11・真面目にお勉強
いい加減慣れてきたのでそれほど気にはならないが、視線が痛い。老若男女問わずに振り返られ、数秒の沈黙の後にざわつく。
気分はパンダだ。珍獣だ。
「光明国は、商人が多いのですね」
「そうですね。国の半分を占める中層の殆どが商人ですから、他国と比べれば多いのかもしれませんね」
そんな周囲を気にしないのが皓孝様。
興味をひかれれば立ち止まり、わからなければ質問し、とせわしない。
「こんなに商家が多いと、価格競争や販売争いが起こりませんか?」
「それは問題ないですね。販売協定というものがあって、取扱商品は自由に触れなくなっているのです。価格も、ある一定の幅でしか設定ができなくなっていますので、価格暴落等の心配もありません」
商店街のようになっているここは、同じ商品を取り扱っている店も多い。
それを見ての疑問は尤もだが、この光明国には独特の制度がある、と説明する。
「それでは、独占販売に繋がりませんか?」
「その心配も無用です。ある特定の商家にしか扱えない商品、という物は存在しないのです。そうですね・・・」
例えば、と説明を続ける。
「私の実家は布地を扱っていますが、布地しか扱っていないのです」
「普通ではないのですか?」
布地屋が布地を扱うのは普通だ。
しかし、商家となればそれは普通ではない。
「たとえば、実家で布地を買っていただいて、服を作るとしましょう。それには、糸やボタンが必要ですよね? それらを全て実家の商家で取り扱っていればどうですか?」
「便利ですね」
「ええ、とても便利です。そして、それだけではなく、裁縫士も抱えていたらどうですか?」
「・・・・あぁ、そういう事ですか。一カ所でのみ全てを賄えないようにすることによって、価格の安定と消費者の分散、商家同士の繋がりと偏りを防ぎ、集中販売を抑制しているのですね」
さすがに頭の回転の早いことだと感心する。
皓孝様が次期を継承すれば信津国は繁栄するだろうに。
「そうです。生産、販売、製作が一カ所で出来てしまえば、消費者はそこに集中してしまう。そうすれば、価格氾濫が起きて、経済は不安定になる。それを抑制するために、分散販売を行う。そのかわり、販売商品の制限を行い、生産、製作、販売者の利益確保、そして消費者の価格の安定と流通を確保しているのです」
需要が安定すれば供給も安定する。逆もまた然り。
とはいっても、消費者がどの商家で買い物をするかは自由であるから、経営状態は各商家によって違っているのだが。
「我が国にも取り入れたい制度ですね・・・」
真剣に考え込むその姿は統治者そのもので。
自国に取り入れるに当たっての問題点を確認しているようだった。
見目麗しい皓孝様。真剣なお顔は見る者を魅了する~などと場違いなことを考えていたのが原因か。
はたと目があったとたん、甘く囁かれた。
「そんなに見つめられては理性がもちませんよ、ユエ」
腰を抱く腕に力をこめ、もともと無かった距離をさらに詰められ、耳元で囁くついでに、ペロリと耳朶を舐められた。
―――うひゃあぁぁぁぁっ
さっき、皓孝様自ら結った華月の髪。
そのせいで、耳は完全露出。
そこを舐められたわけで・・・。
それも、歩きながら。
どんなけ器用なんですか、皓孝様!!
「ハオ、公衆の面前です」
ただでさえ注目を集めていたのに、ここで悲鳴を上げれば余計な注目を浴びる。
ドッキドキな心臓を押さえつつ皓孝様に抗議。
「そうですね」
そんな抗議をモノともせずに唇を寄せてくる皓孝様。
―――や~め~て~!!
「騒ぎになってしまいますわ」
だから離せ、と訴えてみるが。
「大丈夫ですよ。ここには私の身分を知るものは居ませんから」
などと言いながらも離す気はない。
いや、皓孝様の知り合いは居なくても、華月を知っている人はごまんと居るんですけどね!!
誰に見られているかわからない状況で、強引に離れることも出来ず。
―――傍目には同意に見えるんだろうなぁ・・・。
なんだかとっても嫌な予感を抱えつつ。おとなしく皓孝様の腕の中。
意外と筋肉ついてんな~と思いつつ周囲を見回して状況確認。
―――うん、むっちゃ注目の的だね!!
