15・ご退場願いましょう
暖かな日差しを受け、咲き誇る花たち。時折吹く緩やかな風は、精霊たちのイタズラ。穏やかな午後の一時にふさわしいこの場所で、花すら霞んでしまう麗しい方が一人。ウェランの正面に座り、秀麗な顔に輝くような笑みをたたえた男・・・火の国の第二王子、ハクライス殿下はうっとりとウェランを見つめ、恍惚としている。
「では、火の国には流刑地はありませんの?」
穏やかなお茶の席には似つかわしくない話題だが、ハクライスにソレを気にする様子はない。まぁ、王族なんてやっていれば食事をしながら処刑の話も普通にするし、今更気にするようなことでも無いのだろうが。これがただの貴族子女ならば、キャッキャウフフとファッションや恋の話題になるのだろうが。あいにく、ウェランには無縁だ。
「はい。その代わり、牢獄があります」
たった一つの入り口のみで、窓すらない建物に罪人を収容し、そこでただ働きをさせるという。刑務所のようなそれが火の国にはあるそうだ。
「それだと、維持費だけでも大変では?」
ツェギエットではないが、罪人に国家予算を割くのはもったいないと思う。かといって、野放しにはできない。苦肉の策として、ただ働きをさせているが、それでは追いつかないのが現状だろう。
「財政圧迫しているのは事実ですね。なので、監獄、を我が国にも作れないか検討したいと思っています」
幸い、最適な土地もある、と言うハクライスにはんなりと笑う。肯定も否定もしてはいけないのは鉄則です。
そんな会話をしつつ、このお茶会の目的は消化されていく。正式にウェランがハクライスをお茶に招待し、王妃以下の処罰の報告をする。なにも、改まってする必要はないのだ。大切なのは、ウェランがハクライスと正式に会話をした、という事実。その時の話題が、たまたま王妃たちの行く末だった、というだけ。次期に決まっているウェランやハクライスにとって、王妃たちなどその程度でしかないのだ。お互いに、関心などその程度。それすら理解できずに強行に事を進めた王妃たちがいっそ哀れだ。まぁ、だからといって、同情など欠片もしないのだが。
「ウェランツァイ様、そろそろお時間です」
会話の区切りをついて、斜め後ろからかけられた声。護衛として控えていたギルジェモが、正面のハクライスに退席を促す。
「あら、もうそんな時間なのね。ハクライス殿下、本日はお時間いただきありがとうございました」
楽しい時間でしたわ、と社交辞令を交えつつウェランからも退席をやんわりと促す。予定していたお茶の時間は約一時間。それが陛下たちが許した最長。これ以上の時間をハクライスと一緒に居ることは禁止されている。まぁ、こちらも好んで一緒にいたいわけではないので、逆らうようなことはしないが。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございました」
また、お声掛けいただければ幸いです、と社交辞令にしては本気の色を乗せ退席の礼をとるハクライス。利口な男は決して嫌いではないが、面倒な男はごめんだ。このままウェランがハクライスを受け入れれば、間違いなく面倒事になる。求めるのは平穏。
「機会がありましたら」
遠回しの拒絶を口にし、ハクライスを見送った。
―――さて、フラグ一本折れたかな。
正式な会談の目的の一つは、何故か乱立してるフラグを折ること。ウェランにフラグを回収する気はないのだ。ハクライスは火の国の次期だし、いくら国を巻き込んでの求婚だとはいえ、現実味に欠ける。仮にハクライスを婚約者とすれば、他の国とのバランスも崩れる。そのうえ、ハクライスは水の国に婿入りする形となるため、火の国の次期の権利を放棄しなければならない。そうすれば、次期国王の従兄弟が神官長も兼任することになり、ますます火の国の内情は荒れるだろう。他国のお家事情とはいえ、そうなれば水の国も無関係ではいられなくなる。それは、ウェランの望むところではない。
「あれで、諦めてくだされば良いのだけれど」
