13・嵌められた!!
「・・・はいぃぃっ?!」
遼東様の部屋。
今日の報告と祝賀の件の相談に訪れた華月を待っていたのは、トンデモナイ遼東様のお言葉だった。
「何の冗談ですか・・・?」
「生憎と、冗談ではないのだよ、華月。そして、断る術もない」
一国の主からの正式な招待だからねぇ、とのほほんと笑う遼東様。
はい、と渡されるのは透かしの紋章の入った上等な白い封筒。
恐る恐る受け取って中を確認すれば、出てきたのはこれまた上等な淡い黄色の紙が一枚。
書かれている文字を目で追えば・・・。
「あ、ありえないでしょう・・・」
脱力すらできないほどの虚無感。
なんだろう。もう、なにかっていうより、全てに負けたって感じ・・・。
「皓孝様は何もおっしゃってなかったのか?」
「・・・もし事前に何か聞いていれば、そもそも私はここにおりません。今頃外交にでも行っています」
「だろうな。たいそう気に入られたようだな、華月」
一応、国家元首――遼東様――宛になっていたこれは、既に遼東様は確認している。
わざわざこのタイミングで届いたということは、今日のデートも皓孝様の計画の内。要するに、上手く皓孝様の手の上で踊らされていたわけで。
「昨日今日での対応にしては早すぎますね・・・。事前にここまで用意されていたのなら、既に出席は決定事項ですか?」
気に入られて云々のくだりは軽く無視して。
もう一度、手紙に目を落とす。
何度読んでも内容は変わらないが。
「わざわざ華月を名指しで指定してきているからな。本来ならば、外務官を行かせるべきなのだが」
どうする? と聞いてくる遼東様。
そのお顔は、とてもイイエガオだ。
行くのならば問題ないが、行かないのであれば自分で対処しておけ、というところか。
「私の肩書では先方様に対してあまりに失礼でしょう。正式な外務官殿に行っていただくように調整します。必要であれば外務補佐を3人ほど付けます」
「いいのか?」
「・・・どちらの意味かによりますが。私の感情だけでしたら行きたくないので問題はありません。外交としてならば、多少の詭弁は必要になるでしょうが、まぁ回避可能な範囲ですね」
ふぅ、と溜息を吐きつつ答える。
厄介この上ない正式な信津国からの招待状。信津国の国皇陛下から光明国の国家元首宛のそれには、今回のバカ2匹の滞在のお礼と共に功労者華月の婚儀への招待が綴られていた。
丁寧な文面は一見ただの『ご招待』に見えるが、その実拒否権など最初から用意されていない。
タイミングといい、内容といい、これを指示したのは間違いなく皓孝様だろう。
こんな逃げ道のない『招待状』が信津国の『普通』とは思いたくないし。
「では、華月に任せよう。どのみち、アチラが望んでいるのは華月だしな」
好きなようにしなさい、と言いながら笑う遼東様は、それはそれは素晴らしいぐらいのイイエガオ。面倒事はゴメンとばかりに、華月を指定されているのを幸いにフェードアウト。
チッと舌打ちしつつ遼東様のお部屋を辞して。
「・・・皓孝様に直談判、かぁ・・・?」
手にした招待状に大きな溜息。
そもそも、信津国に連れて行かれないように、皓孝様を愛称なんぞで呼び始めたハズ。
それが、何でこんなことになってるんだ・・・?
「なんにせよ、皓孝様にお会いしてから、か」
せっかく解放されたのに!!
やっと別れてきたのに!!
なんでまた会いに行く羽目に・・・!!
文句言ってても仕方がないとはわかってるけど!!
覚悟を決めて、皓孝様のお部屋に向かう。
―――さて。魔王様に一戦挑んできますかね。
向かい合う皓孝様と華月。
ニコニコと笑みを浮かべる皓孝様に迎えられ、ソファに促されるまま腰を掛けて数分。
さてさて、意気込んで来たものの、いざ皓孝様を目の前にすると尻込みしてしまうのはナゼか。
―――この笑顔が黒いからに決まってるぅっっ!!
「ユエ、どうしました? 何かご用だったのでしょう?」
にこにこにこにこ・・・・
うっつくしぃお顔に、うっつくしぃ笑み。
だが、騙されてはいけない!!
皓孝様の目は笑ってなどいない。
「えぇ・・・。お部屋にまでお邪魔してしまってごめんなさい、ハオ。お伺いしたいことがありますの」
よろしいかしら? と小首を傾げて。
「私で答えられるのでしたら何なりと」
何が貴女を困らせているのですか? と柔らかく言う皓孝様。
―――あぁ、何て嘘くさいヤリトリなんだ!!
