16・楽隠居が希望です
信津国にて、皓孝様の愛人のような――ごほん。
皓孝様いわく、新婚家庭のような生活を送って早1ヶ月。
国家元首代理として国交開拓など、早々ケリの付く問題ではないとわかってはいたが・・・。
―――ぶっちゃけ、帰りたい・・・
仕事は順調。
信津国の大臣も、仙磨国の大臣も仕事のできる人間ばかり。
互いがギリギリのラインで提示する条件と、それに付随する妥協点。
一進一退の駆け引きは楽しい。
国家の要職古狸相手に、華月がどこまでできるかの確認にもなって充実している。
しかし。
しーかーしーーーー!!
あと一歩、の所で決まらない。
意図的に調印を先送りにされている感がヒシヒシと!!
こう、ね。ゆる~くゆる~く少しずつ離れていくような!!
ドナタかの意図を感じますね。
日々辟易としてくる華月とは対照的に、日々上機嫌になっていく皓孝様。
皓孝様の機嫌がよいと王宮内も平和だと、ナゼか信津国の皆様には感謝され。
先日など、大臣様御一同が華月に貢物を持ってきましたよ!! 曰く、皓孝様がご機嫌だと仕事がはかどり、王宮内の空気も軽く、皇帝陛下夫妻も皇太子夫妻もまこと伸びやかに健やかに日々を過ごせるとか。
普段、どれだけ皓孝様に抑圧されてるんでしょうねぇ・・・。
皓孝様の副官である安丹殿と鷹栄殿なんて、毎日ここぞとばかりに皓孝様に書類押し付けてるし。そして、なぜかそれの処理を華月も手伝ってたりね。
今じゃぁもう、皓孝様の秘書、みたいな?
皓孝様の叔父にあたる宰相閣下には、「公私共に充実しているようで何より」とか言われるし。
皓孝様のご両親である皇帝陛下夫妻には、「孫はいつ?」とか言われるし。
―――わけわかんないんですけどーーー!!
やっぱり信津でも大魔王様な皓孝様が、ここまで人目もはばからずに一人の女を求めるとは信じられなかったらしい。
今までにも、もちろん結婚の話も多々あった。しかし、見た目は極上でも中身は魔王の皓孝様。頭の悪い貴族令嬢や、プライドの高いだけの他国の皇女では対面して三分で泣かされるとか。
皓孝様と同じ目線で物事を見て、対等な会話が出来ることが相手に望む最低条件だったとか。
そんな相手は居ないだろう、と諦めていたところに、皓孝様自らが連れてきたのが華月。そりゃ、皆様方の言動も理解できないこともない。
取り敢えず、宰相閣下には曖昧に笑って誤魔化して、両陛下にはすっぱり否定しておいた。
いや、このままじゃぁ、現実になるかもしれないのは重々承知デスヨ・・・?
そして、そうなってもいいや、と思っているのも否定できないわけでして。
華月の夢は光明国の国家元首だったが、私はそんなのに欠片の興味もない。
できれば穏やかに暮らしたいのだ。だから、その保障があるのならば国家元首だろうが皓孝様の妻だろうがどっちでも良いのだ。
まぁ、今のところ、国家元首になって早々に交代して楽隠居生活、が最有力ですが。
「ユエ、今日は一緒に視察に出かけましょう」
一緒に朝食を摂るキッチンで言われる今日の予定。
毎朝の恒例になっているこの時間。
何が楽しいのか、皓孝様は華月の手料理を毎食嬉しそうに口に運んでいる。
料理は得意だが、所詮は他国の下町の味。
一国の皇子殿下の口に合うような豪華なものでは無いそれを、皓孝様は召し上がる。
驚いたことに、皓孝様は料理まで小器用にこなし、今では一緒に作っている・・・。
ほんと、この人ナニモノですか?
「視察、ですか? 城下に?」
「ええ。第三機関の設置をするにあたって、当座の問題点も確認したいですし」
それには、実際に目で見るのが一番ですから、と言われる。
輸入権の優先を貰うための国交開拓の条件として出されている、信津国での華月の仕事。それが、この第三機関の設置に伴う各問題の相談役。
商法と雇用法を見直して、国全体の生活水準を引き上げ、租税効果の安定を図るのだ。そのために必要な部門として第三機関を新たに設置し、今まで特定の人間のみ扱っていた諸々を正式なものにしてしまおう、というかなり大がかりな改革を皓孝様は行っている。
まぁ、今日は予定も入っていないし(皓孝様がそのように予定を組んでるのはスルーです)と承諾して。
本日の視察は決まった。
「皓孝様、ここはなんですか?」
「第三機関建設予定地です」
「もう、ここまでお話が?」
「設置は決定なのです。出来ることから進めませんと、時間の無駄になりますから」
「だからって、早すぎませんか・・・?」
皓孝様につれられてきたのは、港にほど近い広場。
国家傘下の港の関所を左手に、港口が一望できる場所。
そこに建てられている建物。
どう見ても、ビル。
五階建てのしっかりした造りのソレは、役所を思い起こさせる。
早々に着手するなら、華月の意見などいらないじゃないか!! とは言いませんよ、もちろん!
