12・無事終了?
手伝わせてる職員が、何事かを言いたそうに視線を寄越していたのには気づいていたが。
「華月様、あの方はどなたですか? 一応、閲覧規制の資料なのですが・・・」
面倒は御免だと無視を続けていたら、無視できない内容での話を振られた。
「わかっています。あの方は、信津国第二皇子殿下の皓孝様。私の責任下において処理しますから、貴方が気にかける必要はありません」
閲覧規制、などと大それた事を言っているが、たかが法規制だ。調べようと思えば他国だろうが関係なく調べることのできる類のものだから、心配はいらない。
この男も真剣に心配しているわけではなく、華月との会話のとっかかりが欲しかっただけだろう。
「第二皇子殿下ですか・・・。どうして華月様がお相手を?」
まさか祝宴の席で主賓どもに酔い潰された、とは言えず、昨日のことは箝口令が布いてあった。
だから、この男が知らないのも無理はないのだが・・・。
「皓孝様のお求めになる物のご説明を、私しかできなかっただけです。まさか、遼東様自らお相手するわけにもいきませんから」
「そうでしたか。今朝、別の職員が華月様がデートをされているのを見た、などと言っていましたので・・・」
淡々と言う華月に、男は明らかにホッとしたように言う。
無表情を崩すことはないが、内心舌打ちする。
―――やっぱり見られてたじゃないか!!
あの甘ったるい雰囲気を見られていた、というのは痛いが。少なくとも、堂々とこうして姿を見せたのは正解だった。これで、あらぬ噂はたたないだろう。
あくまで、華月はプライベートではなく仕事での接待だった、と広まるはずだ。
「これだけでいいです。応接室に運んでください」
少し多めの資料を出し終わり、資料室を出る。
男の手には持ちきれないほどの資料。華月の手には一冊の本。
まぁ、この差は男女の差、ということにして。
途中にある給湯室に差し掛かろうとしたところで、がちゃんごちょんと響く不協和音。
まだ揉めているのか、と中を覗けば、案の定先ほどの女性職員たちがあーでもないこーでもないと言っていた。
「私は、お茶出しをお願いしたと思ったのですが?」
資料室に向かう前に頼んだはずだ。
お茶を入れて持っていくだけに、どれだけかかってるんだ。
「私がいたします。持ち場に戻ってください」
埒があかん、と女たちを追い出し、さっさとお茶を入れて。
「これも一緒にお願いしますね」
持っていた本を男に渡す・・・いや、両手に抱えた資料の上に置く。
私はお盆を手に、応接室へと進んだ。
―――さて、これはなんだろうね?
お茶を持って入った応接室。
持ってきた資料をテーブルに置いて、男を下がらせた。
説明しやすいように、と資料を皓孝様に向ければ、ナゼか戻され。
これでよいでしょう? と笑顔を振りまきながら、隣に座られた。
まぁ、資料は見やすいし。説明もしやすいし。
何ら問題はないのだが。
―――どぉして腰を抱くんだ!!!!
華月の右側に座った皓孝様は左腕で華月の腰を抱き、これ以上の密着はできない、というほど距離を詰め。真剣に資料を見つめながらも時折華月に視線を流し、わざとらしく耳元でささやく。
ぞわぞわと這い上がる悪寒に、右半身はトリハダだ。
ここまであからさまな人だとは思わなかったんだけどなぁ。
「ですから、光明では一定の生活水準を保つ事ができるのです」
「なるほど・・・。貧富の差、というのはやはり深刻な問題ですから、今後の課題となっていたのですが・・・。ありがとうございます、ユエ。解決の糸口が見つかりました」
「そう言っていただけるのなら、私もご説明したかいがありました。ただやはり、国によって問題となるところは違ってまいりますので、一概にどう、とは申せませんが」
商家に対する雇用条件の法規制の説明を終えたところでの会話である。
要点だけを絞った説明に、的を得た質問。問題定義と結論と、さすがに一国の政治を統括する立場の人だ。
知識も豊富で頭の回転も早い皓孝様とのこの時間は楽しいものだ。
―――が!!
