02・今回もどうやら大変です
ウェランツァイ・ウィン・アーバティーヌ・ハッティーノ
この長ったらしい名前が、今回の肉体に与えられた名前だ。
ウェランツァイ、愛称ウェラン。
ウィン様が精霊王を務める水の国の王家第二王女にして次期国王と次期神官長を約束された存在である。
現国王には、ウェランツァイの他に子供は二人。
王妃の生んだ第一王子、ツェギエット・エーグン・ハッティーノ、愛称ツェギ。ウェランの五つ上の第一子。同じく、王妃の生んだ第一王女、セチュエット・エーグン・ハッティーノ、愛称セチュエ。ウェランの三つ上の第二子。
王妃腹のこの兄姉は、精霊に愛されていない。精霊術も使えないため、神官にもなれず、王位も継げない。どうやら、王妃の血筋―――エーグン家の血が精霊に嫌われているのがその理由らしいのだが、その事実を知る者はいない。この情報は、ウィン様から聞いたものだ。
国王の子供が二人とも精霊に愛されていない、というのは長い王家の歴史でも稀で、それに慌てたのが神官長はじめ神殿に仕える者たちだ。このままでは、国王も神官長の血も王族直系ではなくなってしまう。
必ずしもその直系で継がれるモノではないが、幸か不幸かハッティーノ家が六代続いてしまった。今更他家にその地位を渡したくないと思うのは人間の性だろう。
独裁は精霊によって監視されている、とされてはいるが、国の存続に関わるような事柄でなければ基本非干渉だ。その事実を知る者もいないため、ハッティーノ家は精霊に寵愛される一族、などという説ができてしまっている。ウィン様曰く、たまたま、だそうだが。
「ウェランツァイ様、神官長様がお越しです」
侍女にかけられた声に振り向けば、そこには神官服に身を包んだ男性の姿。
「叔父上。いかがなさいました?」
「ウェラン様のご機嫌伺いに参りました」
現国王の弟で神官長を務める叔父上は、そう言って慇懃に礼を取る。
「まぁ、わざわざのご足労ありがとうございます」
私も叔父上に向き合って、淑女の手本のような礼を返す。
しばし見つめ合い・・・。
「「ぷっ」」
同時に吹き出した。
ウェランツァイを除けば、一番精霊に愛されている叔父上。本当ならば国王も兼任される予定だったのだが、本人がそれを断ったという変わり種だ。
幸い、現王も精霊に愛されていたためソレが認められた。羨ましい。
「それで、叔父上。本当の御用向きは?」
テーブルに案内しながら問えば、叔父上はどこかイタズラめいた視線でこちらを見た。
父親と同年であるにも関わらず、お茶目な方だ。
「ウェランが本当に学校に行くつもりなのか、確認してこいって命令でね」
侍女にタイミング良く出されたお茶に口を付け、そう言う叔父上。
誰に、と言われなくても、叔父上にその様なことを命令できるのはただ一人だ。
「父上には、今朝もそのようにご報告いたしましたが」
今年五歳になるウェランツァイは、一般教育を学ぶために学校へと行く。義務教育なのでたとえ王族でも例外ではなく、私も行くことが決まっていたのだが・・・。
「陛下はウェランの身に何かあったらどうするんだ、と半狂乱だったけど?」
そう、父親でもある国王が、反対しているのだ。
「一体何があると・・・」
集まるのは、五歳から十歳までの子供だ。もちろん教師は大人だが、学校はすべて国営なのだ。次期国王に対して何事かをするバカはいないだろう。
「陛下にしたら、伝説級の『精霊王の寵児』にかすり傷一つ付けたくはないんだろう」
精霊王の寵児。
今回の役どころであるソレ。ウィン様の寵愛を受けた王女。精霊術の行使に何の縛りもなく、呼吸するように使いこなす。
そんな、伝説とも言われる存在に強制的に押し上げられた。
「かすり傷程度でしたら、自分で治癒可能です。それに、わたくしが義務を放棄するわけにはいきませんでしょう?」
五歳からの学校は義務だ。これは、王族とて例外ではない。ツェギ兄上もセチュエ姉上も通っている。
ツェギ兄上は、ウェランの入学と同時に卒業になるのだが。
「陛下は、今更ウェランは学ぶことなどないだろう、とも言っていたよ」
それには同意するけどね、と笑う叔父上。
ウィン様の言うことを信じて、しゃべれるようになったと同時に普通に会話したらソレが異常だった、とか。(それは、ウィン様の寵愛の賜だ、となった)
