03・新しい生活の始まりは
精霊に愛されているかどうかを確認するため、この世界では産湯を済ませた赤子を聖域へと連れていく。
ここ、水を司る創造主ウィンシュルティック様を精霊王とする水の国では、聖域である泉に赤子を浮かべる。一番最初のアレが、まさにコレだ。
精霊に好意を寄せられている者ならば、精霊たちが周りに集い、岸まで運んでくれるという。そこに精霊王自らが具現する事などあり得ないことだった。
しかし、今回第二王女の前には精霊王が現れ、祝福が贈られた。精霊たちの主たるウィン様が認めたことによって、第二王女は無条件で精霊たちを使うことが許されたのだ。
精霊術は、精霊語と言われる言葉で、精霊たちに何をして欲しいか、を明確にし、指示を与えることによって発動するモノである。水が欲しければ、水の精霊に、水を出して欲しい、と精霊語で言えば良い。それを聞いた精霊が、その指示を叶えてくれれば術として成功し、叶えられなければ失敗、何事も起こらない。
第二王女は、これらの過程を無視して、術を行使できる。わざわざ精霊語で指示を与えなくても、意識するだけで必ず精霊たちがソレを叶えてくれるのだ。
―――ある意味、無敵のチート能力だわな。
「ここまで、何か質問はありますか?」
教師の声に、思考の波から脱出する。
今は、一般教養の授業だ。
精霊王、精霊、精霊術の一般認識を説明する教師と不意に目が合い、取りあえず笑っておく。教師も微笑んで、ウェランから視線を外した。
今更ウェランに精霊たちの一般認識など不要なのは周知のため、授業を聞いていなくとも咎められることはない。
無事に入寮、入学を果たして早くも三日目の今日。最も大切な教養として、精霊学の授業が一番始めに組み込まれていた。
一日目は、学校、寮についての説明。二日目はクラスへ入り、各担当教師の紹介と生徒たちの自己紹介。そして三日目の今日から、本格的に授業が開始された。
「では、次に精霊の加護についてです」
何よりもまず、精霊のことについて学ぶのがこの世界の常識である。
この世界の約半数の人間が精霊術を行使できる。ウィン様曰く精霊は、嫌い、無関心、好き、愛してる、服従、のどれかに人間を分類しているらしい。精霊一体一体に個別の感情があるわけではなく、精霊全体としての総意になり、一生涯その分類が変わることはない。
好きに分類される人間は約四割。精霊術を行使することはできるが、成功率は六割弱。それも、単純指示のみしか与えることはできない。
愛してるに分類されるのは約一割弱。精霊術の成功率は九割強。単純指示は勿論、複雑な指示も与えることができる。
無関心に分類される人間が一番多く、精霊術の使えない人間のほとんどはココに分類されている。ここに分類された人間はどれだけ努力しても精霊術を行使することはできないが、他人の行使した精霊術の恩恵は受けることができる。この場合の恩恵には『悪意』も含まれる。精霊はここに分類された人間には言葉通り無関心のため、どうでもいいのだ。
そして、嫌いに分類される人間も少ないが存在する。王妃の血統であるエーグン家もコレに当たる。精霊術の行使は勿論不可能。『善意』の恩恵すら与えられず、しかし『悪意』の恩恵は受けられるという徹底ぶり。
無関心と嫌いの分類は、似ているようだが大きく異なる。例えば、凍えている人間に対して火の精霊術を行使する場合、火傷をしない程度の温度で暖めるのを善意、焼き殺す程の炎で火達磨にするのを悪意、と仮定するならば、無関心に分類されている人間は善意も悪意も両方受けることができるが、嫌いに分類されている人間は悪意しか受けることができない。要するに、精霊術による意識的に行う攻撃が悪意に該当する。
何ソレ怖い。ホントウに。
そして、服従。もはや伝説といってもいい存在らしい。無条件で精霊が協力し、決して拒絶されない。常に精霊が側にあり、守られている。他人の行使した精霊術すら無効化することができ、誰に対してもその恩恵を与えることができる。まさに、精霊を服従させることのできる存在。唯一ここに分類されているのが、ウェランツァイだ。
「精霊の加護を頂いている人を『加護持ち』と呼びます。あなたたちがそうですね」
ゆっくりと噛み砕いて説明する教師の声に苦笑するしかない。