「ハオ、歩きづらいです。離してください」
「なぜ離す必要が? 歩きづらいのなら抱いていきますか?」
一応言ってみるが、やはり聞き入れてはもらえず。
それどころか、トンデモナイことを言ってのける皓孝様。
そこに本気を感じたのはきっと気のせいではない!!
「・・・・このままで良いです・・・」
「そうですか? 遠慮しなくても良いのですよ、ユエ」
ご機嫌な皓孝様にまたもや耳朶にイタズラされて。
周囲の注目をこれでもか!! というほど集めながら進む。
その中に、見知った顔をいくつか見つけて溜息を一つ。
外堀から埋めて、華月を手中に収めるつもりなのは明らかで。
これ、回避ルートは用意されてますか・・・?
国が管理する資料館。
国家元首はじめ、上位議員しか入館ならびに閲覧を許されていないそこに顔パスで入る。
もちろん、皓孝様も一緒に、だ。
―――あれ以上注目を集めるのは嫌だったんだぁ!!
どうやら、回避ルートは用意されていない模様。
だったら自分で作ってみよう作戦その1。
とりあえず、あれ以上目立つのはやめよう。を実行中。
外堀埋められてたまるかぁ!!
・・・・もう手遅れなんじゃね? というツッコミはスルーです。
「ハオ、どうぞこちらにおかけください。我が国の商法の資料をお持ちしますわ」
一応、応接室の役割を果たす所に案内してみる。
隣には職員詰め所。パーテーションで区切られているだけなので、二人きりになる、という危険性は限りなくゼロ。
「ありがとうございます、ユエ。できれば、雇用制度の資料もお見せいただきたいのですが」
「議員雇用でよろしいですか? それとも、一般の商家雇用の法規制ですか?」
それぐらいだったら閲覧に問題はない。
「・・・一般の雇用に対し、国が規制を行っているのですか?」
「えぇ。賃金や雇用形態などの最低限のものは規制しています。そうでないと、奴隷と変わらないでしょう?」
それも一緒にお持ちしますね、と言って詰め所に行けば、目を爛々と輝かせてこちらを伺う女性職員たち。
見た目は抜群だからなぁ、皓孝様。
「ちょっと華月さんっ!! だれだれ、あの超美形!!」
「華月ちゃんの彼氏ってホント?!」
「華月さまの隣に並べる男の人って初めてみましたぁ~~!」
大興奮の女性職員たち。
一応声は落としているが、たぶん意味はないだろう。
「国賓。信津国第二皇子殿下皓孝様。失礼の無いようにお茶だしお願いします」
「「「私が行く!!」」」
誰でも良いよ・・・。
資料館職員と議員補佐官では、補佐官の方が上位に当たる。よって、この職員たちよりも華月の方が偉いハズなのだが・・・。
女は逞しい・・・。
「第二資料室に行きます。どなたかお手伝いください」
ぎゃぁぎゃぁとお茶だし争奪戦を繰り広げる女たちを放置し、男性職員を振り返れば。
「「「喜んで!!」」」
喜色満面に起立する男たち。
美女は特だねぇ、と他人事のような感想を抱きつつ。
「商法と雇用法の資料が欲しいのです。詳しい方、お一人お願いします」
誰でもいいからさっさと来い、と思いつつ詰め所を出る。
慇懃な態度だが、立場の差ははっきりとさせなければならない。
ここで一人を指定してお願いしては、あらぬ波風が立つ。次期議員のお気に入り、などという名誉を与えかねないのだ。
―――ま、どこの世界も権力者は大変ってことだ。
民主政治をうたってはいるが、どうしても権力は集中する。取り入ろうという者は後を絶たず、また抱え込もうという者も多い。いかにして政治の中枢に近づくかをハイエナたちは虎視眈々と狙っている。
そんなハイエナたちに隙を見せないためにも、ハッキリとした態度をとる必要があるわけだ。
華月の場合は、それだけが理由ではないが・・・。
「華月様、商法の資料はこのあたりです。雇用法は裏側の棚になります。ご指定いただきましたら取って参りますが」
「ありがとう、資料は自分で探します。悪いのだけれど、運ぶのを手伝ってください」
どうやら勝ち抜いたらしい男性職員が丁寧に案内する中、説明に適した資料を適当に抜いていく。
あと五時間ぐらいここで時間を潰さなくてはならないが、皓孝様相手なら大丈夫だろう。