だが、ここで引いてはいけない。
負けるつもりで勝負を挑んではいけない。勝負は時の運なんだ!!!
「貴国から招待状をいただきましたの。そのことで少々・・・」
スッと、手にしていた招待状をテーブルに乗せる。
それにチラリと目をやって、皓孝様の視線は華月に戻ってきた。
「あぁ、届きましたか。あのバカがユエにご迷惑をかけたと聞いた時から、用意させていたのですよ」
私はお詫び状をと指示したのですが、上手く伝わってなかったようですね。すいません、と先手を打たれた。
ここで、まさしく招待状だと言われれば、詭弁をふるって辞退を、と考えていたのだが・・・。
―――どこまでも御見通しってわけか。
これが安丹殿相手ならば口先三寸で丸め込むのだが・・・。
やっぱり、皓孝様相手だと上手くいかない。
「では、ハオも中はご存じではありませんの?」
「えぇ。これは国に残してきた副官が仕切っておりますので」
びっくりだわ、と笑えば、すいません、と返される。
「中を拝見しても?」
我が国からの招待状が原因でユエの顔が曇っているのならば申し訳ない、などとうっすら寒いセリフを吐く皓孝様に、頷くことで了承を伝えて。
「・・・・・申し訳ありません、ユエ。これでは、さぞ困ったでしょう」
溜息を吐きつつ言う皓孝様に、一縷の望みが・・・。
「どうして元首様宛なんでしょうね。ちゃんとユエ宛でないと意味がないというのに・・・」
・・・あるはずなかった。
うん、そんなに世の中甘くないとは思ったけどさ。ちょっとぐらい夢見たっていいじゃないか。
「私宛、ですか?」
「もちろんですよ。ちゃんと、ユエに宛てた内容でしょう?」
「・・・・招待状、ですよね?」
「えぇ。あのバカドモの婚儀に是非ご出席ください、を大義名分に信津にお越しください、と書いてありますね」
「先ほど、詫び状を、とおっしゃってませんでした?」
「言いましたね。ですが、それでも内容は変わりませよ」
「変わらないですか?」
「えぇ、内容は、私の指示通りです」
「・・・それ、どう読んでも、脅迫状なのですが?」
「何を言いますか。誠心誠意のお詫びと、招待が綴ってあでしょう?」
「・・・拒否権なしの招待に、招待状の意味はあるのですか?」
「私がここに居るのですよ? 十分に招待状の役目を果たしているではないですか」
「・・・・・はい・・?」
「ほら、ユエはここに来たでしょう?」
―――・・・・・・・・・・・・やられたぁっ!!!
そういうことかっ
招待って、そういう意味かっ
なんて回りくどいことすんだよっ!!
ニッコリと眩しい笑顔の皓孝様と。きっと顔色の悪い華月。
ようするに、あの招待状を持って皓孝様に会いに来た時点で華月の負けは決定していたわけで。
皓孝様にしてみれば、華月からこの話題を振るように用意しただけの招待状ということだ。
通常、他国からの招待状などは国家元首または国そのものに宛てて送る。特定の人物に宛てるのではなく、あくまでも国交なのだからそれが常識である。
勿論、内容も個人レベルのモノではなく外交に則ったものであるべきであり、出欠の有無、出席者の選別は招待された側の国が行う。
欠席であれば速やかにお断りの旨と必要に応じて品を贈り、出席の場合は代表出席者の名と共に同行人数の回答を行い事前手続きに入る。
―――が。
今回、信津国から送られてきた『招待状』は宛先こそ国家元首になっていたが、内容は華月個人に宛てたもの。あまつ、出席者は華月、と招待国側が指名してきている。
外交に則ったどころではなく、個人に向けた招待状・・・いや、脅迫状、だ。
どのへんが脅迫状かって?
国の刻印の入った正式な皇家の便箋と封筒で、正式な国交手段を用いて届けられたにもかかわらず、内容は対個人に終始し、その内容も招待を受けること前提に進められ、断ることのできない内容で綴られたそれはもはや脅迫以外の何物でもないじゃないか!!!!
