08・地獄絵図と魔王降臨
「湖李様の侍従は、何人ほど残すのですか?」
今向かっているのは、湖李様の部屋。
今後の予定を伝えるために、侍従たちと会う段取りになっていた。
湖李様の侍従責任者は、湖李様の乳母。
今回の輿入れに同行した、侍女10人と下働き20人をまとめ上げている。
「侍女2人で十分でしょう。あとは信津に向かって準備に入ってもらう予定です」
「乳母殿は?」
「勿論、先に信津へ入っていただきますよ。でないと、仙磨の方々を指示するものが居なくなってしまう」
先に荷物を送り、整えるのであれば、現場を指示する者が必要不可欠だ。
それにはやはり、仙磨の者であるべきだし、ある程度の経験者であるべきだ。
それに、今回は婚儀の準備まで同時に行わなければならない。
と、なれば、上手く采配し、かつ迅速に処理できる者が好ましい。
言いたいことはわかるが。
「湖李様のお世話は?」
問題は、湖李様のお世話だろう。
たかが侍女に、あの方がお世話できるのか。
「大丈夫でしょう。今回の同行者の中には、乳母殿の娘も侍女として来ています。その者を残せば、信津に入る5日ぐらいは問題ないでしょう」
なるほど。
乳姉妹が侍女であれば、湖李様を上手く御すことも可能だろう。
そんなことを言いながら、乳母殿に会い。
今後の説明と、信津に先に向かってほしい旨を説明し、仙磨側の説明を託して会場へ戻れば。
「何、この地獄絵図・・・」
目の前には、目を覆いたくなるほどの光景。
阿鼻恐慌の地獄絵図。
―――ここは地獄か冥界か?!
「ふふふふふ・・・・」
あ、魔界かも。
華月の隣に、悪魔降臨。
「ハオ・・・?」
恐る恐る声をかけるも、反応なし。
この状況に、何か思い当たる節があるようだが・・・。
「あ、安丹殿」
くるりと辺りを見回せば、死屍累々の中に安丹殿の姿を発見。
楽相様の侍従長と折り重なるようにして屍になっている。
その周りには、他の侍従たちが同じく屍と化しており、その横には、仙磨の侍従たちが見るも無惨に放置され、ぐるりと囲むように今度は華月の同僚、光明の補佐官達。――で、次は・・・。
「お、皇子殿下、おやめくださいぃぃぃぃっ」
「皇女殿下、お気をたしかにぃっ」
「なにをいう~~ ほら、のめえぇっ!!」
「そぉお~ですわあぁ!! おのみぃなぁさあぁいぃっ!!」
必死の形相で逃げる光明の現職議員たちと。
酒瓶を両手に、逃惑う議員たちを、満面の笑みで追い掛け回すバカ2匹。
この地獄絵図の製作者は、このバカ2匹らしい。
『ひいぃぃぃぃぃっ!!』
「つ~か~ま~え~た~ぞ~~~!!」
「ほおぉらぁ、おのみなさぁあい!!」
この世の終わりのような悲鳴と。
破壊神の声が響いて。
お互い両手に持つ酒瓶を、獲物の口に1本づつ押し込み、問答無用で流し込む。
窒息の恐怖から、獲物たちは流し込まれる酒を飲むより他の選択肢は無く。
結果、屍のように動かなくなった。
こうして、哀れな子羊(にしては歳が行き過ぎているが)たちは、この地獄絵図を彩る屍に加わった。
『うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ』
獲物を獲得して上機嫌の破壊神たちの笑い声が響く中で、ブチン、と何かがキレる音を聞いた。
そして。
「こ・・・の・・、バカドモがぁっ!!」
悪魔が、魔王に変身した。
―――私、退場希望なんだけどなぁ・・・・。
魔王降臨で片付いたあの地獄絵図。
地獄絵図製作者の破壊神・・・もといバカ2匹は、魔王の手によって部屋へと強制送還され。
華月は大広間の片付けを請け負った。
出席していなかった補佐官達と、官舎に詰めている者たちを呼び寄せて屍の介抱をさせ、下働きの者たちに会場を片付けさせる。
一通りの手配が済めば、華月は退場・・・というわけにもいかず、魔王・・・ではなく皓孝様の元に向かう。
破壊神と化したバカ2匹を、皓孝様は眠らせ・・・かなり出来上がっていた2人に、追い打ちをかけるようにかなり度数の高いお酒を一気にあおらせた。
コト切れたように意識を落とした2匹を片手でヒトマトメにし、引きずっていった。
そのときの皓孝様の顔は、絶対夢に出てくるだろう。
悪夢に違いない。
地獄絵図よりも皓孝様の魔王っぷりの方が恐怖だったのは私だけが知っている・・・。
「ハオ、入ります」
楽相様の部屋の扉をノックすれば、中から皓孝様の声。
さすがに落ち着いたらしいその声音に、ホッと安堵。
―――魔王謁見とか勘弁だし!!
