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03・目下の敵はロココ調



 所狭しと並べられたとりどりの衣装。

 そこに埋まるように佇むエイシャ。

 周りを囲むように置かれた衣装は豪奢な物で、淡い色はエイシャの雰囲気に良く合っていた。


「王妃様・・・」


 嬉々として次から次へと衣装を持ってくる王妃陛下に声をかけるが。


「エイシャ?」


「御母様・・・」


 にっこりと笑顔で凄まれ、呼び方を直される。


 ここは王妃陛下――御母様のお部屋の応接室。

 やっと散歩の許可が出たエイシャは、朝から湯浴みをし、朝食をとり、中庭の散策に出かけよう、と侍女たちと話していた。

 そこに王妃陛下の侍女が来て、ここに呼ばれたのだ。


 一歩中に入れば、淡い色の洪水。

 そこに引っ張りこまれ、気づけば着せかえ人形。

 途中でやってきたジダン王子とザット王子、果ては国王陛下と一家総出で昼食をとり、その席でやっと説明を受けた。


「四日後、エイシャとジダンの正式な婚約披露の夜会をしますからね」


 既に国内はじめ諸外国も周知であるが、やはり正式な披露は必要とのこと。

 本来ならばすぐにでも執り行う予定だったそれは、エイシャの体調を第一に考え、今まで延びていた。

 この着せかえは、その夜会のための衣装選びだと言う。


 そこで、王妃陛下を『御母様』、国王陛下を『御父様』と呼ぶように言われた。

 本当は、幼い頃からずっとそう呼べばいい、と言われてはいたのだ。

 しかし、エイシャは頑なに呼ぼうとはしなかった。

 王妃陛下や国王陛下が嫌いだったわけではない。

 一度呼んでしまえば、離れるときに辛くなるから、離れられなくなるから呼べなかったのだ。

 それを承知していた二人は、決して強要することなく待っていてくれた。


「夜会では、美しいエイシャを見せびらかしましょうね」


 楽しげに言う王妃陛下に、意見できるツワモノは存在せず。

 むしろ、国王陛下ですら賛同し。

 ジダン王子やザット王子すら機嫌よく笑う中で、そっと溜息をついた。




―――そして、今に至ると。



「やっぱりエイシャにはオレンジが似合うわ」


「では王妃様、こちらのドレスは?」


「こちらのデザインもよろしいかと」


「もう少し、レースの多い物がいいわね」


 などなど。

 本人を放置して盛り上がる御母様と侍女たち。

 女三人寄ればかしましい、とはよく言ったものである。

 男性陣は、御母様の鶴の一声で政務へと出ている。

 エイシャのドレスだから自分も選びたいのだ、と言うジダン王子を「当日のお楽しみ」だと追い出し、国王陛下――御父様――とザット王子に政務へと連行させた。

 ちなみに、正装のドレスは全てロココ調。コルセットで締め上げて細腰を作り、胸を強調するタイプだ。

 布やレースをふんだんに使ったドレスが主流のため、地味に重い。

 普段着用のドレスはコルセットなど締めないから意識していなかったが、今日は朝から着せかえ人形のため、コルセットでぎゅうぎゅう締められている。

 病み上がりで体力低下している今は、非常に辛い。



―――それでも座りたい、とはエイシャは言わないからなぁ。



 淡くふんわりと微笑んで日々を過ごすエイシャは、文句どころか自己主張することすら珍しい。かろうじてする意思表示も、まず相手の顔色を伺う。

 まるでお人形のようなエイシャ。私には日々がストレスだ。


「エイシャ、こっちとこっちなら、どっちが好きかしら?」


 どちらも捨てがたいの、と指し示されたのは淡いオレンジのドレス二着。

 ピンクのレースをふんだんに使った可愛らしいモノと、色違いのオレンジの布を幾重にも重ねた豪奢なモノ。

 見た感じの印象は全く異なるが、どちらもエイシャには似合うだろう。

 さすがは王妃陛下と王族付きの侍女たち。流行の最先端のデザインを取り入れ、センスも良い。


「どちらも素敵。どうしましょう?」


