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04・確認作業は必須です



 迎えられたのは執務室。

 大きな窓を背に置かれた、大きな机で仕事をするジダン王子。

 その横にはザット王子の机が置かれ、こちらも真面目に仕事をしている。


「エイシャ、よく来たね」


「待っていたんですよ、エイシャ」


 それでもエイシャの姿を認めれば、手にしていた書類を置いて立ち上がる二人。


「ごめんなさい、お邪魔してしまいましたか?」


 いくらお茶の招待を受けたと言っても、まだ執務時間のはず。

 二人の机には書類が残っているし、邪魔をしたのでは、と思ったのだが・・・。


「エイシャが邪魔なはずないだろう? 仕事も今日の分は終わってるから気にしなくていい」


「そうですよ、エイシャ。さぁ、お茶にしましょう」


 優しくソファへと誘われ、腰を抱かれるようにジダン王子の隣に腰掛ける。

 正面にはザット王子が座り、執務室付きの侍女がお茶の用意をする。


「ドレスは決まったかい?」


 愛おしげにエイシャの髪を梳きながら言うジダン王子。

 幼い頃から、ジダン王子はエイシャの赤味のかかった栗色の髪がお気に入りで、事有る毎に髪を梳く。

 平均よりもずっと長いエイシャの髪は、ジダン王子の好みである。


「はい。御母様が選んで下さいました」


 その手に身を委ね、ジダン王子の瞳を見つめて答えれば。

 濃茶の瞳はエイシャだけを映し出す。

 疑いようもなく愛されているエイシャ。

 不思議なことに、エイシャに今までその自覚はなかったのだが。


「母上につき合わされて、疲れたのではないですか?」


 病み上がりの体に、コルセットで長時間の着せかえは疲れたでしょう、と。

 ジダン王子と同じ色の瞳が、気遣わしげに向けられる。


「大丈夫です、ザットさま。いろんなドレスが着れて、楽しかったです」


 本当は、疲労困憊だったが。

 そんなことはエイシャは口にはしないから、ぐっとこらえて微笑んで。心配性な未来の『弟』に目を向ける。

 ジダン王子と同じように、エイシャに愛情を注ぐザット王子。

 ザット王子は、エイシャよりも年上で。エイシャを、本当の妹のように可愛がっている。



―――そこに、男女の愛情を持ったジダン王子と、家族愛のままのザット王子の違いがでるわけだ。



 エイシャにとって、初恋はザット王子だった。幼い心に芽生えた、小さな恋心。

 しかし、それをエイシャは家族愛だと勘違いをした。可愛がってくれる『兄様』を慕っているのだと。

 誰にも告げることなく消えていった幼い恋心は、自覚の無いままエイシャの中でくすぶり続けていた。

 ザット王子と比べて、少し距離のあったジダン王子に憧れに似た憧憬を描くほどに。優しく髪を梳く、ジダン王子の手を心待ちにするほどに。

 エイシャの心は、ジダン王子に恋情を抱いていると思っていた。


 恋を知らないエイシャは、ジダン王子に対する憧れを恋情だとすり替えたのだ。



―――でも、それに気付く事無くエイシャは逝った。



「当日、エイシャの姿を見るのが楽しみですね」


 にこりと笑うザット王子に、エイシャも微笑みかける。


「御母様たちが、二着も・・・・あ」


「エイシャ?」


「どうかしましたか?」


 不意に言葉を切ったエイシャに、二人が問いかける。


「御母様が、夜会を二日間行うと・・・。一日目が諸外国の方々、二日目が国内の貴族を招待すると」


 到底本気とは思えなかったが、一応二人に報告する。

 笑って、冗談だよという台詞を期待したのだが・・・。


「母上らしいな」


「エイシャを飾りたてたいのでしょう」


 そんな風に言われては、何も言えない。

 本気で二日間も夜会を開くつもりらしい。



―――ここでイヤだ!! と言わないのがエイシャだしねぇ・・・。



 あんな苦しいドレスを連日連夜は勘弁してほしいところだが、どうやらそうも言ってられない様子。

 まぁ、仕方ないか。と思いつつそれには曖昧に微笑んで。

