08・事前説明会
必ずしも国王は世襲ではない。従兄弟ならばまだ良い方だ。三代前の木の国の国王は、古い文献を調べなければならないほど遠い血だったらしい。既に貴族でも無くなっていたというのだから、選ばれた時の混乱は凄まじいものがあったという。
しかし、従兄弟が国王、とはまた妙なことだ。
「痣に、国王と神官長の区別は無いはずですが」
国王と神官長の資格のある者にはそれぞれ、身体のどこかに『精霊の祝福』とよばれる痣がある。それに国王と神官長の区別は無く、二人以上にその痣があればより加護の強い者が選ばれる。国王の実子にその痣があったのなら、政治的思惑もからみ王子が次期国王になるだろうに。
叔父上も父上も痣があるが、国王を蹴って神官長になった叔父上と、二つとも叔父上に押し付ける気だったがそれが叶わなかった父上、という目の前に解り易い実例がある。
「従兄弟のほうが、10歳は年上だからね。今更変えれなかったんだろうよ」
叔父上の気の無い答えに納得する。
なるほど、それだったら理解できる。せっかく次期国王として育てた子がいるのに、もう一度一から教育はしたくないだろう。
「なるほど。では、第二王子殿下は己のプライドで我が国に留学を希望されていますのね」
面倒なこった、と言えば、ツェギエットとギルジェモの不思議そうな顔と、叔父上の面白そうな顔、そして父上の困惑した顔が一斉にウェランを注視した。何なんだ。
「ウェラン様、どうしてそうなるのですか?」
おずおずと聞いてくるツェギエット。はて、本当にわからないのか?
「簡単な事でしょう。現王の第一王子には痣が無く、従兄弟にその痣があった。第一王子は臣下に下り、次代の直系は従兄弟の血。現王の権力には期限が付いた。10年もたってから生まれた第二王子には痣があったが、今更次期国王の変更は出来ない。ならばせめて、神官長の位だけでも手中にしたいと考えたハズ。しかし、年若い次期神官長では次期国王と対等とみなされるには幼すぎる。そこで、水の国に留学させて、精霊王の寵児という無視できない相手との繋がりを求めた」
精霊王の寵児と個人的な繋がりがあると広まれば、神官長という地位も手伝って発言権や権力も上がるでしょうし、と懇切丁寧に説明してやる。
考え方としては理解できなくもないが、それに巻き込まれる形のウェランや水の国には良い迷惑だ。
「プライド、とは?」
理由はわかったが、なぜそれがプライドに繋がるのか、と言うツェギエットにため息を一つ。ソレぐらい自分で考えてくれ。
「現王家の、現国王の子供、という身分故でしょう。いくら従兄弟とはいえ、傍系にあたる者よりも下に見られるのが我慢できなかったのでしょう」
本来は血統がどうこう、で国王が決められるわけではないのだが、何代か続いてしまえばその認識もおかしくなる。王族、というくくりがある以上ソレは仕方のない事なのだが、いささか度が越えている感は否めない。
加護無しの王族は役立たず、という認識が浸透しているので理解できない感情ではないが。
「なるほど。火の国のことはわかりましたが、風の国はなぜ?」
自分もその役立たずの立場であるから、言わんとしていることは理解できたのだろう。うんうん、と納得しつつも、風の国の理由がわからない、とツェギエットは重ねて理由を聞いてくる。だから、少しは自分で考えろ。
「風の国の次期国王は、第一王女殿下でしたか。たしか、神官長も兼任されるとか?」
火の国と違い、現国王の第一子に痣があった風の国。王子はおらず、子供は王女が三人だけ。それも、全員腹違いだったはず。
「あぁ。三人全員が加護持ちではあったが、痣があったのは第一王女だけだったからね。傍系筋にも遠縁にも痣がある子供は確認されていないから、そうなるだろうね」
痣の有無は隠し通せるモノではない。生まれてすぐに加護の有無を確認するため、聖域に連れていかれるのだ。その時に、聖域を治める神官たちの目に触れることになる。目撃者が神官となれば、口を封じることは不可能。
「王妃に子ができず、側室を二人迎えたんですよね。そして、側室の生んだ第一王女に痣があった。たしか、同じ年にもう一人の側室が第二王女を生んでますよね」
風の国の王妃は、迎えられてから三年、子ができなかった。その間傍系筋からも痣のある子供は生まれなかったので、側室を迎えることになったのだ。
迎えた側室は二人。どちらも強い加護持ちの多い血統であったため、生まれた子供は加護持ち。その上、片方は痣があった。現国王の子供に痣があったことを喜ぶ一派とは別に、面白くなかったのが王妃の血縁だ。王妃の祖父母は、国王の祖父母と同じ。つまり、国王と王妃は従兄弟関係なのだ。
「国王の外戚として発言権の高かった王妃の実家が絡んでいるのでしょうね。王妃に子ができず、側室に子ができ、その子が次期の資格を持っていたのは仕方がないとして、やっとできた王妃の子にその資格がなかった事が許せなかったのでしょう」
痣があったらあったで、今度は継承権争いが起こるだろうが、私たちが巻き込まれる事は無かった。
「では、王妃の実家が今回のことを?」
国王や神官長に意見できる立場など、早々用意できるわけではない。国王と神官長が別であれば対等の立場として扱われるが、兼任されるとなれば唯一無二の存在となってしまう。いくら姉妹といえども、対等の立場での発言は不可能。ソレを打破するための苦肉の策が、今回の留学だろう。精霊王の寵児との個人的な繋がりを持って、国内での発言権の確立をもくろんだと考えるのが妥当。
「第二王子も第三王女も、ご本人たちがどこまで関与されているかは今の段階ではわかりませんが、周囲の目論見はそんなところでしょう」
ウェランとツェギエットのように圧倒的な立場の差があれば別だが、火の国の王子たちの間にも、風の国の王女たちの間にもそれほど差が無い。あと一歩、何かが足らないのであれば、外から埋めていこうと考えるのも道理。巻き込まれるウェランはたまったものではないが。
「どちらの国も、求めているのはウェラン様との個人的な繋がり、ですか」
ならば、このまま一緒に迎えるのは危険かもしれない、と今更な事を言うツェギエット。両国の内情と、留学してくる者の後ろ盾を考えれば行き着く答えはさほど多くはないだろうに、本当に今まで気づかなかったのか?
