14・捨ててきましょう
王妃の実家であるエーグン家の当主は、王妃の父親である。優秀な男であり、野心とも無縁であったはずだ。それが、なぜ今回のような愚かな行動をおこしたのか、と不思議に思っていたのだが・・・。
「馬鹿ですか?」
いや、馬鹿ですね。と言いながら報告書に目を通す。進まない騒動の処理に、陛下もツェギエットも疲労困憊だった。
―――ウェランが処理するかぁ?
王妃の実家、それも現当主は優秀、とくれば粛正するのも難しい。何の柵もなく行えるのはウェランだけだが、できれば無関係を貫きたい。まぁ、今更感はありますが。
「遠縁に優秀な者が居たでしょう? 養子として迎えて、跡を継がせなさい」
今回の騒動、関与していたのは王妃の弟。次期当主を継ぐ者だったそうだ。秀でて優秀というわけでもなく、しかし野心は人一倍、という典型な悪役。うん、テンプレ。
そんな弟とタッグを組んで王妃は騒動を起こした、と。成功すると思っていたところに無能さ加減が出ているわけだが。
そんな王妃の弟は、王妃と一緒に術で拘束して放置中だ。ちなみに、拘束したのは神官長である叔父上である。
「処罰は?」
真剣な表情でウェランの決定を待つツェギエットに、こっそり溜息をつく。母親と叔父の事であるのに、ツェギエットには何の感情も見あたらない。ここに妹が入ったとしても、かわらないだろうが。
「処刑、というわけにはいかないでしょう」
それが一番サッパリするのだが、そういうわけにはいかない。
「構わないのでは? 今までのこともありますし、決して重罰にはあたらないと思いますが」
相手は他国の次期ですから、と続くツェギエットの言葉に、隣でギルジェモも頷く。陛下も否を唱えることはなく、叔父上もいつもの笑みをたたえている。
―――ウェランに決めろってか。
ここで殺してしまえ、と言っても、誰も否は唱えないだろうが。それがウェランの為なのも重々承知だが。できれば、このタイミングでの処刑は避けたいのだ。
「身分剥奪の上、監獄へ収容。その生涯を縛りましょう」
まぁ、これが妥当だろう。一生ウェランの前に出てくることもないだろうし。
「余分な経費がかかりますが?」
監獄と言っても、刑務所のようなものではない。流刑地のようなもので、そこで自活してもらうのだ。身分を剥奪するので、使用人を付けるわけでも、こちらが食事の用意をするわけでもないが、逃げ出さないように見張りを置く必要はある。
住む家すら国は用意することはない。何も無い隔離された辺境の地に罪人を捨てたことが始まりの『監獄』は、収容された罪人たちが土地を開拓し、家を建て、住んでいる。中は無法地帯。国は一切介入せず、中で死んだとしても死体の回収すらしない。もちろん、医者すら呼ぶことはない。商人すら出入りは禁止され、外部との接触は皆無。ぐるりと囲む城壁は強固で、逃げ出すことは不可能。入り口は一カ所のみで、常時見張りを置いている。
「経費?」
そんな監獄に収容するのに、何の経費がかかるというのか。
「送り届けるのに、最低でも片道10日間。その間の経費は国持ちです」
いや、そのぐらいなら。とは言えない雰囲気ですが。真剣にその経費すらもったいない、と言うツェギエットに何も言えなくなる。
「王妃の私財を当てれば良いでしょう。ドレス一着で済む話では?」
名ばかりの王妃ではなっかため、相応の衣裳や装飾品が定期的に購入されていたはずだ。そのどれもが当然一級品。王妃に相応しい意匠と金額。売れば移動にかかる経費程度軽く出る。
「なるほど。では、そのように」
国の金庫が動かなければ何の問題もないと、ツェギエットもすんなり引き下がる。
「ウェラン、セチュエットはどうする?」
今まで黙って成り行きを傍観していた叔父上が、にやにやと嫌らしい笑みで問うてくる。さて、一体この叔父上は何をさせたいのか。
「利用価値が無いのでしたら、王妃と同行を」
あんな女に利用価値は見いだせないだろうから、王妃と監獄行きになるだろう事は決定事項だろう。それでも、一応の選択肢を与えたのは、ひとえに陛下のためだ。あんなのでも、陛下の娘。親心を考慮すればこそ、だったのだが。
「それがよかろう。王妃と第一王女の私財は国庫へ戻すように。出発は早い方が良い。すぐにでも」
かけらの躊躇いすら見せずに、淡々と指示を出す陛下に笑う。一国の王として、時には身内すらその手に掛けなければならない立場だが、それにしては躊躇いが無さすぎる。躊躇う必要が無いほど、陛下にとって第一王女は価値のない娘だったのだろうが。
「ウェラン様、お手数ですが、罪人の拘束を解いてくださいますか?」
陛下の指示に、ツェギエットが動く。一刻も早く監獄へ入れてしまいたい、というその行動に否やはないが。
「監獄へ入れば解除するようにしておきましょう。今着ているドレスは餞別。そのまま連れていけば良い」