「ユエ。後かたづけを押しつけてしまって申し訳ありませんでした」
中に入れば、ベッドに楽相様を寝かせ、その傍らに腰掛ける皓孝様の姿。
一見穏やかに見えるその光景だが、楽相様が簀巻きにされているのは見なかったことにしよう。
「それはお気になさらず。侍従の方々も、お部屋にお送りするように言ってありますのでご心配なく。それより、先ほど湖李様の乳母殿にお会いしましたが・・・」
今頃は信津に向けて出発しているはずの湖李様の乳母殿。
その乳母殿が、湖李様の介抱をしていた。
これでは、皓孝様の予定が狂ってくるのでは、とさも心配している風に聞いてみる。
本音? そんなの、これ以上厄介事を増やすな、に決まってるじゃないですか。
「知っています。どうも、あのバカ義姉もこのバカと同じく酒乱だそうで。乳母殿でないと介抱できないそうです」
だから、仕方なく残すはずだった乳母殿の娘を行かせたのだと言う。
この皓孝様の機嫌の悪さは、どうやらあの地獄絵図だけでなく、自分の予定が狂わされたのも原因の一つらしい。
しかし・・・。
「酒乱、ですか?」
「ユエも見たでしょう? 酒乱です」
簀巻きになっている楽相様の頭をポカリと殴り。
ついでにグリグリと力を加える。
「ぐふぅ・・・・」
「うるさい」
「ぐえっ」
枕で顔を押さえて、肘置きの完成・・・。
魔王様はご機嫌斜めのご様子デス・・・。
「さて、今後の予定の変更ですが」
結局、そのまま気を失うように眠った楽相様をあのまま放置して。―――もちろん、顔全体を覆う枕もそのままですよ?
今後の予定の確認をもう一度行うために皓孝様のお部屋に案内がてらお邪魔した。
「やはり、変更が必要ですか?」
できれば滞在延期はやめてほしいな、とは言いませんが。
思うだけなら許される、ハズ。
これ以上の面倒はさすがに勘弁だ・・・。
「多分、信津の準備が間に合わないでしょう。そして、あのバカドモが出国できないと思います」
そりゃ、あの泥酔っぷりなら、明日は確実にベッドとお友達だろう。
わかってはいたが、きっぱり言われて、落胆する。
やっぱりね、とは思うが。
できれば、聞きたくなかった・・・
「では、どれほど期間を延ばしましょう?」
内心を見せずに事務的に答えれば。
「まだ未定、ですね。もしかしたら、間に合うかもしれないですし。もし間に合えば、箱に詰めてでもバカドモは連れ帰ります」
「・・・・鬼ですね」
考える前に口をついた感想は。
目の前の魔王様の笑顔に吸収された・・・。
―――その笑顔が痛いです・・・
「そうだ、ユエ」
「はい?」
思考を彼方へ飛ばしていれば、皓孝様のどこか楽しげな声に呼び戻される。
何となく、イヤな予感。
「今日の宴に出席していたのは、光明の主要議員たちですか?」
「ええ。遼東様以外の議員は全員出席しておりましたが・・・」
遼東様は、お酒が飲めない、との理由で、最初の挨拶だけをして早々に退席していた。
事実、お酒は飲めないが、退席の理由はそれだけじゃ無いと知っている。
―――面倒事全部華月に押しつけやがって!!
華月と皓孝様のことで盛り上がるバカドモを見て、イイエガオで退場した遼東様。
絶対に面倒事を嗅ぎ取ったに違いない。
後は任せたよ、などと言いながらフェードアウト。
あの地獄絵図を見た後では、それが良かったとは思わなくもないが。
「では、明日は仕事はお休みですね」
遼東様に殺意を向けかけたところで、皓孝様の声。
何でだ? と考え・・・。
「あーーー!!」
思い当たって、絶叫。
そうだ。
あそこには、現職議員が全員出席していた。
その補佐官たちも、ほぼ出席していた。
と、いうことは・・・。
「議員が居なければ、仕事にならないでしょう?」
にっこり笑う、皓孝様。
政治の中枢を担う者たちがほぼ全員屍と化していた。
明日には到底回復できないだろう。
残っているのは、遼東様と、華月と、数人の補佐官。
仕事になるわけがない。
「・・・・どうしましょう・・・」
問題は山積み。
決済したくても、できる人間が皆無。
思考回路が停止する寸前で、皓孝様がのたまった。
「あのバカドモたちは放置でいいですから、ユエは私とデートでもしましょう」
どうせ仕事にならないのですから、時間は有意義に使いましょう、と・・・。
だから・・・。
―――な ん で だ ー ! !




