07・お呼びじゃないって
朝、ウェランに与えられた寮の部屋の前で待つギルジェモと食堂で朝食を取り、一緒に学校へと向かう。寮と校舎は同じ敷地内に建っているため、徒歩5分程度の距離だ。ギルジェモがウェランを教室まで送り、お互い午前の授業を受ける。昼食はクラスメイトと取り、午後の授業を受ける。終われば、ギルジェモがウェランの教室まで迎えに来て、寮へ帰る。夕食まではウェランの部屋で課題などをこなし、一緒に夕食を取るため食堂へ。少し他の寮生たちと雑談を交わし、部屋まで送り届けられ、就寝となる。
ちなみに、ウェランが与えられているのは王族専用の部屋。バス、トイレは個別に分かれていて、寝室と居間の二部屋続きの、広々とした部屋である。一般の生徒はユニットバスと広めの一部屋の二人部屋だ。
そんな生活に慣れつつある今日は、セチュエットを謹慎させてから10日目。どうやら茶器を投げ捨てるという暴挙が陛下の知るところになったらしく、セチュエットは未だに学校へは来ていない。聞くところによると、王妃ともども自室に監禁されているらしいが、真実のほどは不明だ。んなもん、知ったこっちゃ無い。
「ウェランツァイ様、ツェギエット殿下が明日お時間をいただきたい、と」
夕食を終えてギルジェモと別れ、お風呂に入ろうかな、というタイミングで差し出された一通の手紙。差出人は兄のツェギエット。良好といえる関係を築いているツェギエットからは、ご機嫌伺いという名の手紙が時々届く。内容は取り留めのないものから政務のこまでと様々だが、わざわざ時間をとっての面会は初めての事だ。さて、一体何の用なのか。
「・・・ツェギお兄様に、こちらからお伺いいたします、と伝えてちょうだい」
渡された手紙を確認して、そう返事をするように指示をする。
「ギルジェモに、明日は王宮へ向かうと」
学校を休んでの事なので、ギルジェモがつき合う必要はない。まぁ、絶対付いてくるだろうが。
「お時間は?」
寝着を渡されながらの問いに、いつも通り、とだけ答えて。今日はもう下がって良い、と侍女を追い出す。
―――さてさて、面倒事が諸手を上げてやってきたぞ。
今、ツェギエットは宰相の下で政務を学んでいる。まだまだ雑用しかさせてもらえない、というのは前の手紙にも書いてあったので知っていた。主な仕事は、各部署への書類運びと書類整理。一見地味で単純な作業だが、政務を体で覚えるにはこれ以上はないほどに良い仕事だ。宰相の元へは、政務全般の書類が集まってくる。それを各部署に届けることによって各部署が何を担当しているのかを覚え、整理する事によって政務の流れを覚えられる。
王族とはいえ、臣下に下ることの決定していたツェギエットは今まで政務など無縁の生活を送っていた。そのため、本当に一から覚えていかなければならないのだ。しかし、腐っても王族。それも第一王子。外交官として、これ以上に使いやすい肩書きはない。相手が同じ王族であれば、尚更だ。
「風の国の第三王女と、火の国の第二王子、ねぇ」
ともに王位継承者ではない、とのことだが、加護持ちではあるらしい。火の国の第二王子は、次期神官長の内示がすでに下っている。
そんな相手が、この水の国に留学を求めているそうだ。風の国の第三王女は今年学校を卒業した、ツェギエットと同い年。火の国の第二王子は来年成人を迎える15歳だ。
基本、留学自体は認められている。しかし、王族が留学するなど早々あることではない。しかも、加護持ち。王族は精霊に愛されている者が多い(だからこそ、王族なのだが)。人間風に言えば、強い加護をいただいているのだ。いくら国王や神官長になれなくとも、一般人に比べれば精霊術の成功率は抜きんでている。そんな人間を、容易に国外に出すことはどこの国も嫌がるのが普通だ。
「イヤな予感しかしない・・・」
そんな相手の対応役に選ばれたのが、ツェギエットお兄様。第一王子というその身分を有効に活用してこい、という事だろう。王族としての礼儀作法は完璧にこなすし、政治の勉強中。まさにうってつけ、というわけだ。
そして、今回、ウェランはソレに巻き込まれる。先ほどのツェギエットからの手紙には、加護持ちの他国の王族の相手は荷が重すぎるので、助けてほしい、と綴られていた。何もずっと相手をするわけではなく、出迎えのその時に同席してほしい、というのだ。