わざわざ会いに行かなくても、術の解除は可能だ。しかし、今から解除すればもう一度、今度は物理的に拘束する必要が出てくる。それはとてつもなく面倒だ。せっかく今拘束しているのだから、それを解く必要はない。
「ありがとうございます。では、今からすぐに出発を」
三人を連れて行く間に、馬車の用意が調うだろう。今から監獄へ出発すれば、10日後の昼には監獄へ着く。そうすれば、二度とウェランの目に入ることはない。
無法地帯となっている『監獄』。あの三人が王族と知る者は多くはないだろうが、ゼロではない。それに、アレたちの性格を考えれば自ら宣伝するだろう。それがどんな結果をもたらすかを理解しないままに。自ら破滅への道を辿っていくであろう三人に、何の感情すら浮かばない。所詮、その程度でしかないのだ。
「念のため、私も術をかけておこうか」
道中の無事を祈ってくるよ、などと、とてもそうとは思えないような顔でツェギエットと一緒に出ていく叔父上を見送って。
「陛下、本当によろしいのですか?」
何を、とはわざと明確にせず、問いかける。
「神官長が自ら術をかければ、アレたちは何事もなく目的地に入れるであろうよ」
逃げ出すこともできず、ただただ監獄へと進む道中を想像し、苦笑する。
夫であり父親でもある陛下は、やはり何の感情もなく淡々とした態度で答えた。そこに、愛情は欠片も存在しない。
「ハクライス殿下に、わたくしから正式に報告いたします。先に謝罪をいただいているので、こちらからの謝罪は不要。対応はわたくしに任せてくださいますか?」
これ以上関わりにならないためにも、一度正式に相手をする必要がある。これまでの二度の顔合わせは、正式なモノではない。このまま無視することも可能だが、一度線引きしておいた方が今後のためだ。
「任せよう。が、一人で会うことは許可できない。ギルジェモ、必ず同席を」
言われなくても、一対一で会うようなことはしないが。わざわざ陛下がそう口にするのは、正式にされたという求婚のせいだろう。
「はい」
さも当然と返事をするギルジェモも、求婚の話は知っている。何を考えているのか、叔父上がその席に同席させたのだ。大臣たちすら知らない話を、当然のように知るギルジェモ。一体、あの叔父上は何をしたいのか。
「明日の午後、お茶の席を設けます。中庭の花園を開放してください」
わざわざ許可を取らなくとも、ウェランに禁止されている事柄など皆無だが、一応、形だけでも声をかけるようにしている。いくらウェランツァイが特別でも、この国の最高位は国王陛下だ。
「許可しよう。エーグン家の処置は、それまでに終わらせる。現当主に責は無くても、降格はしてもらうことになるだろう」
体面を考えれば、それが妥当だろう。家を潰すには、エーグン家は歴史がありすぎる。それに・・・
「降格はしないほうが良いでしょう。その代わり、現当主には引退していただき、養子にその地位を。そうすれば、政治的な発言権の八割は奪えます」
降格などさせては、政治バランスが狂う。現当主は優秀な男だ。抑止役も担っていた当主を一線から退かせ、新当主の教育に専念させ、しかし直接の権力は奪うのが理想。
「それで、他の者たちが納得する、と?」
「する、のではなく、させる、のです。王妃と第一王女、そしてエーグン家の次期が罪人として監獄へ。それだけでもエーグン家の権力の大半は無くなるでしょう。それにプラスして、当主の引退と遠縁の子による当主就任。これで今までの権力も振るうことが難しくなる。それを上手く発表すれば、他を黙らせることは容易でしょう」
必要なのは、エーグン家というネームバリュー。それさえ対外的に保っているのであれば、その実は傀儡でもハリボテでも構わないのだ。まぁ、将来的にウェランの役に立つ人間を推挙するつもりだが。
「養子はいかがする?」
遠縁、とはどの程度にするのか。まさか、爵位を持たない家から出すわけにはいかない、と陛下は言う。そんなことをすれば、混乱は必須。
「チャメル家の三男が良いでしょう。あそこであれば反対も出ませんでしょう」
二代前のエーグン家の女子が嫁いだチャメル家は、要職に就いてはいないが優秀な者が多い家系だ。出世欲の無い者が多く、この家の人間であれば周囲からの反対はまず出ないだろう。
「三男、か?」
そして、その三男は術師団に在籍している。才能もさることながら、頭の回転の良い若者だ。
「はい。術師団に在籍している三男ですわ。あの者ならば上手く努めるでしょう」
にっこりと笑って、反論は許さない、と主張する。
「わかった。では、そのように手配させよう」
本人の了承も取らずに進めるのは気が引けるが、まぁ、アレなら文句も言わないだろう。
お願いします、と軽く頭を下げ、もう用はないとばかりに退出の礼をとった。