 個人的には、どちらもイヤですが。むしろ、ロココ調のドレスは着たくないのですが。

 まぁ、そんなことは言えないので、ふんわりと微笑んで小首を傾げてみる。


「そうなのよねぇ。エイシャは可愛らしいから、やっぱりレースかしら」


「しかし王妃様、婚約披露でございますし、落ち着いたデザインの方がよろしくないですか?」



―――エンドレス



 いっそ、まったく違うドレスでも選ぼうかな、と本気で考えたのはご愛敬。

 何でもいいけど、早くコルセットを外したい・・・。

 いや、せめて座りたい。コルセットのせいで、座るのも一苦労だが。それでも幾分かはマシになるはず。

 なんてことを考えながら御母様たちを見ていれば、ようやく決まったのだろうドレスを片手に満面の笑顔。


「エイシャ、せっかくだから両方着ましょうね」


 なにも、一着に決めることは無いんだわ、と言われ、絶句。

 いや、ロココ調のドレスって、どれだけ着替えにかかるんだ?!

 某フランスの王妃が、身支度に四時間かかったのは有名な話だ。


「御母様、さすがに着替えは無理では?」


 ってか、着替えなぞしたくない!!


「もちろんよ。だから、夜会を二日間開くわ」


 そうすれば、問題なく両方着れるもの、と言われてまたもや絶句。

 どこの世界にドレスのために夜会開くバカがいるんだー!!

 ちなみに、王家主催の夜会は一日限定、が慣例となっている。

 貴族であれば三日から五日間開催されるようだが、各日で招待客が違う。

 それでも、今回のように婚約披露や社交界デビューのような目的ある夜会は一日しか開かず、全ての招待客をその一日で受け入れる。

 これは、祝いの品の競争を防ぐためだ。

 一日目の招待客である貴族Aが髪飾りを祝いに贈ったとして、二日目の招待客である貴族Bがそれを聞き、自分はそれよりも高価な髪飾りと首飾りを贈る。

 三日目の招待客であるCはそれを聞き、今度は髪飾りと首飾りと指輪を贈る。

 さて、そうなると、Cは祝いに誰よりも高価な品を誰よりも多く贈ったことになる。

 すると、貰った側は、AよりもBを、BよりもCを優遇するようになる、という構図ができあがる。

 特にその対象が王家の場合、より競争が激しくなるのは必須。

 過去、それで何人もの貴族が借金で首が回らなくなったとか・・・。全くもって馬鹿な話である。


 だからこそ、夜会は一日限定、が慣例となっているのだが・・・。


「御母様、それでは他の貴族に示しが付かないのでは?」


 たかがドレスに馬鹿なことはやめて欲しい、とは直接言えないので。

 何とか思いとどまっていただくように進言する。


「ふふ、大丈夫よ、エイシャ。夜会は二日間。一日目は諸外国の方々、二日目は国内の貴族たち。そう分ければ、何にも問題ないわ」


 さぁ、次は装飾品よ! と侍女たちと盛り上がる御母様に唖然。



―――いや、それでも問題だろう・・・



 過去、そのように分けた事例は何度もあるが。

 たかが婚約披露でそれはないだろう。

 一体、何人の客を招待する気なのか。考えるだけで恐ろしい。


「エイシャ様、お召し替えを」


 ドレスは決まったのだから、コルセットは外しましょう、と言う年若い侍女の言葉に頷いて。


「ジダン殿下から、お茶のお誘いがございました」


 コルセットを外されながら、そっと告げられた。


「わたくしにだけ?」


 わざわざ御母様たちから離れた場所でつげられる、ということはそういうことなのだろうが。


「はい。エイシャ様だけを、こっそりとお連れするように、と」


 くれぐれも御母様には見つからないように、と命を受けてきたという。

 エイシャが疲れてしまう前に、御母様から離すのが目的らしいと言う侍女にふんわりと微笑んで。


「ありがとう。では、こっそりと行きましょうか」


 締め付けのないゆったりとしたドレスに着替えて、侍女と一緒に応接室を抜け出した。



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