07・馬鹿ばっか
夕刻、大広間。
信津の皇太子殿下とその婚約者である仙磨の第三皇女殿下を迎え、歓迎の宴が催される会場。
光明側の出席者である主だった議員とその補佐官たちは既に会場入りを果たし、主賓たちの登場を待っている。
そんな中、その主賓を迎えに来たのだが・・・。
「こ、ここ皓孝!! どぉ、どうしてオマエがここに居る?! それに、どうして華月が隣にいるんだ!!!!」
「やあぁんっ かげつぅ~~~」
バカ皇子・・・もとい、楽相様をお迎えに部屋にこれば、そこには既に用意を済ませた湖李様も居た。
手間が省けたな~と思うのもつかの間、弟の姿を認めた楽相様は凄い勢いで後ずさり、湖李様は凄い勢いで華月に抱き着いてきた。
―――なんだぁ?
予想のはるか斜め上を行く楽相様の反応に、首をかしげる。
え? 湖李様?? そんなんは、見ないフリです。
「ご挨拶ですね、兄上。こうしてお迎えに上がりましたのに、そんな反応を返されるとは・・・」
ふぅ、とわざとらしく溜息を吐き、にやり、と笑う弟に。
楽相様の顔色は、だんだんと無くなっていく。
―――この兄弟の力関係がよくわかる反応だ・・・。
「・・・・こうこう??」
やっとその存在に気付いたのか、華月に抱き着く力を緩め、湖李様が視線を向けた。
「これは、義姉上。お初にお目にかかります。信津国第二皇子の皓孝と申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
完璧な動作で礼をとられ、さすがの湖李様も華月から離れて礼をとる。
「こちらこそ、お初におめもじ致します。仙磨国第三皇女湖李と申します。この度はわたくしのような不束者をお迎えくださり、感謝の言葉もございません。至らぬ所の多いわたくしですが、どうかよろしくお願いいたします」
皇女としての完璧な所作。
しかし、それが長く続かないのが、この皇女である。
「皓孝も美しいですわぁ・・・。こうして華月と並んだまま、あたくしのお部屋に飾りたいぐらいですわぁ・・・」
などと、うっとりと見つめられる。
「や、やめておけ湖李!! そんなモン飾ったら、祟られる!!!」
いまだにかなりの距離をとったまま、楽相様が喚く。
その視界に弟を映さないようにしながら。
それはもう、面白い・・げふん。カワイソウなぐらいに青褪めて。
―――どんなけ嫌われてるんだ・・・。一体どんな兄弟関係だよ。
「お言葉ですが兄上。私は祟るような愚かな真似はいたしませんよ。それよりも、いい加減になさってください。光明国の皆さまがお待ちです。会場へ移動しますよ」
言いながら、1歩、楽相様に近づけば、
「く、来るな皓孝!! 私は華月と共に行くんだ!!」
と言いながら1歩後退する。
2人の距離は変わらない。
「どうして“ユエ”と行くんですか。兄上が共に行くのは義姉上です」
「・・・・・ゆえ?」
聞きなれない呼称に、楽相様がピタリと停止する。
「ほら、兄上。こちらへ」
そんな楽相様を無視して、腕をつかんで湖李様の元へ引っ張って。
華月の隣に並んで。
「では“ユエ”、行きましょうか」
「えぇ、“ハオ”。では、楽相様、湖李様、ご案内いたします」
ニッコリ笑って、先導する。
視界の端に映った安丹殿の顔色の悪さに、心の中で合掌。
だがしかし!!
―――私だって嫌なんだーーー!!
時は遡って2刻程前。
皓孝様の突然の発言に思わず思考が停止した。
「・・・そのようなことは出来ません」
「そうですね、そのままだとあのバカドモが煩か・・・」
「いえ、そうでは・・・」
―――人の話を聞けーーー!!
と怒鳴れたらどれだけいいか。
1人で何やら考え込んでいる皓孝様に、取り敢えず説明をいただく事にする。
「まずは、突然のご要望の理由をお伺いしても?」
落ち着け~と自分に言い聞かせながら、皓孝様を見つめる。
「あぁ・・・。失礼をいたしました。バカ2匹は華月殿にいたく執心とか。このままですと、帰国の際は華月殿の同行を望みかねません」
「・・・・ご冗談を」
「だと、いいんですがね。バカは常識無視ですから。自分の欲求にのみ忠実でして。ウチのバカ1匹でも手を焼いておりますのに、今回は2匹に増量です。あらゆる可能性を考えた方がいいのです」
さすが身内。言葉に重みがありすぎてぐうの音も出ません。
「ですから、バカ2匹がそんな気を起こさないようにする必要があります」
「それで?」
「ウチのバカは私が躾済みですので、私の気に入った者に手は出さないんです」
ニッコリ笑って何言いやがりますかね、この悪魔は。
躾っつーか、調教の間違いでは?! とは口には出しませんよ、ええ!!
