17・何がどうしてこうなった?!
迎えに来たマクシにテオを引き渡し、扉を閉める。
「うふふふふ」
思わず笑いが漏れるのも、口角が上がるのも仕方が無い。
―――いざ、脱出!!
用意してあった、厚手で大きめのストールを手に扉に向かう。
儀式中は神官以外この神殿には立ち入ることが出来ないため、ジニムやフリーリアの警護に当たっている北の兵たちは神殿の外で待機している、と言っていた。
王宮に続く裏口からこそっと抜け出し、そこから城外に出れば、詰め掛ける民に混ざってそう簡単には発見されないだろう。
とりあえず、一番近いフリーリア領に入ってしまえば、後はどうとでもなる。
ウキウキと弾む心を抑えつつ、いざ行かん!! と扉に手をかければ、そのタイミングで外から開けられた。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い、しばし止まる。
まさか外から開けられるとは思わなかったし、相手も、私が外に出ようとしているとは思わなかったのだろう。
「フリーリア様、どちらへ?」
先に口を開いたのは、白い神官服に身を包んだ女。
その服装から、この神殿の上位女神官であることが知れる。
「王宮に戻るのよ。テオなら、さっきマクシと行ったわよ?」
まさか、ここから脱出するところです、とは言えない。
適当に答えつつ、こちらから話を進める。
―――ここで邪魔されてたまるか!!
マクシかテオの用があるのだろう、と思ったのだが・・・。
「いえ、ワタクシは、フリーリア様の付き添いに参りました。禊の支度が整ってございます。どうぞ、こちらへ」
丁寧に頭を下げる女神官を、ぽかん、と見つめる。
―――今、何て言った?
「みそぎ・・・?」
「さ、御時間がございません。お早く」
状況理解が追いつかず、問いかけることも出来ないでいる間に、強制的に腕を取られて奥へと進んでいく。
いつの間にやら3人の女神官に囲まれて、逃げですことが出来ない。
―――なんなの、いったい!!
ズルズルと引っ張ってこられた先は、クリスタル製の浴室のようなトコロ。
12畳ぐらいの部屋の正面に、水の溜められた岩風呂のような―――クリスタル製だけど!!――があって、その手前には丸い膝ぐらいの高さの椅子が1つ。更に手前に、腰ぐらいの高さの長方形の台が1つ。その横には、香油であろう小瓶や、よくわからない――いや、わかりたくない――道具が一式のったテーブル。
本能的に危険を悟って逃げ――!!
「失礼いたします」
「ぎゃあぁっ」
出せなかった。
だって、いきなり服を剥がれたんだ!!
色気の無い悲鳴もなんのその、全裸に剥かれて薄い紗のような布を纏わされて、正面の水の中に強制的に入れられた。
「一番下までゆっくりと降りられ、上がってください」
外からではわからなかったが、中は階段状になっていて、一番下まで降りれば2メーターぐらいの深さ。
身長よりも深い水に、何かこう、滝行に通じるのもがあって、逆らえなかった。
禊は、静かに精神を統一し、厳かに・・・。
言われた通りにして上がれば、次は手前の丸椅子に座らされ、あらゆる道具を手にした女神官に囲まれた。
「失礼いたします」
「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」
四方から伸びてくる手に、髪を洗われ体を洗われ足先まで洗われる。
体中余すところ無く触られて、またもや色気の無い悲鳴。
―――だからっ 禊は静かに厳かに!!!
頭の天辺からつま先までペッカペカに磨かれ、さあ、これで終わりだろう!! と思ったのに甘かった・・・。
有無を言わさず台の上にうつ伏せに寝かされ、香油を塗り込められ、丹念にマッサージされる。
こんな状況じゃなきゃエステ以上に気持ちいいのに!!
頭上では髪を左右に分けられ、両側から水気を拭かれて香油で手入れされている。
―――さて、一体なんでこんな事をされているのかが知りたいのだが・・・。
立后の儀は明日のはずだ。
今日から何かやるとは聞いてない。
だからこそ、今日が最後のチャンスだと逃げ出したかったのに!!
