11・馬鹿母娘
まだ授業中である時間に戻ってきた寮の部屋。生徒たちは学校で、寮は静寂に包まれている。
「しばらく王宮へは戻りません。ギルジェモまでわたくしに付き合うことはないわ」
寮の自室。リビングのソファで侍女の煎れたお茶で一息。正面に座るギルジェモに声をかける。アクシデントもあったが、基本姿勢は変わらず、ウェランは王宮に必要以上近づかない事で同意した。まぁ、頼まれても近づきたくはないが。
「いえ、私はウェランツァイ様の護衛。お側を離れることは致しません」
ウェランが寮に留まると言うのであれば、それに従うだけだ、と言うギルジェモ。騎士団長を務めるギルジェモの実家は、勿論王都にある。本来ならば、実家通いすらできるのだ。ソレにも関わらず、ウェランに付き合う形で寮を生活拠点にしている。
すっかり先送りにしていたが、ギルジェモとの間にフラグが・・・。
「そう? 縛り付けるようなことはしたくないわ。覚えておいて」
肯定も否定もしないのがポイントだ。とりあえず、叔父上のせいで乱立したフラグの処理もあるため、できればそっとしておきたい。フラグクラッシャーを黙って待つほどお気楽ではないので、自分で何とかしないといけないわけだし。
―――そんなやりとりしてたのはほんの数日前だっつーの!!
平和だった数日は過ぎ去り、嵐の中に放り込まれた。決して、自分から嵐の中外出をしたわけではない。嵐が、ウェランを追いかけてきたのだ。回避しようにも、自然の猛威に成す術もなく―――ってなわけじゃなく。
外的要因バリバリですが。むしろ外的要因だらけですが。それでも回避する間もなかったというか、気づいたら嵐の中だった、というか。不可抗力というか何というか。
要するに、今のこの現状は、ウェランが望んだわけではない、ということだ。
「投獄でもしますか?」
笑えない冗談をいつもの無表情やや冷笑込み、で言うギルジェモと。
「うーん、三男君に賛成かなぁ」
にへらん、といつのも軽い笑顔しかし目がマジ、の叔父上の台詞と。
「いっそ追い出してはいかがですか? 囚人にもお金はかかりますし」
食事代すらもったいない、と礼節を保ったまま口にするツェギエットと。
「先方への謝罪が先であろう・・・」
一気に老け込んだ感のある陛下のお言葉。
―――なにこのカオス。
呼び出されたのは、夕食が終わり、ギルジェモに送られて寮の自室へ戻る途中。顔色の悪いウェラン付きの侍女が、これまた顔色の悪い陛下の側近を引き連れて猛突進してきた。
ギルジェモに止められた二人から要領を得ない説明を受けて、言われるままに戻ってきた王宮は上へ下への大騒動。ウェランの姿に礼を取る間もなく慌ただしく右へ左へ動いていく。そんな王宮内を通って、通されたのは陛下の執務室。顔色の悪い陛下と、零度な笑みの叔父上、疲れた顔のツェギエットが顔を付き合わせていた。見た瞬間に回れ右、をしなかった自分を褒めても良いと思う。うん。
「何事ですか・・・?」
この一言を絞り出すのに数秒を要し。
「王妃がセチュエットとハクライス殿下の婚姻をハクライス殿下に直訴した」
この台詞を聞いた瞬間、
「わたくしを巻き込まないでください」
本音を言い切ってクルリと回れ右をした。
「ハクライス殿下に媚薬を盛ったらしいよ」
何考えてるんだろうね、あの女は。という叔父上の言葉にソレは阻止され。
「セチュエットも嫁ぐならハクライス殿下が良い、と私の所に来ましたが」
己の立場を弁えない馬鹿が妹で恥ずかしい、とツェギエットが続け。
「王妃を精霊術で拘束してしまった、とハクライス殿下自らが謝罪に来られた」
解除はウェランにしかできないようになっているらしい、という陛下の言葉に、着席する以外の選択肢が消えた。
―――なに考えてるんだ馬鹿母娘ーーー!!!