「それで・・・?」
「華月殿は、私のお気に入りだ、とあのバカに知らしめればいい。それには、バカにも判りやすく呼び捨てていただこう、と思ったのですよ。私を呼び捨てるなど、家族以外には許していませんから。それが一番判りやすい」
―――あぁ、そこに繋がるのか・・・。
しかし。
「でも、それですと、湖李様には有効ではありませんでしょう?」
バカ皇子が調教済みでも、湖李様は違うだろう、と言えば。
「大丈夫ですよ。私と華月殿が並んでいる姿を気に入れば、あのバカ義姉は満足するでしょう。所有にこだわりは無いそうですから」
要するに、華月単体よりも、皓孝様とセットの方が湖李様のお気に召すだろう、と。
どんなけ自分に自信があるんでしょうね、この男は。
それでも、皓孝様の言わんとすることは納得できる。
漆黒の豊かな髪を腰まで伸ばしたロングにコバルトブルーの大きな瞳。意志の強さを表すその顔はキツめだが整い、均等の取れたグラマラスな肉体を持つ華月と。
ストレートのセミロングを低い位置で1つに結わえ、左肩から前に垂らしている髪は薄茶色。同色の瞳は知性にあふれ、その瞳を隠すように掛けられたメガネがストイックな雰囲気を醸し出し、万人が美形と認める顔の造形。高すぎず低すぎずの身長に、ほど良く筋肉のついたバランスのいい肢体の皓孝様。
単体で見れば嫌味だが、並べばどちらも主張しすぎることなく違和感もない。
これなら、湖李様のお気に召すだろう。
「・・・わかりました。私も、貴国へ同行、というわけにも参りませんので皓孝様がお考え頂ければ助かります」
「ご理解に感謝いたします。私も、これ以上手を煩いたくは無いので」
ニッコリお互い微笑み合って。
次の議題に移行した。
さて、今は大広間に続く廊下。
先導する私たちの後ろには、楽相様と湖李様。
その後ろには、安丹殿と侍従たち。
「ねぇえ、皓孝。どぉして華月がユエですのぉ?」
楽相様と腕を組んで歩く湖李様の問いに、皓孝様・・・いや、ハオが声に笑みを乗せて答える。
「我が皇族に伝わる古い言葉で、華月は『ファユエ』と読むんです。ですので、その1字から、ユエ、と愛称で。これは、我が皇族では親愛な者にのみ許される風習でして」
「きゃぁっ 素敵ですわぁっ では、華月をユエ、と呼べる者は皓孝だけですのねぇ!! では、華月が皓孝をハオ、と呼ぶのもそぉなのかしらぁ?」
「はい、義姉上。皓孝は『ハオシァオ』と。ですから、ユエはハオと愛称で私を呼んでくれています」
「まぁあっ いいですわぁっ お互いのためだけだなんて、なんて素敵なのかしらぁ」
何がそんなにお気に召したのか。
異様に盛り上がる湖李様のテンション。
「いつの間に華月と皓孝が仲良くなったんだ・・・」
そして、ナゼか異様に盛り下がる楽相様のテンション。
「兄上だって、義姉上とすぐに『仲良く』なられましたでしょう? 私とユエがそうだとして、何の不思議がありましょうか」
声だけ聞けば、物凄く穏やかなのに。
チラリ、と視線を向けた先に見えたその顔は、物凄く黒かった・・・。
「だからって、愛称で・・・」
楽相様が声を発するごとに、深くなる黒い笑顔。
口元に浮かぶ、嫌な種類の笑み。
「おや、兄上。私がやっと愛称で呼んでほしいと、呼びたいと思う相手に出会えたのです。喜んではいただけないのえすか?」
いい加減、止めに入ろうかな、と思っていた矢先に。
爆 弾 投 下 。
「仲良く、ではありませんわよ、楽相!! 華月と皓孝は愛し合ってしまったのですわぁっ!!」
―――だれがだーーー!!
大広間までの道のりが、あんなに遠いとは知らなかった。
真逆のテンションのバカ2匹をなんとか会場入りさせて、始まった宴。
変な方向に湖李様が気を使ってくれたおかげでバカドモの世話から離れることができ、今は皓孝様と手配のために会場の外に出ていた。
何かあればすぐに知らせるように、と言付けてあるので、問題は無いだろう。
「こんなにあっさりといくとは思いませんでした・・・」
停泊中の湖李様の嫁入り道具を積んだ船の出航手続きを終わらせ、次の処理に取り掛かろうと移動する中。
ポツリと呟いた華月に、皓孝様は笑った。
「だから言いましたでしょう? ウチのバカは私には逆らいませんし、バカ義姉は美しいものが自分の視界にあればそれでいい、と」
その顔が思いのほか黒くなくて、思わず見入ってしまう。
「えぇ・・・。でも、楽相様は納得していないご様子でしたが?」
誤魔化すように口にすれば、気付かなかったのか、皓孝様はそのまま会話を続けた。
「納得、ですか。まぁ、してはいないでしょうね。でも、何ら問題はありませんよ」
「良いのですか?」
「えぇ。納得しようがしまいが、今後の予定には何の支障もありませんから。あのバカドモは、帰国すれば婚儀を上げて夫婦です。我が国には側室制度はないので、ユエの手を煩わせることはありませんよ」
のんびりと歩く廊下に響く皓孝様の声。
違和感なく隣に並ぶ皓孝様に、失笑する。
「ハオがそう言うのなら、大丈夫なのでしょうね」
今だけの愛称を互いに口すれば、お互いの距離感が無くなる。
何処で誰が聞いているかわからないため、いくら2人きりでも愛称で呼ぶように決めたのは、ほんの1刻程前。
にも拘らず違和感がないのは、ひとえに特別な感情が無いためだろう。




