09・鬱陶しい+メンドクサイ
王宮に先に到着したのは、風の国の第三王女だった。王族にふさわしい豪華な馬車に乗ってやってきた王女は、これまた豪華な衣装を纏って王宮に入った。
「おやおや、自尊心の塊のような方だねぇ」
それを見下ろす形で見ていたタヌキオヤジ・・・叔父上の第一声である。
ここは、王宮の最上階の渡り廊下。真下が正面玄関という、お客様を観察するのには絶好の場所である。
「あれは、親族がどうこうというより、ご本人が望まれた可能性が高いですわね」
精霊の分類は、好き。どう頑張っても、複雑な精霊術は使えない。これでは、術士としてもそこそこの地位にしか上れないだろう。神官などもってのほかだ。良いとこ、神官見習い、か。
「一王族としての盛装ならば正解だけどねぇ。おや、火の国の王子様も着いたみたいだよ」
叔父上の言葉に門へと目を向ければ、火の国の国紋を戴いた馬車が門を通過したところだった。風の国の馬車に比べれば地味だが、押さえるところは押さえられた趣味の良いデザインは個人的に好きだ。
「あら、こっちの王子様は常識的ですわね」
豪華すぎない馬車には、二人の護衛。後続車はなく、先ほどの風の国の王女様とは大違いだ。王女様は、2台の後続車に侍女や下仕えがごまんと乗っていた。護衛もゆうに10人は越えていただろう。一体、何をしにこの国に来たんだか。
「ほう、神官見習いの格好か」
馬車を降りた王子の姿に感心する叔父上。次期神官長であるのなら、成人前の今は神官見習いとして神殿に仕えているのは当たり前だ。だから、王子の正装は神官見習いの衣装になる。なるほど、この王子は頭の出来もよろしいらしい。
「火の国の第二王子殿下としてではなく、次期神官長の神官見習いとしての扱いを求めているようですわね」
ただの王族としてならば、他国の神殿への出入りは出来ない。しかし、神官の地位があればソレが認められる。火の国の王子が望んでいるのは、まさにソレだろう。本気でウェランとの繋がりを求めている、と考えるべきだ。
「わかりやすい意思表示だねぇ。ウェラン、当分戻って来ちゃダメだよ」
幸い、公務も無い時期だしね、と笑う叔父上に違和感。おかしい。すんごく、おかしい。
「それは言われなくても近づきませんが。叔父上、そろそろ教えてくださいませんか?」
どうも、消化不良気味で気持ちが悪い。この叔父上が何かをもくろんでいることは明白なのだが、何を考えているのかがサッパリわからない。ウェランに害があることならば把握しておいたいのだが、この叔父上がそのようなことをするとは考えにくい。さて、一体何を考えているのやら。
「ごまかされておきなさい」
しかし、叔父上はそう言うだけで、教えてはくださらない。何故だ。
「わたくしに実害は?」
とりあえず、懸念事項だけは確認させてくれ、と叔父上を見上げる。ウェランの後ろでギルジェモがピクリと反応したのはスルーだ。
「今の段階では無い、とは言えないかな。でも、無いように動いているから、もう少し待っていてくれないかな」
ウェランに害も、不利益も無いようにするよ、と言う叔父上。切られたカードは少ない。情報が圧倒的に足らない。どう動くのが一番良いのかが今の段階では判断できない。情報がないのは、怖いのだが。何が地雷かわからないから、動けない。
「どうにもならなくなってから知らされるのは困ります。教えてくださる気があるのなら、早めにお願いします」
どの段階で判断を下すのかは叔父上次第だが、この方も決して愚かではない。早々の判断はしてくださるだろう。一番避けたいのは、八方塞がりの身動きが取れない状態だ。
「わかっているよ。次にさす一手が成功でも失敗でも、ウェランに報告する」
失敗しても、まだまだ実害は無い、という言葉をひとまず信用することにして。
頭を切り替えて、これからの相談をする。
「応接室から術士団への移動の時に、中庭で偶然、でしたか?」
二人の受け入れ先である術士団への移動の時に、わざと中庭を通り、そこでウェランと会わせよう、ということで話がまとまった。正式に場を設けることなど必要ないし、かといってツェギエットだけでは失礼に当たる、と。ちなみに、ツェギエットは第一王子の身分と宰相補佐の肩書きで相手をすることになっている。これで加護持ちであれば完璧なのに。
「神殿からの帰り、とすればいいよ」
今から神殿へ、では着いてくると言いかねないため、帰り、ということにする。そして、決してこちらからは話しかけない。少し離れたところでツェギエットがウェランに気づき、礼を取りながら待つ。近づいたところで、ウェランに話しかけ、その流れで紹介、挨拶となる流れだ。一番無難な流れだが、問題は・・・。
「あの王女がおとなしくしていますかしら?」
そう。先ほど見た風の国の第三王女。あの、プライドの塊のような王女が、おとなしく礼を取るか、だ。普通で考えれば、精霊王の寵児たるウェランに礼を取るのは当然のこと。しかし、中にはセチュエットのような残念な頭の持ち主もいるわけで。
「さすがに加護持ちだから大丈夫だろう。目的がウェランなら、なおさら」
