10・今後の課題?
護衛兵に拘束された、風の国の騎士たち。蒼白で震える、風の国の侍女たち。
そして・・・。
「な・・・ わたくしの騎士を放しなさいっ」
ただ一人、事の重要さを理解できていない王女。自分の騎士が水の国の護衛兵に取り押さえられ、パニックを起こしている。どうして拘束されているか、わからないのだろう。必死で侍女が王女を宥めるが、ききゃあしない。
―――ウ・ザ・イ。
こんな頭の残念な女は、セチュエットと王妃だけで十分なのだが。留学期間は聞かなかったが、たぶん一年は予定されているだろう。こんなんが一年も客人とか、耐えられる自信が無い。主に殺気ダダ漏れのギルジェモとか。何故かソレに追随するように殺気を帯びているハクライスとか。ウェランは帰ってこなきゃ良いだけだが、実家に帰るのに気を使うとかあり得ないし。
「ツェギエット。風の国の国王陛下に書状を。この者たちの帰国の段取りを」
なので、実力行使に出ることにする。一方的だろうがなんだろうが、これは決定事項だ。多くを語る必要は無い。誰であろうとも拒否することは許されない。鬱陶しいことは全力で回避しますよ、えぇ。
「横暴なっ」
宥めていた侍女の手を振り払い、王女がウェランに向かってくる。が、そんなことをこの優秀な護衛が許す筈もなく。
「ひぃっ」
ピタリと首筋に当てられた鞘ごとの剣と、行く手を阻むように出現した風の壁。そんな物騒なモノを向けられた経験など無いだろう王女は、反応もできないまま見苦しく腰を抜かす。護衛兵に拘束されたままの騎士たちは動くことができず、侍女たちは震えるだけ。
それを見て、疲れたような表情をウェランに向けるツェギエットが妙に印象的だ。頑張れ、オニーサマ。
「ウェランツァイ様、ご命令確かに賜りました。お手を煩わせ、申し訳ございませんでした」
きっちりと臣下の礼を取るツェギエットを見て、一つ頷く。そして。
「ギルジェモ、剣を引きなさい。ハクライス殿下も術のキャンセルを」
いくら鞘ごととはいえ、いつまでも王女に向かって剣を突きつけておくわけにも、実害は無いにしても、術を向けておくわけにもいかない。王女の拘束は護衛兵に任せて、二人は引かせる。
大人しく従う二人を見て、もう一度ツェギエットに視線を向ける。
「ツェギエット、当初の予定は?」
聞かなくてもわかっているが、聞かなきゃマズイ。
「はい、術師団へご案内後、師団長との面会を」
形式ばってこたえるツェギエットに、鷹揚に頷いて。
「ならば、ハクライス殿下はわたくしが術師団へ」
本当は、やりたくはないが。ツェギエットに別件の命令を出してしまった手前、ウェランが動くのが一番だろう。護衛兵の一人に任せるには、ハクライスは身分がありすぎる。あぁ、メンドクサイ。
「お願いいたします」
護衛兵に命じて、風の国の者たちを連れていくツェギエットを見送って。さて、こちらも動こうか、というところでかけられた声。
「ウェランツァイ様、先ほどはですぎた真似を致しました」
申し訳ございません、と頭を下げるハクライスに、やっぱりコイツは利口だな、と思う。ウェランからその話題を出す前に、自分の非として謝罪を口にする。ウェランとの良好な関係を望むなら、これが最善だと知っているのだ。
どうも、ハクライスの手の上、という感覚がするが、まぁソレはソレとして。
「お気になさらず。貴国と彼の国の外交に支障が出ないことをお祈りいたします」
ここで、ウェランが謝罪も感謝も口にしてはいけない。どちらも、ハクライスに対して恩を作ることになる。ウェランがハクライスよりも下ではいけないのだ。あぁ、メンドクサイ。
「留学生同士の問題ですから、国は関係ございません。ご配慮ありがとうございます」
そして、利口なこの男はきちんとソレをくんだ返答を返す。腹のさぐり合いほど緊張はないが、地雷の回避程度には気を使うこの会話も小気味イイ。まぁ、ウェランよりもだいぶ年上ということを考えれば、当然なのだろうが。
「ハクライス殿下の留学、我が国は歓迎いたします」
しかし、そんな利口なハクライスにこちたも感謝をしなければならないのは面白くない。でも、しなければならないので、あくまでも、国は歓迎している、と言うに止めるのは必要。ウェラン個人が歓迎しているわけではない、と釘をさすためだ。ここで重要なのは、ウェランがハクライスに言葉を贈った、という事実のみ。十分感謝の意はあるわけだ。
「ありがとうございます。みなさまに恥じぬよう精一杯励みます」