精霊独特の分類など人間にわかるはずもなく、精霊術の行使できる人間を一括りに『加護持ち』と呼んでいる。その加護が強いか弱いかで、行使できる術の強弱がかわる、という解釈だ。
まったく間違っている、というわけではないが、事実を知る私にしてみれば違和感がある。生まれた瞬間にされる分類は一生変わらないのだから、好きに分類された人間はどれだけ努力しても複雑指示を成功させることはないのだ。それよりも、単純指示の精霊語の語彙を増やした方がよっぽど現実的なのだが。
「では、午前の授業はここまで。午後は精霊語の授業になります」
では解散、と教室を出ていく教師を見送って。さて、昼食はどこでとろうかな、と視線を上げれば。
「・・・何か?」
ぐるりと囲むクラスメイトの姿に、一瞬言葉が出なかった。
「あ、あの、ウェランツァイ様。よろしければ昼食をご一緒にっ」
真正面に陣取る女の子が、なぜか顔を真っ赤にしてそう言えば。
「わたくしもっ」
「わたしも」
などなど、口々に同席を望む声が上がる。
「えぇ、よろしければ皆さんご一緒に中庭で」
断る理由もないのでそう笑って承諾して、クラスメイト全員にそう誘いをかける。
今日は天気がいいため、中庭で昼食も気分転換にいいだろう。
チラリと背後をみれば、授業終了と同時に入ってきたであろう二人の侍女の姿。ウェラン付きであるその侍女は、すぐに心得たように一礼して準備に出ていく。
この学校には食堂があり、昼食は無料提供されている。学生は基本そこで食事をするが、王侯貴族はお弁当を持参してきたりする。
このクラスは『加護持ち』のクラス。半数以上が貴族の家柄だ。よって、半数以上はお弁当。だいたい2~3人前持ってくるのが普通なので、貴族外の子たちも一緒に食べられるだろう。
「ウェランツァイ様は、詠唱破棄で術が使用できると伺いました」
本当ですか、と聞くのはバッツリー家の令嬢。代々神官を生業としている家系だ。この令嬢も、精霊に愛されている。
精霊王の寵児の呼び名は伊達ではなく、私には他人がどこに分類されているかが見てわかる。まぁ、だからといって得られる徳はないのだが。
「えぇ、精霊王様の加護により、詠唱破棄が可能です」
バッツリーの令嬢にそう返せば、周りからも賞賛の声。口々にウェランを誉め讃えるのは、やはりというか貴族の子供たち。市井の子供たちは、一歩下がって付いてきている、という感じだ。
王政にも関わらず、この世界は身分差別はさほど酷くはないが、それでもゼロではない。精霊の加護はその身分に関係なく得られるモノだし、精霊術を行使できれば職業選択の自由もある。加護持ちが三代続けば、貴族の仲間入りだ。そんな新興貴族は、二代加護が得られなければその地位を失うが。
「父が、ウェランツァイ様は奇跡の方だと」
そう口を開くのはキューゼ家の令息。元は新興貴族だったが、彼が家督を継げば六代続く、術師団の団長を務める家系だ。
自然現象を行使する精霊術は、その性質上各種の救助活動に役立てることができる。
自然災害はどうしても起きてしまうので、ソレの救助、復旧などを主に行う術師団が国の機関として存在する。精霊術が使えればその身分に関係なく入団は可能だ。
この術師団と対となるのが騎士団。こちらは腕に自信のある加護無したちが入団し、治安維持や魔獣討伐などを行っている。
「奇跡ではありません。すべては精霊王様の御慈悲によるもの」
ウェランツァイが精霊王ーーウィン様御自らの加護を頂いたことは、その場に居合わせた者たちの口から国を越えて伝えられた。各国の神官長クラスが祝福という名の事実確認に詰めかけたのは懐かしい思い出だ。
水の国の第二王女は精霊王の寵児である、と大々的に発表され、自国への留学を望む声が後を絶たなかった。次期国王にして神官長であるとその場で決定されたこともあり、誰であろうともウェランに手出しできなくなったのだ。
―――唯一の例外が王妃であるのは、何のイヤガラセだっつーの。
自身の子供が加護無しだったばかりに、夫に愛人を認めなければならなかった王妃。その愛人腹の第二王女が、国内の誰よりも強い加護を持った。排除すら叶わず、頭を垂れなければならないという屈辱。自身の子供は、第二王女の臣下に下ることが決定している。
―――さてさて、何事もなく過ごせるといいんだけどねぇ。




