10・バカップル
今から朝食だと言う葛西に誘われてやってきたのは、華月にとって懐かしい食堂。
まだ実家に居た頃、家族でよく利用していた所だった。
「葛西殿がユエの弟だったとは驚きました」
目の前の食事を上品に食べながら、皓孝様は言う。
(私も皓孝様と葛西が知り合いだったとは驚きました)
「僕も、まさか皓孝様が華月姉の恋人だったとは・・・」
じぃ、と華月を見ながら頬を染める葛西。
(いやいや、恋人だなんて、そんな恐ろしいこと言わないでくれたまえ弟よ)
「まだ、恋人ではありませんよ。誠心誠意口説いているところです」
にっこりと笑う皓孝様。
(謹んでご辞退申し上げます、皓孝様。口説かないでください)
「華月姉、まだお返事してないの?! もったない・・・」
皓孝様のどこが不満なの、と言う葛西。
(君は皓孝様のどこを見てそんな発言をしてるんだい? お姉さんに小一時間ぐらい説明してみなさい)
「おや、葛西殿は賛成してくださるのですか?」
嬉しいですね、と言う皓孝様。
(悪魔の尻尾見えてますよ、皓孝様)
―――って、どんな新喜劇よ、コレ!!
心の中の突っ込みにも疲れて現実を直視しても、いっこうに変わらない。
にこやかに進む朝食の席で、色々なモノがゴッソリと削られた。
美味しいはずの食事の味もわからないのは問題だと思う。
実家の商店を手伝っている葛西は、昨年から単身で信津国に商売に行っていたという。
実家は主に布地を扱っており、たまたま市場調査に出ていた皓孝様の目に止まり、以来懇意にさせていただいている、ということだった。
―――うそくせぇ・・・。
第二皇子が自ら市場調査とか。たまたま目にとまった、とか。
あり得ないでしょう、普通。
先ほどの皓孝様の話だと、商人も国が管理している、ということだった。対外的商売を管理しているのなら、対内的商売も管理しているはずだ。
ならば、信津で商売をしようとすれば、信津国に対して許可申請をする必要がある。
その許可をどういった手順で誰が出すのかはわからないが、皓孝様の目に触れない、というのは考えられない。よって、たまたま目に止まった、ではなくわざわざ目に止めた、もしくは確認にきた、と考えるのが正解だろう。
聞けば、葛西の信津での評判は上々。わざわざ指名で商品を注文する貴族までいるそうだ。
―――そんな商人を皓孝様が放っておくはずないわよねぇ・・・。
皓孝様の公的地位は信津国第二皇子。
しかし、皇太子がアレでは、実質公務を行っているのは皓孝様だろう。
皇族が最高責任者である信津国では、政治も皇族が摂っている。
よりよい統治をするには、自身の目で市井を確認するのが一番良い。
皓孝様はそれを行ってきている事が、先ほどの会話で伺えた。
「華月姉、どうして皓孝様にお返事しないの?」
「身分が違いすぎるでしょう? 皓孝様は第二皇子殿下。私は商家の出。滅多なことを言うものではないわ」
責めるような視線で問うてくる葛西にやんわりと言えば。
「ユエはそんな事を気にしていたのですか?」
さも驚いた、と言わんばかりの皓孝様。
「そんな事、ではありませんでしょう? 政略結婚も皇族の義務だ、とおっしゃったのはハオです」
言質を盾に回避を試みる。
「考えるだけの知能があれば、采配は自在、とも言いましたでしょう?」
回避失敗の予感。
「いくらそうでも、ハオが皇子殿下であることは変わりませんわ」
だがしかし!! 諦めずに再試行。
「あぁ・・・。ユエにはまだ言っていませんでしたか。私は宰相になることが決まっているのですよ。それに、あのバカが結婚すれば継承権を放棄しますしね」
にっこりと笑う皓孝様。
隣で、瞳を輝かせる葛西。
「宰相、ですか? 皇弟ではいけないのですか?」
宰相となり継承権まで放棄すれば、皓孝様はあのバカ・・・楽相様の臣下に下ることになる。
どうも、皓孝様のイメージではないのだが・・・。
「皇族などになって矢面に立つなど、愚者のすることでしょう。国を動かすには、宰相の地位が一番いいのですよ。矢面に立つ事無く好きに采配できるのですから」
納得。
皓孝様らしい理由ですこと。
「ですから、ユエ。心おきなく私の妻になってください」
「ほら、華月姉!! お返事して!!」
どこまで本気かわからない皓孝様(きっと全部本気なのは気づかないフリでお願いします)と、異様に盛り上がる葛西。
「色々な過程を飛ばしすぎですわ、ハオ」
冗談として受け止めたことにして、この場は流そう計画です。もちろん、笑顔も忘れません。
「私としたことが。まずは、恋人になっていただかなくてはいけませんでしたね」
対する皓孝様は、真剣な顔で迫ってきます。
手を握るというオプション付きです。
―――観劇としてなら面白いんだろうなぁ・・・。
などと現実を直視したくないので思考を明後日の方向に飛ばしつつ、皓孝様を観察。
どうやら、本気らしいのはその雰囲気よりも瞳で知ることができた。
この短い期間に一体何があったのか・・・。皓孝様との会話を思い起こしても、該当項目がないような気がする。
まぁ、これも皓孝様のお遊びのうち、という可能性もあるわけだが。
「あ~、お邪魔のようですから、退散します。華月姉、ちゃんと皓孝様にお返事してね。皓孝様、また2日後から信津国で商いさせていただきます」
食後のお茶までしっかり済ませて葛西が声をかける。
お邪魔のようだから、などと言っているが、店にでる時間なのは明白で。ちゃっかり挨拶のついでに次回の商売予定も知らせるしたたかさに呆れる。
「えぇ、葛西殿。婚儀のために他国のお客様もみえますので、商品は多めの方が良いかもしれませんよ」
「へぇ、婚儀ですか。では、華美な物を揃えて商いさせていただきます」
ニヤリと笑う皓孝様に、同じくニヤリと笑う葛西。皓孝様は自国の経済の潤いに、葛西は自分の商売繁盛に、お互いの利害が一致した瞬間だ。
―――葛西よ、キミはいつからそんなにしたたかな商人になったんだい?
