の近くにいたから、何も考えずに開けてしまったのだ。

 まさか、ギブロア自らがココに立っているとは思わなかった。

 エイシャの私室の前、つまり、この扉に辿り着くまでには、二回扉を潜らなければいけない。

 その扉ごとに、もちろん衛兵が居る。

 だから、ココに辿り着くのは、ジダン王子やザット王子、御母様や御父様といった家族のみ。

 それ以外の来訪者は、ひとつ前の扉、応接室の前で止められる。

 そこの衛兵が来訪の旨を伝えに来るのが普通だ。



―――さて、コイツはどうやってソレをパスしたのか・・・。



 このまま扉を閉めたいが、無理だろうな。

 何とか衝動を抑えつつ、小首を傾げて困ったわ~な表情を作りつつ。できればこのまま出ていってくれ、と願いつつ。

 まぁ、これで大人しく出ていくだけの頭があれば、こうやって訪ねてくることなどないのだが。


 諦めて、差し出された花束を受け取った。


「おはよう、エイシャ。昨夜のエイシャのイメージで作らせたんだ。うん、よく似合う」


 一抱え以上ある花束に埋まるエイシャを見て、満足げに頷くギブロア。

 やっぱりエイシャには花が似合うとか、その花よりもエイシャが美しいとか、なんとか。


 ハッキリ言って、ウザイ。


 いくら婚約したとはいえ、未婚の女性の部屋に独身男が従者も連れずに単身で訪ねて来るとか。

 贈り物に花を選ぶとか。


「ギブロアさま、どうやって、ここまで・・・?」


 ツッコミ所は満載だが、それよりもまず、肝心なことを確認したい。


「ん? 普通に、エイシャのご機嫌伺いに、と言って通してもらったけど?」


 それがどうした? とでも言いたげなギブロア。

 そんなハズはない。

 ただのご機嫌伺いの男を通すほど、ここの衛兵は無能ではない。

 第一、ジダン王子やザット王子が、そんな事を許すはずがない。

 嫌な予感しかしない、この状況。


 エイシャを猫可愛がりしている侍女たちの顔色も変わり、一人がもう一つの扉、侍女たちの控室側から退室していくのが視界の端に写る。

 きっと、ジダン王子でも呼びに行ったのだろう。

 個人的には、ジダン王子よりもザット王子の方が良いのだが・・・。



―――昨夜のような絶対零度は勘弁してほしいんだぁ!!