―――んなことない、か。
ちらりと叔父上を見れば、相変わらずの笑み。この狸オヤジが絡んでいるのは決定事項だ。問題は、いったい何をさせたいか、だが。
「今日の出迎えぐらいなら構わないだろう。ウェランは学校があるから王宮には居ないし、お二人は王宮の客人扱いだし」
軽く言われた叔父上の言葉に、違和感。違和感というか、引っかかるというか。
「留学者が、なぜ客人なのですか? そもそも、お二人は何を学ぶために留学を?」
そうだ。留学、という違和感に深く考えなかったが、そもそも何を学ぶために水の国に来るのか。教育水準はどこの国でも変わらないので、わざわざこの国でしか学べないモノなど無い。まさか、それも確認せずにこんな面倒な留学を受け入れたわけではないだろうに。
「お二人とも、精霊術の在り方を学ぶために我が国へ来られるそうだよ」
だから、王宮に客人として迎え入れ、術師団への仮入隊という形が取られるという。
―――ちょっと待て。
なぜそうなる。精霊術の在り方ならば、術師団ではなく、神殿の領域だろうが。術師団は、あくまでも武官だ。戦うことが前提の、戦士だ。武者修行の目的ならばいざしらず、留学という学問が目的であれば、受け入れ先はこの狸オヤジ率いる神殿のはずだ。
「叔父上。面倒事を全て押しつけましたね?」
そもそも、最初から目的がソレだとわかっていたのなら、ウェランがわざわざ出迎える必要などないのだ。受け入れ先を神殿とすれば、神官長である叔父上が出迎えるのは道理だし、叔父上は王弟。ツェギエットでは荷が重いのであれば、叔父上が出れば良いのだ。何この矛盾。
「何を言うんだ、ウェラン。私が出迎えるには、相手の身分が足らないだろう?」
にやりと笑って言う叔父上に、内心舌打ちする。やっぱり、全てを押しつけやがった。
「現職の肩書きのない、加護持ちの王族同士、という一点であれば対等でしょう。しかし、わたくしは違いますでしょう? 現職の神官長である叔父上よりも上の立場であるはずですが?」
叔父上が出迎えるのに相手の身分が足らないのであれば、ウェランが出迎えることなど出来るはずがない。そのあたりの説明をしてみやがれ、と叔父上を睨めば、
「だから、ウェランも出迎える必要はないんだよ」
タイミングを見計らって、適当に挨拶のひとつでもしてくれればそれでいい、と詭弁でもって返される。受け入れ先を神殿にしなかったのも、ウェランと直接会う危険性を考慮した結果だ、と言われてしまえばそれ以上何も言えない。ウェランが王宮に居れば、精霊王への挨拶に神殿を訪れるのは当然のこと。もし、神殿を受け入れ先にしてしまえば、叔父上の言うとおり会う確率は上がる。それを回避するために、術師団を受け入れ先にした、と。
―――このタヌキオヤジめ・・・。
一見、完璧なようにみえるが突っ込みどころは満載だ。しかし、今ソレに突っ込んだところで煙に巻かれるのは明らか。第一、ツェギエットも陛下もソレに気づいている様子はない。ならば、ここは叔父上の言うことを聞くしかない。目論見通りに動かされるのは非常に不愉快だが。
「わかりました。詳しい流れをお伺いしても?」
食べ終わった食器が片づけられ、食後のお茶が用意される。そろそろ冷たい飲み物が美味しくなる季節だが、出てきた紅茶は温かかった。まぁ、どちらでもいいが。
ツェギエットがこれからの予定を説明するのを聞きながら、やけに機嫌の良い叔父上と、正反対に何故か不機嫌のギルジェモ、そして、苦虫を噛み潰したかのような表情の陛下を視界におさめる。
うん、王宮には近づかないようにしよう。