問題ないだろう、と軽く言う叔父上。なんとなく、イヤな予感しかしないのは、考えすぎだと思いたい。
「面倒事はイヤなので、こちらから何事もしませんよ?」
ぶっちゃけ、この挨拶が成功しようが失敗しようが、ウェランには関係ない。もし失敗したら、この叔父上が偶然会って挨拶すれば事が足りる。
「それでいいよ。さて、そろそろ時間だ。ウェラン、頼んだよ」
「どうしてわたくしが礼を取らねばならないのっ」
少し離れた場所から聞こえる、ヒステリックな女の声。あぁ、イヤな予感ほどよく当たる、と他人事のように考えながら、視線の先で揉める団体を見つめる。もちろん、立ち止まるようなことはしないが。
「ギルジェモ、このまま迂回しようかしら?」
ヒステリックに叫ぶ風の国の第三王女。それをなだめる王女付きであろう侍女や騎士。困惑顔のツェギエットと、当然のように礼を取る火の国の第二王子と我が国の護衛兵たち。なに、このカオス。
叔父上に見送られつつ下りてきた中庭。タイミングを見計らいつつ神殿から王宮への道を歩いていれば、予定の場所よりも早いところで視界に入ったツェギエットたち。
「ウェランツァイ様が迂回されてはいけません」
ウェランが前から来るので、礼を取って待ちましょう、というツェギエットの言葉に、王女が反発したのがい今の現状の説明としては全てだ。どうやら、かなりの距離があるにもかかわらず礼を取ったまま待つ、というのが王女のお気に召さなかったらしい。
このまま進めば、面倒なのは明白。そのため迂回を提案したのだが、ギルジェモによって却下された。曰く、かしずかれて当然のウェランがあの程度の人間を避けてはならない、と。どんなんだよ。
そうこう言っている間にも、当然距離は縮まるわけで。慌てて礼を取る風の国の侍女や騎士と、いまだに礼を取らない第三王女。ウェランの背後からの冷気が恐ろしい。
「おはようございます、ウェランツァイ様」
1メートル程の距離に近づいたところでかけられる、ツェギエットからの挨拶。略式とはいえ、礼を取ったままのソレに立場の差が明確に出る。火の国の王子ですら礼を取っているというのに、風の国の王女は頭も下げないまま、ただウェランを見据えている。この王女は、セチュエットと同類に違いない。
「おはようございます、ツェギエットお兄様」
まぁ、邪魔さえされなければ、さっさと終わらせてしまおう、とこちらも挨拶を返して、次の言葉を待つ。早く済ませないと、後ろからの冷気で凍えそうですが。
「ご紹介いたします。我が国へ留学へいらした、火の国の次期神官長である第二王子殿下と、風の国の第三王女殿下です」
ツェギエットの紹介に、下げていた頭を上げてウェランを見る第二王子。
―――すんごい美形。
カッコイイとかじゃなく、美形。誰に聞いてもそう言うだろう、ぐらいの美形。思わず、生きてんの? とか聞いちゃいそうなほど整った人間がそこに居た。
「ウェランツァイ様、初めまして。ハクライスと申します。火の国、次期神官長の内示を頂いております」
丁寧に紡がれる言葉。その声も、イイ。ゾクゾクするほど響く声。高すぎず、低すぎず、病みつきになりそうな声。この姿とこの声だけで、平伏す人間もいるだろう。
―――でも、私には効果無いんだな。
いくら芸術品ばりに美形でも、見慣れていれば何て事はない。ウィン様は正しく人外の美しさだし、その寵児なんて言われて居るウェランも一般人よりは美形だ。いまさらこの王子ぐらいでは、あぁ、美形だな。ぐらいの感想しかない。
「ようこそ我が水の国へ。留学期間が実りあるモノになるようにお祈りいたします」
すでに名前を知られている相手に、改めてこちらから名乗る必要も、丁寧に挨拶され名乗られたが、その名前を呼んでやる必要もない。ただ、ウェランが声をかけるだけで良いのだ。それを不満に思うことすら罪になる―――はず、なんだけどねぇ。
「あら、この国の次期様は挨拶すら返すことができませんのねぇ」
人間性を疑いますわ、と続く台詞に、反応したのはウェランの背後に控えるギルジェモで。そのギルジェモに反応したのが、風の国の騎士たち。そして、火の国の王子ーーハクライスだった。
「人間性でいえば、貴女の方がよほど問題があるでしょう」
比べることも烏滸がましい、とウェランと王女の間に入ったハクライス。そのハクライスからも守るように、鞘ごと剣を抜いたギルジェモ。風の国の騎士たちは拘束され、侍女たちは悲鳴すら上げられず蒼白。
「オマエたちは、どなたに剣を向けるつもりだった?」
拘束されたままの騎士たちにむかい、厳しい声音で問うのはツェギエット。
騎士たちは、反応したギルジェモに対する条件反射だったのだろうが、ギルジェモの側にはウェランが居るわけで。そして、ウェランの前にはハクライスまで居る。剣を抜く前に拘束されたが、これが抜かれた後ならば、問答無用で首を落とされても文句は言えない。他国の次期に剣を向けるなど、どのような理由があろうとも一介の騎士に許される行為ではない。
―――あぁ、やっぱり鬱陶しい展開になったよ・・・。