 あの、ピリピリした空気は嫌だ。肌に突き刺さるような怒気と、息苦しくなる圧迫感。

 もちろん、それがエイシャに向けられる事はないが、心臓に悪い。



「エイシャ、少し話をしないか?」


 イラッとするこの口調。

 いくらエイシャが従姉妹とはいえ、今は主国の王太子の婚約者だ。

 いくら血縁関係があったとしても、弁えるべきだろう。

 それすら解らないルードイの王太子は、頭が弱いに違いない。


「しかし・・・」


 嫌です、とはハッキリ言えないので。

 言葉を濁して回避を試みる。


「ミジャンのこと、エイシャにもきちんと謝りたいんだ」


 昨日は、謝罪も許されなかったからね、とギブロアの声。

 あの後、ジダン王子はエイシャとギブロアの会話を許さず、早々にエイシャを下がらせた。ご丁寧に、ザット王子を護衛に付けて。

 ザット王子もそれには異論はなかったようで、慇懃な態度でギブロアに挨拶だけして、エイシャを引き受けた。


 よほど怒っていたのか、またはエイシャに聞かせたくない話でもあるのか・・・。

 どちらにせよ、エイシャの勝手でギブロアを招き入れるのは避けたい。


 が。


「謝罪だけしたら、帰ると誓うよ」


 エイシャの逡巡をどう解釈したのか、ギブロアも引く様子がない。


「エイシャ、ダメかな?」


 さて、困った。

 これ以上、無言で押し通すのは無理。

 ジダン王子たちが早々に来てくれることを祈っていたが、望みは薄そうだ。

 確か、ジダン王子たちには政務があったと、今更ながら思い出す。


「・・・どうぞ、ギブロアさま」


 覚悟を決めて部屋へと招き入れ。

 侍女に促されるまま、テーブルを挟んで向かいの席に腰掛ける。

 花束は早々に侍女に手渡してある。


「ありがとう、エイシャ。ミジャンのしたこと、ずっと謝りたいと思っていたんだ」


 悪かった、と躊躇いもなく頭を下げるギブロアに、受け入れる以外の選択肢を無くす。

 それでも、勝手に返事をすることはできず、曖昧に微笑んでおく。

 声にさえ出さなければ、どうとでもなるのだ。


「父、ルードイ王からも正式に謝罪をと言われていてね。こうしてエイシャが聞き入れてくれて良かった」


 それでもギブロアは関係ないのか、エイシャの態度を気に留めることなく言葉を発する。


「本来ならば、即刻処断されていてもおかしくない行いだったにも関わらず、ミジャンを帰国させて頂いたんだ」


 ありがたいことだ、と言いながらも、その瞳は妹の帰国を喜んでいるようには見えなかった。


「ミジャンは、お元気ですか?」


 何の咎もなく、強制帰国させられたミジャン。

 ザット王子も、ジダン王子も、詳しくは教えてくれなかったミジャンのその後。

 何の条件も無くただ帰国させたとは考え難い。

 ジダン王子やザット王子が教えたがらなかった理由もそこだろう。


「安心していいよ、エイシャ。ミジャンは二度とエイシャの前には現れないから」


 にっこりと笑って、そう告げるギブロア。

 その言い方に、違和感を感じる。


「ミジャンに求められた対応は、ミジャンを二度と自国から、ルードイから出さないこと。だから、父はミジャンを幽閉した」


 聞いてはいけない。

 頭の中で、警笛が鳴り響く。


「王族が罪を犯した場合に使われる、貴賓の塔。あそこに、帰国したミジャンは閉じ込められた」


 窓すらない、高い塔。

 入り口は、一つ。


「乳母一人を付けて、二度と出る事叶わぬと、厳重にね」


 豪華な部屋。

 不自由のない生活。

 しかし、外に出ることは叶わず、今日の天気すら知れない生活。


「末っ子で、我儘に育ったミジャンは、耐えられなかったんだろうね」


 二人の兄と、一人の姉に可愛がられて育ったミジャン。

 自由奔放な性格だった。


「幽閉して五日目。事後処理の落ち着いたその日、会いに行ったミジャンは冷たくなっていたよ」


 ニッコリと。

 何の邪気も無く。

 ただ、世間話をするように。


「側には、変わり果てた乳母の姿もあった。ミジャンが狂って殺したんだろうね」


 こんな事があったんだよ、と。

 まるで、他人事のように。


「だから、エイシャ。安心して戻っておいで・・・・・・


 ギブロアは、そう言った。


「エイシャを傷つける者は居ないよ。だから、正式に婚姻を結ぶ前に戻っておいで」


 そこには、ミジャンに対する何の感情も見当たらない。


「今のままでは、可愛いエイシャの身分は無いだろう?」


 言いながら、微笑んで。

 その瞳に、情熱だけを灯す。


「エイシャには不必要な物かもしれないけれど、逃げ場所は必要だろう?」


 エイシャなら、いつでも歓迎するよ、と。

 しばらく、里帰りでもどうだい? と。

 本心を、悟らせないような言い回し。


「誰よりも、可愛がってあげるよ」


 ミジャンは我儘なだけで可愛くなかった、と。

 エイシャならば、可愛がってあげると。

 ほんの少し、本心を、見せつける。


「だから、エイシャ」


 秀麗なその顔に、満面の笑みで。

 ギブロアは、言う。


「ルードイ国に、戻っておいで」


 王女として、迎え入れるから。

 誰よりも美しい花嫁として、送り出すから。

 その為に、一度。

 祖国であるルードイの地を踏めと、ギブロアは言う。


「ね、エイシャ」


 背筋に、冷たい物が流れた。

 この男は、自分の妹の死を、欠片も悲しんではいない。

 自国の行く末を、少しも憂いてはいない。


 それよりも、ただ。


 エイシャを、手に入れたいのだ。




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