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05・夜会一日目の波乱



 明るい音楽が奏でられ、煌びやかな雰囲気を醸し出す。

 普通の夜会とは一線を画した雰囲気の中、着飾った紳士淑女が和やかに談笑する。


「美しいエイシャ。困ったな、その姿を誰にも見せたくない」


 そんな会場の隣に誂えられた控室。

 そこに入った瞬間に抱き寄せられた腕の中。

 熱っぽく囁かられた言葉に赤面する。


「兄上、エイシャが困っておりますよ」


「うるさい、ザット。邪魔するな」


 そんなエイシャの姿に、いつかと同じやり取りをして。


「ジダン、せっかく美しく整えたエイシャを見せびらかさなくてどうするの!」


 後ろから御母様に救出された。


「誰かに見せるなんてもったいない。取られたらどうするんです」


 それでもエイシャを離さずに、ジダン王子は言い募る。


「あら、ジダンはエイシャを誰かに渡してしまうような愚かな男なのかしら?」


 我が息子ながら情けない、と言う御母様。



―――本気で言ってるのは問題だと思う・・・



 結局、御母様のお望み通りに二日間に渡って行われることになった婚約披露の夜会。

 その一日目である今夜。

 既に会場には諸外国の招待客が入り、主役の入場を待っている。


「エイシャ、兄上の側を離れてはいけませんよ」


「はい、ザットさま」


 ザット王子の言葉に返事をし、ジダン王子の腕に抱き着くように腕を絡め。


「ジダンさま」


 御母様と言い合うジダン王子の意識をこちらに引くように名前を呼ぶ。

 甘えるように、ゆっくりと、視線を合わせて。


「エイシャ」


 緩く抱き寄せられ、愛おしげに名を呼ばれて。

 それに、ふんわりと微笑むことで応えれば。


「そうやって、片時も離れるのではありませんよ」


 満足気に笑う御母様と御父様。


「兄上、エイシャ、先に行ってますね」


 また後ほど、とザット王子も会場へ向かう。

 主催者である国王夫妻は招待客に挨拶をしなければならない。

 ザット王子も、それに付きあうのだろう。

 本日の主役であるエイシャとジダン王子は最後の会場入りだ。


「エイシャ、何があっても離れるんじゃないよ」


 先ほどまでの冗談のような口調とは違う、真剣に言われるその言葉に何やら嫌な予感を感じつつ。

 それでも、それに気付かないフリでふんわりと微笑んで絡める腕に力を込める。

 厄介事は御免だが、エイシャにはそれに対抗する手だてなど無く。

 どうやっても、ジダン王子の庇護下に入っていなければならないのだ。


「はい、ジダンさま」


 離さないでくださいませ、と甘えて。

 会場入りまでの時間を過ごす。







「おめでとうございます」


 会場入りを果たし、一通りの挨拶を済ませた時。

 やっと一心地、と気を抜いたのが敗因か。

 突然後ろから掛けられた声に、びくぅっと反応してしまった。


「エイシャ?」


 それはもちろん、隙間なくくっ付いていたジダン王子にもバレバレで。

 エイシャにそんな反応をさせた相手を剣呑と振り返る。


「これはこれは、ルードイの王太子殿」


 剣呑の表情以上のその声で、声をかけてきた相手の名を呼ぶジダン王子。



―――ルードイの王太子?!