精霊語の必要はない、とウィン様に言われたので無詠唱で精霊術を使ったら、神官長はじめ神官たちに崇め奉つられた、とか。(これまた、ウィン様の・・・以下略)
そんなこんなでかなり非常識(ココでは精霊王の寵愛)な存在になっているわけだ。
「わたくしの世界は狭いのです。学校へ通い、視野を広げるのも必要なことです」
事実、そのような理由で王族も学校へ通うことが慣例化しているのだ。ウェランだけが特別扱いは好ましくない。
「ウェランは偉いね。次期国王の心得がある」
にこにこと笑いながら頭を撫でてくる叔父上。
ウェランツァイに対して、普通の子供のように接するのはこの叔父上だけだ。
父親である国王ですら『精霊王の寵児』としてウェランツァイに接する。
そして・・・。
「あら、神官長様もウェランツァイ様にご用でしたか」
入り口から聞こえた声に、思わず舌打ちしてしまった。
ウェランの自室に、ノックもなしに入ってくる人間などこの人しかいない。暴挙ともいえるこの行為を許させていいるこの人は・・・。
「これは王妃陛下。ウェラン様に何かご用でも?」
そう、この国の王妃であり、父の唯一の妻。そして、第一王子と第一王女の母である、シェルエット・ギーノック・エーグン。
ウィン様曰く、精霊に嫌われまくっている人間だそうだ。
「明日から学校に通われるウェランツァイ様に、ご挨拶をと思いまして。神官長様もそうでございましょう?」
ねっとりと纏わりつくような喋り方で叔父上に対峙する王妃。国内の権力バランスの為だけに、精霊に愛されていないにもかかわらず王妃に立ったこの女は、精霊に愛されている者の誰よりも地位が低い。よって、神官長であり王弟でもある叔父上は勿論の事、ウェランツァイにも礼を取らなければならない立場にある。
―――はず、なんだけどねぇ。
「私は陛下からのご伝言をお伝えにきたのです。ウェラン様への個人的な訪問は禁止されているはずですが?」
なのに、王妃はどうしてココにいるのかと厳しい口調で問う叔父上。
ウェランツァイの母親でもない王妃は、その立場からウェランツァイへの接触の一切を禁止されている。国王陛下ですら礼を取る『精霊王の寵児』であるウェランツァイへのこのような振る舞いは、本来ならば何らかの罰が与えられる。
――が。
「あら、妾は王妃。どうして愛人腹の王女に遠慮せねばならないのです?」
ねぇ、ウェランツァイ様。と悪意に満ちた笑顔でウェランに向き合う王妃。
自身の生んだ子供が二人とも精霊に愛されていないことから、王妃の立場は無くなった。その地位を追われることはないが、その手にしていた権力は国王によって剥奪されたのだ。王妃に残ったのは、王妃という中身のない地位と王宮での暮らしのみ。ウェランツァイが王座に就けば、王妃はソレすら奪われる。
「無礼な。立場を弁えなさい。ウェランツァイ様は精霊王の寵児。誰よりも尊いお方。オマエ如きが直接声をかけることすら叶わぬ方」
ウェランを軽んじる事はウィン様を軽んじることと同意。精霊に愛され、神官長の地位にある叔父上がソレを許すはずもなく。
「きゃあぁっ」
一瞬にして発動された精霊術。風の精霊たちが王妃のみを取り巻き、その身体を押しやる。開け放たれたドアから王妃の身体が出ていけば、パタンと静かに閉められた。
「国王陛下への報告は?」
怒りもあらわに問う叔父上に。
「不要です」
冷静に返す。
王妃のあのような行動を逐一報告しては、それだけで父上の机の上は紙の山となるだろう。
「ウェランがわざわざ寮からの通学を希望したのは、王妃のせいかな?」
疑問系の形をとってはいるが、答えを確信しているその問いには答えずに。
「祭事への出席はお約束しますので、お目こぼし下さい」
集団生活その他を学ぶため、基本学生は寮生活だ。もちろん、家庭の事情により自宅通学も許されている。王都に建てられた学校のため、王族は基本自宅通学なのだが、ウェランは入寮を希望した。
―――鬱陶しいのは嫌なんだよねぇ。
いくらウェランツァイがこの国の最高権力者だとしても、まだまだ五歳の幼子だ。色々とバッサリ切り捨てるには幼すぎる。かといって、これ以上好き勝手させるのも鬱陶しい。
ならば、幼さ故のワガママで一度逃げを打つのが得策、と結論付けたのだ。
「ウェランの好きにすればいいよ」
叔父上の賛同を得て、とりあえずは五年間の自由を手に入れた。