「私の出席は確定ですか?」
「おや、あくまでも招待状、ですよ」
「・・・・では、正式な外交官を伺わせますわ」
「しかし、あのバカドモがユエ以外で納得するとは思えません」
「あくまでも、光明国の出席者、です」
「では、それにユエも同行を?」
「・・・私の肩書では正式な場での出席は出来ませんもの」
「光明国では、国家元首代理よりも、外交官の肩書の方が立場が上なのですか?」
「・・・いいえ。代理であれば、その期間中の公的地位及び決定権その他に於いて元首と同等位にありますが」
「ならば、問題ないではないですか」
「・・・・まさか・・・」
「必要であれば、遼東国家元首はその一切をユエに委ねる、と」
――――聞いてないーーー!!!!!
さっきは何も言ってなかったじゃないか!!
一瞬、皓孝様の戯言かとも思ったが皓孝様の目は真剣だった。
本気で、遼東様は華月に代理権を委ねる意思があるのだろう。そして、それを皓孝様は確認した――いや、もしかしたら、もしかしなくても、皓孝様から遼東様にその話を持って行ったのだろう。
「明確な理由なくして、元首が代理を立てることは叶いませんわ」
一応、反撃を試みる。
「今まで国交の薄かった2国との国交樹立を目的に婚儀に出席、では明確な理由にはなりませんか?」
ほんのりと、国益というエサをチラつかせる皓孝様。
「理由としては十分ですが、それだけのものを成そうとするのに、代理では相手側に失礼にあたります」
それが解らぬ皓孝様じゃないだろう。
「対等な国力の国相手ならばそうでしょう。しかし、相手国の国力が明らかに劣っていれば問題は無い」
相手国――つまり、信津国と仙磨国――は、光明国よりも国力は低い、とハッキリと言う皓孝様。
「・・・国力の劣る国との国交に、何の魅力が?」
国益をチラつかせるのならば、それなりの用意があるのだろう。
「輸入権の優先、は魅力にはなりませんか?」
ニヤリ、と笑う皓孝様に、本性を見た気がした・・・。
光明国は、その国力の大部分を商人による税金で賄っていて諸外国からは商人国家などと呼ばれている。国民の大部分が商家に従事しており、自給率が低い。国内での生産ではなく、そのほとんどを輸入に頼っているのだ。
そんな光明国の弱点を突いてくる皓孝様。
ハッキリ言って、輸入権の優先は欲しい。
「とても、魅力的なお申し出ですわ」
隠したところで得は無い。
こちらの手札は無いに等しいのだから、無意味なのだ。
「でしたら、代理の理由には十分でしょう」
たしかに、輸入権が絡んでくるのであれば一外交官では心もとない。
しかし・・・
「でしたら、余計に私では役不足でしょう。遼東様に行っていただかなくては」
ことは国益。それも、国にとっての大事。
一補佐官ごときが口を出す問題ではない。
「おや。光明国は、自国の弱点を諸外国にさらすのですか?」
国力の劣る国にわざわざ国家元首が赴くほど輸入権が欲しい、と宣伝するのですか? と言われて、ぐうの音も出ない。
対等な立場ではないからこそ、易々と国家元首が赴いてはいけない。
外交官では決定権に欠けることから政治的交渉は出来ない。それこそ、相手国に失礼にあたる。かといって、外交官に決定権を持たせればこちらの不利を招く結果になることは明らか。
あくまでも外交官は諸外国に対するパイプ役にすぎないのだ。
さて、ここで状況を整理してみよう。
光明国は信津国から皇太子殿下の婚儀の招待状をもらった。
その招待状は、正式な手順を踏んだ物であり無視することは出来ない。
しかし、その内容は華月個人に宛てた物であり、拒否権は無い。
だが、華月は出席したくない。
皓孝様に直談判に来たが、それすらも皓孝様の手の内だった。
詭弁をふるって回避を試みたが、上手くいかない。
挙句に、事は国交問題に発展。
国益をエサに一本釣りされそうな勢い。←今ココ。
―――どうしてこうなった・・・?
そろりと視線を上げれば、悠然と微笑む皓孝様。
反論できるならしてみろ、と言わんばかりのその顔にメラッと殺意。
用意周到にエサをまき罠を仕掛け、獲物がかかるのを待っていた漁師のように。
網持って待ちかまえられている気がしてならないのですが!!
「ユエ? どうしました?」
ゆっくりとした動作で席を立ち、こちらに回ってくる皓孝様。
正面に立って目を合わせ、蕩けるような笑みをたたえて両手を握られ。
するりと耳元に移動した口から洩れるのは腰にクルような低音。
「そのように呆けていては、付け込んでしまいますよ・・・」
―――あ、あれ? もしかして、すでにまな板の上の鯉デスカ・・・?