神殿に入るにあたって、聖潔が必要だといわれたが、それは女神だという訳の分からん理由で免除された。
それに、これは『禊』だと言っていた。
儀式で何か役目でもあったか? とも思ったが、そんなことを言われた記憶も無い。
さて、いよいよ本気でわからん、と思ったところで、体を起こされた。
手を引かれるまま次の間に入り、鏡の前に立たされる。
全裸の姿が鏡に映って恥ずかしい!!
いたたまれずフイっと視線を横に流せば、やたらと豪華な女物の衣装が目に飛び込んできた。
それを手に近づいてくる女神官。
たらりと、背中に嫌な汗。
「お着付けいたします」
―――やっぱりかーーー!!
黄無地の裾の長いノースリーブワンピースの上に、色鮮やかな刺繍の入った薄絹を幾重にも重ね、装飾品で飾られる。
もちろん、その間に髪は複雑に結い上げられ、ばっちり化粧も施されたさ!!
仕上げに、と全身を覆うようにレースのベールを被せられた。
―――どっからどう見ても、花嫁装束なんだけどっ!!
フイに思い出した、出かけのテオとのやり取り。突然の謝罪。
あの時ちゃんと聞き出しておけば!!
後悔先に立たず。後から悔いるから、後悔なのだ。
イラッとするが、まさかここで地団太は踏めない。
「フリーリア様、御手を」
迎えにきた、高位の女神官の手に手を乗せる。
ペッタンコのサンダルを履いているため、ズルズルと長い衣装でも気にならないが、これでもかというぐらいゆっくり進む。
―――テオめ・・・。どうしてくれよう・・・。
立后の儀は明日だって言ったじゃないか!!
今日は逃げ出す絶好の機会だったのに!!
ふつふつと湧く怒り。本気で腹が立つ!!!
このまま王妃になったら自由が無い!!
―――が、今更逃げ出せないのも事実。
目の前には大きな扉。
両側に控える神官によって開けられた先には、神官長マクシと、王冠を戴いたテオの姿。
「フリーリア!!」
駆け寄ってきたテオに力いっぱい抱きしめられ、地から足が浮く。
「テオ、苦しい」
窒息する!! と訴えれば、照れたように笑ったテオが今度は横抱きに抱き上げてきた。
いわゆる、オヒメサマダッコ。
―――だあああああっ 恥ずかしいわっ
そのままマクシのもとに運ばれ、やっと下ろされた。
一連のテオの行動に、ただ笑顔のマクシ。
「滞りなく即位の儀終了いたしましたことご報告申し上げると共に、ただいまより、マテオ陛下と女神フリーリア様の婚儀を始めさせていただきたく存じます」
にこにこと告げ、頭を下げるマクシ。
――――なんですと?
「こん、ぎ?」
「はい。明日の立后の儀にさきがけ、フリーリア様はマテオ陛下の正式なる妻になっていただくのです」
妻とならなければ、王妃にはなれない、と言うマクシ。
側室も、正式に妻にならなければその地位すら与えられないのだと言う。
妻にならずに国王の御手が付いた女は、愛妾、いわゆる愛人だ。
正式な地位もなく、王家の保護も受けられない。
マテオの母が、これにあたる。
―――と、言うことは、婚儀しなきゃ王妃にならなくても良かったんじゃないか!!!!
テオが知らなかったはずが無い。
わざと、婚儀のことを黙っていたのは明白。
「テオ、どうして教えてくれなかったの?」
「フリーリアに断られると思って・・・。でも、それも杞憂だったな。ごめん、フリーリア。疑ってた」
両手を取られ、指先に口付けられる。
「余、マテオ・オールド・オーストリッチは、女神フリーリアを唯一の妻とし、愛することを誓う」
昨日から、確かにテオを拒絶しなかった。
ピンクで鳥肌で甘ったるくてお砂糖吐いちゃう的な空気も我慢した。
でも、それは逃げ出すためで、決してテオを受け入れたわけでも、立后を承諾したわけでもない。
―――――なにがどうしてどうなった?!
軽いパニック。
テオの、嬉しそうな顔。
眸にともった、熱。
―――もしかして、大きく勘違いされた・・・?
気づけば、テオの妻としてバルコニーに立っていた・・・・・。