「ここならば、色々と使い勝手がよいと思いまして」
そう思いませんか、と問われて曖昧に笑う。
まぁ、実際問題として、ここ以上にいい場所はないだろう。
主要港と王宮との交通の便も良い。
ここまで完璧な場所に建設を進めながら、皓孝様は一体何の意見が欲しいと言うのか。
まぁ、立地条件でなければ、考えられるのは一つだが。
「港の設備及び第三機関の在り方。そして考えられる利用者側との問題。ハオが望まれる意見とは、そのあたりですか?」
ならば、別にわざわざこんな所にまで来なくてもいいじゃないか!! とは、勿論言いませんが。
さっさと終わらせて、帰りたいわけですよ。
皓孝様の私邸に、じゃぁないですよ。国にデスヨ、もちろん!!
「さすが、ユエは話が早い。後は、その権利の範囲ですね」
ここでの立ち話も何ですから、城下を回りながら話しましょうと言う皓孝様。
ニコニコと上機嫌にそう言われ、手まで差し出された。
―――・・・・どうしろと?!
ここで、この手を取らないとか。
そんな選択が出来るほど、華月はツワモノではありませんでした・・・・。
皓孝様に案内されながら回る城下町。
光明とは違った活気のある商人たちに、今後の改善などを交えながら会話を進める。
実際に目で見れば、問題点も見つけやすい。商法、雇用法ともに国民の生活に直結している法のため、間違いは犯せない。
時折、商人たちに声をかけながら意見の交換を行っているのだが・・・。
―――手は繋いだままだとか、皓孝様の身分もバレバレだとか、華月まで注目の的だとか、そんなことは全てスルーです!!
時々耳に入る祝福の声。
それに愛想よく答える皓孝様。
ナゼか華月にも贈られる祝いに、突っ込んではいけないと警笛が鳴る。
―――そう、これは楽相様と湖李様への祝福だ!!
何とか自分を納得させて、皓孝様との会話に集中する。
うん、仕事は大切です!!
「華月姉!! 久しぶり!!」
より活気のある一帯に差し掛かれば、聞きなれた声に呼ばれて歩を止めた。
「葛西。こちらに来ていたのね」
声をかけてきたのは、華月の弟の葛西。
生地商人である実家を継ぐこの弟は、信津国にもお得意様を持つやり手だと言う。
そういえば、またこっちに商売に来るような事を言ってたなぁ、と思い出す。
「皓孝様、この度はおめでとうございます」
華月の隣に居る皓孝様に、なぜか葛西は祝辞を述べる。
まぁ、楽相様と湖李様の成婚だし、祝辞は正当な物なんだが。どこかニュアンスが違う気がする。
なんとなーーーーく。イヤナヨカン。
「ありがとうございます、葛西殿。正式なご挨拶にも伺いませんで失礼しました」
ニッコリと笑顔で対応する皓孝様。その笑顔には何の裏も見当たらない。
だからこそ、嫌な予感しかしなのは何故だろうね?
「そんなことはお気になさらず。父母もただ喜んでいましたし」
チラリと、繋がれた皓孝様と華月の手に視線を寄越し、にこやかに告げる葛西。
何といいましょうか、聞いちゃいけない気がするんですが!!
「是非、婚儀にはご出席を、とお伝えください」
楽相様と湖李様の婚儀は、もう終わったはずデスヨネ?
はて、一体誰の婚儀なのでしょう??
「ありがとうございます、皓孝様。婚儀の衣裳は、是非我が家の布をお使いください」
華月姉のために、とっておきの物を用意します、と言う葛西。それは楽しみですね、と返す皓孝様。
これ以上聞いてはいけない、と今更な警告に従いクルリと方向転換・・・。
「ユエ」
しようとすれば、それを阻止するかのようにかかる皓孝様の声。
ピタリと停止した華月の体をやんわりと引き寄せ、真正面から真摯に見つめられた。
さらりと、梳き流したままの髪を一房取られ、口づけられる。
「ユエ。私の妻に、なってください」
その整った顔に甘い微笑みをのせて。
「光明の国家元首は諦めていただくことになりますが、信津の宰相補佐を努めていただきたい」
ゆっくりとした動作で、その腕に囲われる。
「公私ともに、私を支えてほしいのです」
耳元で囁かれて。
そのまま流れるように、唇を奪われた。
―――ブラックアウトしてもイイデスカ??
葛西と公衆の面前でされた衝撃に、優秀な華月の頭脳は停止した・・・・。