 エイシャの従兄弟。ミジャンの兄。

 まさか、招待されているとは思わなかった。

 ミジャンの愚行を考えれば、イーガル側はルードイを招待しなかったはずだ。

 なぜ、と考えたところで、先日聞いた話を思い出した。


 ルードイ国王は、娘であるミジャンの愚行により自国の存続を危惧していた。

 このまま属国として存続していくには、主国であるイーガルの逆鱗に触れたままなのはマズイ。

 それを何とか回避するために、ルードイ側はエイシャの身分回復を申し出てきた。

 エイシャのルードイ王女としての身分を回復させ、ルードイ王女としてイーガルに嫁がせたいのだ。

 そうすれば、ルードイは次期王妃の故郷として、生き残る道が出来る。

 まさか、王妃に据える女の故郷を亡国にはしないだろう、と考えたことは明らか。


 しかし・・・


「過日のお申し出ならば、お断りしたはずですが?」


 まだ何か? と聞くジダン王子の声は冷たい。


 そう、ルードイ国王の申し出であるエイシャの身分回復は、ジダン王子によってその場で切り捨てられていた。

 エイシャに今更身分や後ろ盾などは一切必要なく、ただエイシャとして在ればよい、と言い切ったという。

 確かに、一属国にすぎないルードイの後ろ盾など必要無いし、今更王女の身分を与えられたところで意味もない。

 エイシャとしても、ルードイとの関係は絶った方が後の憂いもないだろう。


「先日のご無礼をお詫びしたく、恥を忍んで参りましたことお許しくださいませ。また、我が従姉妹エイシャの・・・っ!!」


 頭を下げたままの口上。

 見るともなしに見ていれば、ふと、視線を上げた王太子と目が合った。

 ミジャンと似通った造形の顔に、驚愕が浮かぶ。


「エイ、シャ・・・?」


 その驚愕の表情のまま、エイシャの名を呼ぶ王太子。

 エイシャの記憶にある王太子は・・・


「ギブロア、さま・・・?」


 うっかり名前を呼んでしまった、と気づいた時には時既に遅く。

 エイシャの隣からは絶対零度の怒気が。

 エイシャの正面からは喜色満面な狂喜が。

 エイシャに向けられておりました。


「覚えていてくれたんだね、エイシャ」


 ジダン王子の怒気を物ともせずにエイシャに声をかける、ルードイ国王太子ギブロア。

 エイシャの記憶が正しければ、幼少の頃に一、二度会ったことのあるだけのはずだ。

 エイシャは身分の低い母を持つ王女にすぎず、当時王弟の第一子であるギブロアの方が立場は上だった。

 そんなエイシャを、ギブロアは覚えていたというのか?


「エイシャ?」


 抱かれていた腰を強く引かれ、ますます密着するジダン王子から低く名を呼ばれる。



―――こ、コワイ・・・



「御久し振りでございます、ギブロアさま。まさか覚えていてくださったとは驚きですわ」


 幼き頃に一度お会いしただけですのに、と言いながら、ジダン王子に凭れ掛るように甘えて見せて。

 ギブロアの名前を憶えていたのも、他意はないのだと遠回しに伝えておく。

 実際、エイシャは覚えていなかっただろう。

 名前も、記憶の根底にあったのを引っ張り出したに過ぎない。


「まさか、こんなに美しいとは・・・」


 譫言のように呟くギブロアに、ジダン王子の冷淡な眼差しが突き刺さる。

 が、ギブロアは気付かない。ある意味スゴイ。


「オレンジのドレスが良く似合う。あしらわれたピンクのレースも可愛らしく、エイシャの優しいイメージにピッタリだね」


 エイシャは美しい、と言いながら、ギブロアは流れる動作でエイシャの手を取り、その甲に口付けを贈る。

 騎士のように膝を折るわけでもなく、正面に立ったままの、王侯貴族が淑女に贈る挨拶のソレ。

 エイシャも王族だから、このような挨拶は慣れている。今更、どうこう思うような事ではないのだが。



―――でも今はタイミングが悪いんだぁ!!



 この場はエイシャとジダン王子の婚約披露の場で。

 始終ぺったりとくっついたままの仲睦まじさで。

 それを国王夫妻も第二王子も認めてて。

 独身男は近づけない雰囲気をバシバシ出してて。

 エイシャに近づこうなんて誰も考えられないぐらいだったのに!!



―――こいつは馬鹿に違いない・・・



 周辺諸国のどこよりも国力のあるイーガル国。

 その次期国王が寵愛し唯一と望んだエイシャ。

 諸侯の居並ぶ自身の祝賀会でプロポーズするほどの寵愛を見せつけ、エイシャへの執着を隠しもしない。

 そんなエイシャにたとえ挨拶でも触れるなど、正気の沙汰とは思えない。

 そのうえ、ギブロアはエイシャを傷つけたミジャンの兄。イーガルの属国であるルードイの王太子。

 自国の行く末を思うのならば、決してしてはいけない行動だ。


 にこにことエイシャを見つめるギブロアと。

 不機嫌大爆発のジダン王子。

 嫌な予感しかしないんですけど・・・。


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