で、今の現状ができあがっている、と。
王妃は拘束されたまま部屋に転がしてあるらしい。セチュエットは部屋に監禁しているらしい。ハクライス殿下はいつもと変わらない日常を送っているらしい。そろそろ就寝の時間だろう。私も眠いのだが。
「ハクライス殿下の裁量で詳細はここに居る者しか知らぬ」
それでも、ハクライス殿下が王妃を拘束した事実までは隠すことができず、王宮内は大騒動だという。さもありなん。
「そもそも、なぜ王妃とハクライス殿下が直接会えたのですか?」
王妃とは名前だけのあの女が、客人であるハクライス殿下と会うだけの理由を用意できたとは考えにくい。それも、媚薬を盛ったという事は飲食を共にしたのだろう。
「王妃として正式にハクライス殿下を夕食に招待したんだって。今日は私も陛下もツェギエットも、術師団長と打ち合わせがあって仕事してたんだよ」
その隙をつかれた、と叔父上は言うが。
「王妃の権限は全て取り上げたはずですが?」
陛下によって王妃の権限は全て剥奪され、ただの飾りにすぎないのは周知であるはずだ。今更、王妃の命令を聞くような愚か者が王宮内に居るとは思えない。
「政務として命令したようです。曰く、国賓のハクライス殿下のもてなしは王妃としての仕事である、と」
答えたのはツェギエット。どうやら、色々確認に奔走していたらしい。そういえば、いくら飾りとはいえ王妃としての政務は執らしていたな、と思い出す。アンナノでも名家の出だ。王妃教育は完璧にされていたので、執務能力はそれなりに高い。だから王妃という地位に王宮での暮らしが許されているのだが。今回は完璧にソレが裏目にでた。
「客人として王宮で暮らしてはいただいていますが、国賓ではなく留学生でしょう。王妃が政務としてもてなすのはおかしい、と誰も気づかなかったのですか?」
それに、王妃が直接命令を下すことは禁止されているはずだ。王妃の仕事は陛下から指示がある。王妃は自分の意志で命令することすら禁止されているのだ。
「ウェランが術師団に案内していただろう?」
だから、ハクライス殿下はウェランの客=国賓となって、それを知った王妃が今回のことを企てた、と。なんてこったい。
「そう吹聴したのは、ハクライス殿下ですか?」
少し前までは、正しく留学生という認識だったはずだ、と言うのはギルジェモ。騎士団長の父親を経由して、毎日王宮の情報を確認しているのは知っていた。ウェランが王宮に居ない間に危険が育たないように、情報は必要不可欠らしい。ギルジェモの世界はウェランを中心に回っているようだが、それは今更だとスルーして。
「いいや。ハクライス殿下は、ただ否定しなかっただけ、だよ」
噂の出所は、ウェランがハクライスを案内しているのを見た下仕えの女たちだったらしい。ある程度の地位のある者には情報が行くが、下仕えたちには説明はない。なので、己の目で見たことが全てなのだ。それを仲間内で話題にし、それを女官が聞いて、という流れでいつの間にか事実がすり替わっていた、と。ソレをハクライスは否定しなかったという。正しい情報を持っている者たちを巧みにかわしウェランを心酔する者たちを中心に事が大きくなったのだろう、と言うのは叔父上。
「悪意があったのは王妃だけ、と?」
叔父上の言葉に、トゲを含ませるギルジェモ。否定しなかったのは悪意の現れだ、と口にしないのはハクライスの身分故だ。
「面と向かって確認するような人間はいなかっただろうしね。噂はあくまでも噂だとして、わざわざ否定しなかったのは悪意とは言えない」
王族であればその対応は普通のことだ。噂をいちいち拾って真偽を伝えることはしない。それが自身の益になることならばよけいだろう。
「ハクライス殿下はわたくしの客人となっている。わたくしの客人であれば国賓であり、国賓をもてなすのは公務であり王妃の仕事である。それを指示された者たちは真実を知らず会食の用意をした?」
国王や神官長であればハクライスの身分が足らず、直接もてなす事はないと気づけても、王妃であればもてなしてもおかしくはない。だが。
「ハクライス殿下を招待したのは、だれですか?」
他国の次期を招待するには、侍女以上の身分の者が招待状を携えて訪問する。さて、それができる者が事実を知らない、なんて事があり得るのか? 王妃に付いている者たちは、監視の意味も含めてこちらで掌握できているはずだ。勝手に動く愚か者は一人も付けていない。そう考えると、ハクライスが報告に来るまでこちらが知らなかった、というのもおかしい。どこかで情報が止められていたと考えるべきだ。
さて、一体だれが関わっているのかで今後の対応も変わるわけだが。
「エーグン家当主」
なるほど。王妃の実家、ね。