華月の記憶では、華月の後を追いかける可愛らしい弟の姿しかない。
こんな商魂逞しく育ったとしれば、華月もビックリだろう。
「では、失礼します」
礼儀正しく頭を下げて席を立つ葛西を見送って、まだ握られたままの手にため息を一つ。
「ハオ、私たちも行きましょうか」
「そうですね。次は、店舗を見て回りましょう」
握られた手は離してもらえたが、今度は腰を抱かれて。
デート再開と相成りましたとさ。
―――諦めろってか?
「これなんかどうですか? ユエによく似合いますよ」
「せっかくですけど、付けていく所がありませんわ」
「では、こちらなんてどうです? これぐらいなら普段使いで十分でしょう」
「私には派手すぎませんか?」
「何を言います。これぐらいでないとユエにはふさわしくありませんよ」
いちゃいちゃべたべた。
そんな効果音が聞こえてきそうなやり取りを装飾品屋でする。
腰を抱かれたままの体制で、目の前に並ぶ髪飾りを華月の髪にあてる皓孝様。
端から見れば十分バカップルの行動だろう。
食堂を出れば、朝市が終わり店屋が開店しだす時間に差し掛かっていた。
商店が建ち並ぶ商業区域に入ればちらほらと開いている店舗も目立ち始め、その中の一つであるこの装飾店へと足を運んだ。
装飾店を選んだのは、この光明の物流の説明に一番適していたためであって髪飾りを買うためではない!! と声高に・・・。
「やはり、これにしましょう」
宣言できるはずもなく。
辞退した髪飾りを手にさっさと会計を済ませてしまう皓孝様。
「失礼。この席を少々お借りしても?」
ネックレスやら指輪やらが飾られるケースの前に用意されていたイスを示して、皓孝様は店員に声をかける。
話しかけられた店員の女性は、頬を染めてコクコクと頷いた。
「ユエ、ここに腰掛けてください。あぁ、私に背を向けて、この鏡を見ていてくださいね」
促されるまま座って言われたとおり鏡を見ていれば、髪に伸びる皓孝様の手。
警戒しながらもおとなしくしていれば、小器用に髪を結われた。
梳き流している腰までの髪を高い位置で二度ほど丸めてお団子を作り、それを買ったばかりの髪飾りで飾ったのだ。
「ほら、やっぱりユエに良く似合う」
皓孝様が買った髪飾りは、二股の簪2本が銀の鎖で連なっていて、纏めた髪を両側から挟んで留めるタイプ。簪には華月の瞳と同じ色に輝く玉が揺れ、漆黒の華月の髪には良く映える配色だった。
「その髪を解くのも私の役目ですよ?」
鏡越しに目が合えば、視線を逸らすことなく耳元で囁かれた。
髪飾りを選ぶセンスといい、今の発言といい、皓孝様はよほど女性の扱いに慣れているらしい。
―――ウブな女の子なら腰砕けですわ~。
ちらりと後ろを見れば、顔を赤くしてこっちを凝視する女性たち。いつの間にやら増えていたギャラリーにビックリだ。
「ふふ。ありがとう、ハオ。大切にしますね」
悠然と微笑んでお礼を言えば、ちゅっと頬にキスを贈られた。
きゃぁっと黄色い歓声ともに送られる嫉妬の眼差し。
そんなに羨ましいなら代わってやるよ~と思いながら、装飾店を出る。
―――えぇ、もちろん腰を抱かれながらね!!