 気になっていたことを確認するために口を開く。


「ミジャンは、どうなったのですか?」


 あの後、ミジャンがどうなったのか。誰も教えてはくれなかった。

 ジダン王子もザット王子もその話題をわざと避けているようで、あの日のことは少しも触れなかったのだ。

 直接聞こうにもなかなかタイミングが掴めず、ずるずると今日まで来てしまった。



―――夜会の前までに確認だけはしておかないと流石に、ね。



「エイシャが気にすることではありませんよ」


 思い出すのも不愉快だと言いたげなザット王子。


「誰か、何か言ったのか?」


 一見冷静そうだが、その瞳に明らかな怒りを滲ませるジダン王子。


「誰も、何も言わないから教えてほしいのです」


 真綿に包まれるような生活は楽だが、それに甘んじるわけにはいかない。

 平穏無事に生きていくためには、状況確認は必須です!!


「ジダンさま・・・」


 だめですか? と小首を傾げて上目遣い。

 この顔にジダン王子が弱いことは確認済み。

 ポイントは、じっとジダン王子だけを見つめる事。

 よそ見をしてはいけない。


「エイシャ・・・」


 揺れ動くジダン王子の瞳。

 陥落間近のサイン。


「皆、エイシャが大切なのですよ」


 ジダン王子が口を開くことを感じ取ったザット王子が、横から口を挟む。

 よほどエイシャには知られたくないことがあるらしい。


「大切にしていただいているのはわかっています。でも・・・」


 ザット王子を見て、ジダン王子を見て、瞳を伏せる。

 少しだけ憂いを滲ませて、悲しげな顔を作る。

 良くも悪くもエイシャに甘い二人は、大概コレで落ちる。

 エイシャならば、大人しく引き下がるのだろうが。

 何も知らず、真綿で包まれ、ふわふわと流されるように一生を送るのだろう。

 そこに何の疑問も抱かず、それが己の生き様だと。



―――それじゃぁ困るんだぁっ!!



 知らない事はコワイ。

 自分の事なのに、蚊帳の外に置かれるのはコワイ。

 いざ何事かあった時に、適切な判断が出来ない事は避けたいのだ。


「・・・ミジャン王女は、あのまま強制帰国していただいた」


 苦々しそうに口を開くジダン王子。

 今度は、ザット王子も止めなかった。


「では、御咎めは無く・・・?」


 いくら国賓とはいえ、ミジャンは属国にすぎないルードイの第二王女だ。

 何の御咎めも無く、強制帰国だけで済ませるとは考えられなかった。

 エイシャが生死を彷徨い(実際死んでしまった)、近くには王妃陛下もいらっしゃったのだ。


「本来であれば、そうはいきません。しかし、エイシャが無事だった」


 祝いの席を血で汚しては、先の憂いとなる。

 穢れた祝福は、不幸を招く。

 だから、恩赦という形で命を取ることはしなかったのだという。

 そう語るザット王子は、いかにも不本意そうだった。

 エイシャが助かったのは嬉しい。

 でも、エイシャに怪我を負わせたミジャンは憎い。

 本当は、公開処刑でもしたかったのだろう。

 王族に刃を向けた者は、如何なる理由があろうと処刑されるのが普通なのだから。


「叔父上は、何と?」


 さぞかしわたくしを御恨みでしょうね、と言えば。


「全面的に非を認められ、丁寧なお詫びとミジャン王女への寛大な処置に感謝する旨の書状が届いた」


「エイシャの婚約祝いに、正式に身分回復の打診がありました」


「ザット!!」


 そこまでエイシャに教えるつもりは無かったのだろう。

 ザット王子の言葉をジダン王子が咎めるように遮る。



―――保身、か・・・



 娘が犯した愚行。

 それによって、ルードイはイーガルの不快を買った。

 たかが属国にすぎないルードイは、潰されるかもしれない。


 だが、エイシャの身分を回復させ、ルードイの王女の地位を与えれば。


「ルードイ国の王女が、イーガル国に嫁ぐのですか?」



 何てバカバカしい事だろう。



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