にこりとウェランに笑いかけるハクライス。破壊力満点なその笑顔に、一体何人の人間が堕ちたのか、とどうでも良いことを考えるのはウェランぐらいだろう。
「おかえり、ウェラン。大変だったみたいだね」
ハクライスを送り届け、戻ってきた自室。当然のように待ちかまえていた叔父上。どうしてこの叔父はウェランの部屋に勝手に入り込めるのか、そろそろ本気で考えた方がいいかもしれない、という今更な思考はすみに追いやり。
「お耳が早いですわね」
つい先ほどの出来事の筈だが、と肯定の意味で問い返す。
「ツェギエットが血相を変えて陛下の執務室に着たからね。ウェランを怒らせた、とかなり慌てていたよ」
くつくつとおかしそうに言う叔父上。そうか、ツェギエットはそんな風にとらえたのか。
「怒ってはいません。ただ、呆れただけです」
第一、怒っていたらここには居ない、と言えば納得された。それはそれでどうかと思う反応だが。
「風の国の王女は強制帰国させたよ。きちんと、国王陛下宛の書状を持たせてね」
荷解きすらしていなかったのが幸いし、あのまま城外に放り出したらしい。王女を馬車に乗せて先に出発させ、あとから侍女たちや荷物を積んだ馬車が追いかける形で出発。書状はその馬車に持たせたというのだから恐れ入る。
そんなにウェランを怒らせたのを気にしたのか、とは考えてはいけない。たぶん。
「書状の内容は?」
あの時、内容の指示まではしなかったが、ツェギエットがウェランを怒らせた、と誤解しているのなら、イヤな予感しかしない。いくら何でも陛下が書いたであろう書状だ。心配はないだろうが、確認は大切だ。
「ツェギエットから報告を受けた陛下が真っ青になって慌てて書いてたから、ありのままを正確に、じゃないかな?」
近日中には風の国から正式謝罪が来るんじゃないかなぁ、などと暢気にのたまう叔父上。いや、見てたんなら止めろよ・・・ん??
「叔父上、もしかしなくても、怒ってます?」
どうも、この叔父上の雰囲気が違う。いつもはもっと柔らかいというか、掴み所が無いというか、どこか浮き世離れした叔父上だが、今はピリピリしている気がする。あくまでも、気がする程度だが。
「ウェランはお利口さんだねぇ。うん、怒ってるよ」
イイコイイコと頭を撫でられても、怖いだけですが。笑顔が凶暴とか、訳のわからない表情はやめてほしいのですが。
「なぜ・・いえ、誰に、ですか?」
思いつくだけで三人。もしかしたらの可能性を入れると四人。ウェランを入れて五人。ここに居るという現状を考えれば、ウェランではないだろうが。
「んー? 一番腹を立てているのは自分に。八つ当たりで陛下。飛び火で風の国。巻き込んで火の国」
―――なんじゃそりゃ。
「いや、叔父上。わけがわからないのですが」
予想の遙か上の答えを返されても、反応に困る。何というか、この自分が一番可愛い、を地で行くような叔父が、自分に対して怒っている、とか。想像もつかないのですが。
「いやぁ、こうなる可能性を考えながらもウェランを呼んだのは私だからね」
風の国の第三王女があんなのだと事前調査で解っていたし、火の国の第二王子が何を求めているかも解っていたという。にもかかわらず、何とかなるだろうとの考えでウェランを関わらせた。その結果が先ほどの騒動であれば、叔父上が自分に怒るのも無理はない。大事には発展していないが、ソレも時間の問題だろう、と言う叔父上。すべてを治めるためには、精霊王の寵児の名前が必要不可欠。最小限で押さえるはずが、最大限を必要とされ た形だ。そりゃ、怒りたくもなる。
「今更ですわね」
だが、理由を聞いてバッサリ切り捨てる。たぶん、これだけではない事柄も加味されているはずだが、まだ言う気は無いらしい。何を考えているのか知らないが、叔父上の予想外の展開になっているはずだ。さて、どうする気なのか。そもそも、叔父上がさすと言っていた一手はさせれる状態なのか?
「手厳しいね。で、申し訳ないけど、ウェランにも覚悟を決めてもらいたいんだ」
ニッコリと。それはそれは恐ろしい笑顔を向ける叔父上。冷や汗が背筋を流れる。イヤな予感しかしない。それどころか、逃げられる可能性すら見いだせない。本能レベルで回避不能と出る。
「はじめから事細かにご説明くださればご協力いたします」
だが、悪足掻きは必要だ。情報を正しく処理すれば、打開策や解決策ぐらいはあるだろう、と微かな希望をもって、強気に出る。
―――はてさて、どう転ぶのかねぇ。




