22・女神の終わりは
「お母様っ!!!」
「母上っ!!」
「フリーリア!!!!!」
子供たちから、テオから、上がる悲鳴。
第三鉱山の裏手。野イチゴが群生する懐かしい空間。
地形が変わっていたそこに、気付かなかった。
鉱山付近の地形の陥没など、特に珍しい事ではない。
だから、特に気にも留めなかった。
そして、そうした場所に発生する自然の驚異も、珍しい事ではないのだ。
子供たちと野イチゴを摘み、帰ったらパイを焼こうと話していた矢先の出来事。
対処するのが遅れたのは、やはりこれが決められたフリーリアの寿命だからだろう。
「だいじょうぶ、早く、ここから・・・」
「しゃべるな!! ジニム!! 早く子供たちを!!」
テオの指示で、ジニムが子供たちを連れて行く。
子供たちが無事でよかったと、心の底から安心した。
「いやぁっ おかあさまっっ!!」
「ジニム、離せっ ははうえっっ」
ジニムの両脇に抱えられる子供たちの口から、懇願に似た悲鳴が上がる。
しかし、危険なココに子供たちを置いておくわけにはいかない。
一刻も早く、安全な場所まで子供たちを避難させたかった。
「パディ、失礼しますっ」
ギルセキが、右足の膝をキツク縛る。
少しでも毒の回りを遅らせるためだ。
しかし、それは気休めにもならないだろう。
この蟲の毒は、驚くほど回りが早い。
地形の変わった鉱山の裏手。
地熱のあるそこに、異常発生した毒蟲。
蛇のような、サソリのようなそれに、右足首を噛まれた。
「テオ・・・。ごめん、気付かな、くて」
フリーリアなら“視えた”ハズだった。
もう少し周辺を注意していたら、視えたはずだった。
しかし、それを怠って・・・。
「パディ、すぐに手当てを」
ギルセキが馬へとテオを促すが、それにゆるく首を振る。
フリーリアは、助からない。これは、断言できる。
さっきから、黒い影が視界の端にチラついている。
「こども、たちに、ごめんね、って。いいこで、いてね、って」
まだ幼い子供たちの事が気にかかるが、テオもいるし、ジニムもいる。
年齢以上にしっかりした自慢の子供たちだ。大丈夫だろう。
だんだんと無くなっていく体の感覚。
しかし、これだけは伝えなくてはならない。
「女神は、神殿に籠り、国の繁栄を祈っている、と。葬儀は出さない、で。この地で、燃やして」
国の要であるこの地で女神が死んでは、今後に影響が出る。
ここは、女神の地。豊穣の女神が生まれ、育ったところ。
せっかく繁栄しているこの国に影を落とすことは出来ない。
「・・・・・わかった・・・」
苦渋の決断であろうテオの返事に、頷く。
ふぅ、と息をつき、視線を上げれば、ニヤリと笑った真っ黒な影が、手にしていた大きなカマを振り下ろし、一気にフリーリアの肉体から追い出された!!
豊かな国土を誇る、帝国オーストリッチ。
ほんの数年前まではその国土は三分の一程度しかなく、荒野が多く決して豊かとはいえないほど荒んでいた。
そんな、小国オーストリッチを帝国と云わしめるまで大きくしたのは、一人の王子だった。
名を、マテオ・オールド・オーストリッチ。
オールド・オーストリッチの名を与えられ王宮で育ったが、王妃腹の正統な王太子である第一王子と、側室であるが有力貴族の娘である母を持つ第二王子がおり、側室にもなり得ない身分の侍女腹の、何の後ろ盾も無い名ばかりの第三王子として、王位継承権すら持たない身であった。
そんなマテオは、15歳になると騎士団へ入団する。
幼少の頃より剣術に優れ、12歳の頃には指南役すら負かせるほどの実力だった。
忘れられた存在であったことが幸いし、身分にとらわれることなく騎士団へ受け入れられたマテオは、めきめきと頭角をあらわす。
臣下へ下るのではなく一介の騎士にその身分を落とした。
このとき、オールド・オーストリッチの名を捨て、『テオ』という騎士としての人生を歩み始める。
それと時をほぼ同じくして、オーストリッチの南部から、貴石アイサヴィーの鉱山が発見された。
この貴石鉱山は、一つあれば二十年国家が潤うといわれるほどの財を産む。
そんな鉱山が、四つも発見されたのだ。
今まで隣国から見向きもされなかったオーストリッチは、一変して侵略の恐怖と戦うことになった。
アイサヴィーによって国庫が潤ってきたことから、国王は欲望のまま他国侵略を決めた。
侵略の恐怖に怯えるのではなく、こちらから攻撃することにしたのだ。
国土を広げるという欲に取り付かれた、国王の独断であった。
国王のこの決定と前後し、アイサヴィー鉱山のある南部の守りに出たテオは、一人の少女と出会う。
アイサヴィー鉱山を人々に教え、オーストリッチに財をもたらしたという、守り神とも女神とも呼ばれる少女。それが、フリーリアだった。
そんな始まりをするオーストリッチの歴史書。
歴史書というよりは恋愛小説のような様相のソレは、女神と英雄の物語。
語り継がれるこの歴史は、オーストリッチの寝物語として国民に浸透していくのだった。
見上げた先には、見間違うはずもない主の姿。
私がお仕えする、死神様。
「ご苦労だったな、雑用。ちゃんと王妃になったじゃないか」
愛らしい童女の姿で乱雑な口調のヤエ様。
相変わらずの死神様に、もはや突っ込む気も無い。
「王妃になるしか道は無かったように思いますので。まさか、子供まで産むとは思っていませんでしたが・・・」
そう、子を産まず、生涯女神で在り続けるのが『フリーリア』の一生だと思っていた。
フリーリアのゴールは、豊穣の女神、だと思っていた。
ある宗教的思想では、人間の一生の出来事は魂の段階で決められているという。
悩み、苦しみ、最善を選んだつもりでも、それは決められた道を歩いているにすぎないというのだ。
何百回と経験した『仮初の人生』。
死神であるヤエ様が“うっかり”“間違って”殺してしまった人間の、本来であれば残っていたはずの寿命をまっとうするこの役目。
他人の肉体に入り、いつ終わるかわからない生涯を仮初に送る中で、この思想はあながち間違ってはいないのではないかと思えてくる。
その人間の一生は、既に決められているんだろう。
その寿命の中で、歩むべき道は1本なのだと思う。
選んでいるつもりでも、足掻いているつもりでも、それは定められた人生なのだ。
―――定められていても、その時最善と思う選択をし、時には足掻く事が大切なのだが・・・。
「好きに生きた結果だろう? 今回はこれで終わりだが、すぐ次に行ってもらうぞ」
「今からですか?!」
たった今『フリーリア』を終えたばかりで!!
自分の肉体にすら戻ってなくて!!
この前だって自分の体はほんの数時間だったのに!!
などと一気に文句を言ったところで、聞いてくださるヤエ様じゃない。
そんなことは、この10年でわかりきっている。
そして、私の不満を聞き届けてくれるヤエ様じゃないこともわかりきっている・・・。
「じゃぁな、雑用。がんばれよ~」
マイペースに事を進めるヤエ様に、ぐにゃりと歪む空間の中、ポイッと捨てられた。
こうして、フリーリアの一生を終えた私は、次の『仮初の人生』に飛ばされた。