やっぱりこの体勢はいただけない。
直接的に落としにかかってるな~と他人事のように確認して。何とか回避ルートを模索。
とりあえずは・・・
「ハオ、昼食にしましょう? ここに何か用意させますわ」
そろそろ昼食の時間。
出てくるのを待ちかまえているであろう職員たちの気配を感じつつ、人目を避けることにする。
この調子だと、食事中もベタベタされかねない。それは本当に勘弁だ・・・。
「そうですね、お願いします。せっかくのユエとの時間を、邪魔されたくもないですし」
ニッコリと。
それはそれは美しい笑顔でのたまう皓孝様。
口説かれてるんだろうな、とは思うわけですよ。
でもね、ほら。天然タラシって、こんな感じじゃないですか。この際、皓孝様は天然タラシってことで、スルーの方向ですよ。
「用意してまいりますね」
こちらもニッコリと笑顔を振り撒き、一時撤退。
まだまだ半日が終わったトコロ。
栄養補給して、頑張りますかね。
「今日はありがとうございました。とても楽しい一日でした」
「こちらこそ、ありがとうございました。有意義な時間でした」
夕暮れの町をゆっくりと歩く。
資料館の閉館時間手前まで論議し、帰路についた。
何とか無事に一日を終えることができて、ホッと一息。後は宿泊棟に戻って、遼東様に報告すれば終わりだ。
「今日一日ユエと一緒に街を回って、本当にこの光明国は貧富の差も身分の差も無い素晴らしい国だと知りました」
言いながら視線を向けるのは、下流家庭と分類される人々の住む家。その多くは商家に雇われ、給金で生活する人たち。
皓孝様の言うように、雇われているだけの人々もそれなりの生活水準を保っている。住む家もなく路上での生活を余儀なくされたり、飢えに苦しむことはない。
「我が国は独裁政治ではなく民主政治ですから、法規制が行いやすいのです。市民のための政治、が絶対条件ですから市民が困窮するような政は行えません」
貧富の差が無いのは、雇用条件を国が規制しているから。身分の差がないのは、貴族階級がそもそも存在しないから。権力者である議員も任期が決められており、世襲ではないために権力が集中する心配もない。
「それにしても、です。国のあり方が違うのですから政治の在り方が違うのも当然ですが、それでも光明国は素晴らしい」
「隣の芝生は青く見えるものですわ」
手放しで褒める皓孝様に苦笑を返す。
純粋に統治者として考えることも多かったのだろうが、皓孝様の言うように信津国と光明国では国のあり方が違う。
どちらの政が良いかなんて比べられる物ではない。
「私が宰相に就くまでに、商法だけでも整えたいですね。その時は、また相談にのってくれますか?」
「私でハオのお役に立てるのなら喜んで」
第三機関云々の話だろうな、と軽く返事をしたが。
「ありがとうございます、ユエ。貴女がついていてくだされば心強い」
にっこりと。
なにやら含みのある台詞と笑顔の皓孝様に、とてつもなくイヤな予感。
―――でも突っ込まないよ!!
何も言わずに取りあえずは笑顔で誤魔化して。
「楽相様も湖李様も、お加減良くなっていればいいのですけれど・・・」
違う話題をふってみる。
「あぁ・・・。あのバカどもは寝込んでるぐらいが静かでいいですよ。明日の午後の出発まで、このまま寝込んでいてもらいたい」
そういえば、そんなようなことも言ってたなぁ・・・。
信津に着けばそのまま婚儀だから、それまでに復活してればいいとか。ダウンしてた方が道中も静かでいいとか。とかとか。
無駄に広い船を使っているから、布団に転がしていけばいい、と真剣に言っていた皓孝様を思いだした。
「でも、安丹には復活していてもらわないと困りますね」
楽相様の副官として同行していた安丹殿は本来、皓孝様の腹心だそうだ。お目付け役のために副官として同行させたとか。
ま、あのバカ皇子を野放しには出来ないだろうが、安丹殿もいい迷惑だっただろうなぁ。
「せめて、ご本人以外の皆さまには動いていただきませんと、今後のご予定もございますでしょう?」
「そうですね・・・。今日中に動けるようになっていてもらわないと、出発延期になりかねない」
私はもっとユエと一緒に居たいので、それでもいいのですが。と言う皓孝様。
冗談じゃない、とは思っても、ニッコリ笑顔を忘れませんよ。
「婚儀のご予定もございますでしょう? 仙磨の皆さまもお越しでしょうから、予定通りに運びませんと」
国交問題に発展してしまいますわ、と切り返して。
はた、と気づいてしまった・・・。
―――光明国からの出席者はどうするんだ・・・?
本来であれば、国力を考えても国交を考えても、いくら皇太子殿下の婚儀とはいえ光明からわざわざ信津国に祝賀に駆けつける必要はない。
しかし、こっちが望まぬともこうして繋がりが出来てしまった。
いくらなんでも、祝賀に行かない、というわけにはいかないだろう。
―――明日の出発の際に、祝いの品だけ贈っておけばOKか・・・?
それぐらいで済むとは思えないが、非礼をするわけにはいかない。
えぇ、いくら先の非礼があのバカ皇子だったとしても、こちらも非礼で返すなんて常識知らずはできませんよ!!
遼東様が何か手配してるとは思えないし。これも華月の仕事かぁ・・・?
どぉしてこんなに仕事ばっかり増えるんかねっ
取り敢えず、報告ついでに確認しよう、と決めて。
皓孝様と取り留めのない会話をしつつ帰路を急いだ。