望みはない、と言葉無く告げたつもりだ。アレを理解できないようなバカではないだろう。
「ハッキリとお断りしないのですか?」
王宮での用件は終わったため、長居は無用、と早々に寮に戻ってきた。ウェランの座るソファの正面に座るギルジェモは、あの茶席が終わってから機嫌が良い。なぜ機嫌が良いか、は考えてはいけない、絶対。
「する必要はないでしょう。私は、その話は知らない事になっているもの」
だから、ウェランから正式なお断りはおかしいのだ。まぁ、あの叔父上やウィン様のせいで詳細まで理解していますが。
―――それに・・・。
「ハクライスは、数日中に国へ戻るわ」
ウィン様の気まぐれで知らされた情報。ウィン様が嘘や冗談を言うはずがないので、それは間違いなく事実。ならば、近日中にその知らせはハクライスの元に届くだろう。
「ならば、安心です」
追求することなく、ウェランの言葉を正面から受け止めるギルジェモ。疑うことすらせず、疑問に思うこともしないらしいギルジェモに、苦笑する。
「貴女様の憂いとなるモノは、すべて私が排除します」
まるで、忠誠を誓う騎士のように。まるで、その命までもを捧げるかのように。真摯に、しかし、恍惚と。ウェランを見つめるギルジェモ。
―――こっちのフラグも何とかしないとなぁ・・・。
フラグクラッシャーになりたいわけですよ。間違っても、回収ルートは望んでないわけで。んなパッカパカ乱立されても、手に負えません。
「貴女様のお側に」
鉄面皮が、ウェランの前でだけ崩れるようになったのはいつからだったか。優しく微笑むようになったのは、いつからだったか。それを深く考えては、ドツボにハマるから考えないが。でも、いつまでも知らん顔はできないだろう。
「ギルジェモ以外の護衛を置く予定はないわね」
とりあえずは、とは言葉にしませんが。できれば、ギルジェモも置きたくはないんだ。でも、ウェランの言葉に満足そうに微笑むギルジェモにそれは言えない。
「ハクライス殿下が帰国されるまで、当初の予定通り王宮へは戻らないわ」
すぐに帰国することになるであろうハクライス。帰国してしまえば、王妃やセチュエットが居ない王宮に戻ることになるだろう。本来であれば、次期であるウェランツァイは寮生活を送ることはなかったのだ。いくらウェランが残る事を望んでも、今度ばかりは陛下も許可しないだろう。面倒事が無くなった王宮へ戻るのは構わないが、今以上に自由が無くなるのはいかがなものか。
「では、明日からまたお迎えにあがります」
決して、一人で行動しないように、と柔らかく言われ。
「えぇ、お願いね」
王宮に戻っても、戻らなくても、ウェランに自由はないのだ、と悟りつつ。それでも篭の鳥はいただけないわけで。それでも、ギルジェモがウェランから離れることはない、と断言できる。ただの護衛、にしては、王宮での扱いも特殊だ。正式な地位すら持たない、まだ成人前の子供に取るにはおかしい態度で皆が、とくに王宮の兵士たちが接しているのを目の前で見ている。さらさら隠す気がない、というよりは、その態度が当たり前になっていて、隠すという思考にすらならないようだった。一体、ギルジェモは何者なのか・・・。
「ウェラン様、そろそろお食事のお時間です」
思考の区切りがついたのを計ったかのようなタイミングでギルジェモが声をかける。時々、こういうところが本気で怖い。うん、怖い。
「いきましょうか」
しかし、それを表に出すような愚は犯さず、食堂へ行くために部屋を後にした。
そんな事を思っていた日から、四日後の早朝。
火の国の中枢から、ハクライスに火急の使いが来た。
火の国の国王陛下、急死。
神官長をも兼任していた国王陛下の急死により、次期であるハクライスの留学は取り止め。早急に帰国することが求められた。
ウェランツァイへの挨拶も出来ぬまま、ハクライスは自国へと帰国。
これにより、ハクライスの求婚も終焉を迎えたのである。
その第一報を聞いたギルジェモの何とも言えない歓喜の表情は、精神安定の為に見ないフリをした・・・。