国王や神官長自らが出迎えるのは、相手の身分が足らない。かといって、いくら身分があっても加護無しのツェギエットでは相手を軽視することになる。その辺りの葛藤が伝わってくる文面だった。精霊王の寵児として迎えるのであれば問題になるが、加護持ちの王族としてならば相手と同等の立場。普通はウェランが出迎えるのだ。
―――でも、それが現実的ではないから、ツェギエットに回ってきた。
ウェランが精霊王の寵児であることは他国も知っている事なのだ。それなのに、ウェランが出れば波紋を呼ぶ。精霊王の寵児がただの加護持ちにすぎない王族を歓迎した、と。風の国と火の国だけを特別視している、と取られても仕方がない。最悪、風の国の第三王女と火の国の第二王子は個人的に精霊王の寵児とつながりを持った、と噂される。そんな事になれば、残りの二国が黙っていないだろう。土の国と木の国の王子、王女も留学にくるかもしれない。その場合、来るのは次期国王か次期神官長の内示をもらった者だろう。年齢的に合う子供がいなかった場合、現職の神官長が何らかの理由を付けて来る可能性もある。どちらにしても、面倒事にはかわりない。
そして、そこまで見通してツェギエットに入れ知恵した者がいる。
「入れ知恵したのは、あの叔父上か」
ツェギエットが独断でウェランに助力を請うことなどあり得ないと断言できる以上、考えられるのはあの叔父上。ギルジェモの事といい、一体何を企んでいるのか。どうも背中がムズ痒い感じで気持ち悪いが、今考えても詮無きことと思考を一時中断する。
「ダメだ、のぼせる」
ささっと全身洗って、お風呂から出て。色々面倒だったので、精霊術で乾かして。全ては明日に先送ることにして早々に布団に潜り込んだ。
朝食を一緒に、と誘われていたので、ご飯も食べずに帰ってきた王宮。当たり前のようにギルジェモも同行し、食堂に直行する。あぁ、お腹すいた。
「お待たせいたしました。ただいま戻りました」
いつもより早いであろう時間にも関わらず、食堂にはすでに陛下と神官長とツェギエットが待っていた。席に座れば給仕の者がすぐに入ってきて、朝食の用意がされる。出来立ての料理はなんとも食欲をそそる。全て出し終えたところで給仕一人を残して退出させ、食事をはじめる。学校の食堂も決して不味くはないが、やっぱり王宮のご飯は美味しい。
「ウェラン様、わざわざ今日はありがとうございます」
出来立てのパンを咀嚼していれば、正面に座るツェギエットから声をかけられる。消化に悪そうな話の予感に、できれば食べ終わってから続けてほしい、と願うのは仕方のないことだと思う。
「いいえ、ツェギお兄様。そんな事はお気になさらず」
まぁ、そうも言ってられないので、にっこり笑って返事を返しておく。続けるなよ~と願うも、世の中そんなに甘くない。
「加護持ちの他国の王族が留学など今までなかったものですから、対応に困ってしまいまして」
その身分を隠し、見聞を広げるために留学にきた者ならば居た。この水の国の王族にも、そうして他国へと留学した者も少なくない。今回も、それならば何の問題もなかったのだ。たとえ暗黙とはいえ、正式に身分を公表しなければ互いに不干渉を貫ける。余計な外交摩擦を起こさないための手段であったはずなのに、なぜ今回に限って正式に申し込みなどされたのだろうか。
「風の国の第三王女と、火の国の第二王子、でしたか。火の国の第二王子は次期神官長の内示をいただいている、とか」
今回、問題なのはこの王子だ。次期神官長。精霊に愛されている第二王子。少なくとも、叔父上程度には精霊術が使えるだろう。
「はい。従兄弟君が次期国王に、そして第二王子殿下が次期神官長に、とのことです。第一王子は資格者ではなっかたので、臣下に下られるとか」
その第一王子は術師団に入り、かなりの実力者とか。このままいけば、術師団長になるのでは、と詳しい火の国の後継問題を口にするツェギエット。どこの国も、次期の資格の無い王族は臣下に下る。それよりも。
―――従兄弟が次期国王、ね。
他国のお家騒動ほど面倒なモノはない。メンドウでヤヤコシイ予感に、このままフェードアウトしたい、と真剣に思ったのは仕方がないことなんだ、たぶん。




