16・ピンクの世界です
神殿の控え室。
今日はテオの即位の儀。
国王の正装を目の前に、禊に入ったテオを待つ。
今からコレをテオに着せなければいけないらしい。
「ありえん・・・」
一人なのをいいことに、うっかり口に出して言ってみる。
カザムとマクシが告げたのは、やはりと言うか何と言うか、テオの世話の依頼だった。
カザムやマクシが何を言っても懇願しても、侍女を寄せ付けないテオ。
正装は1人で着れないと言ったら、ならば着なければいいと言い出す始末。
誰なら良いんだとテオに聞けば、テオは事もあろうにフリーリアの名前を出したそうだ。
フリーリア以外の女は側に侍るな、と。
思い出しただけで鳥肌が立つ・・・。
こんな状況だからこそ、即位の儀は慣例に則って行わなければいけない。
慶事は、それだけで国土復興に繋がる。
だから何とかしてくれ、と2人は揃って頭を下げにきたのだ。
自身の身分は平民だ、と2人に示した手前、高位の者に頭を下げられれば、断るわけにはいかなかった。
あれよあれよと話が進み、そのまま神殿に連れてこられた。
一通りの儀式の説明と、テオが着る正装を見せられた頃、聖潔に入るためのテオもやってきた。
本来ならば10日間の聖潔の後で即位の儀に望むのだが、今回は1日で済ませるらしい。
なんでも、女神の祝福を受けているため、必要ないんだとか。
女神?と問えば、無言で頭を垂れられたのは忘れたい事実である。
聖潔は神官長のマクシが世話をしていた。
内容までは知らされていないが、知りたいとも思わないので気にしない。
問題は、聖潔から戻ってきたテオの世話をした、ということだ。
聖潔に入る前に顔を合わせたときは何も伝えなかったため、世話役にフリーリアを見たとき、テオは心底驚いていた。
そして、まだそこにマクシが居るにも関らず、熱い抱擁を受けた。
咎めるマクシに、女神からの祝福だとか何とか言ってスルーしたテオを叱って離れ、マクシに今後の予定を確認すれば、早朝の禊までは部屋から出るなと言われた。
嬉々としたテオの顔が忘れられない。
いつもよりも早い時間だったが、翌日の禊も早かったために早々に休ませることにし、寝支度を整えようと動き出せば、ナゼか止められ、テオが自ら行った。
寝具の用意から寝巻き、果ては翌日の禊用の衣装まで自分で用意し、そして・・・・。
フリーリアの世話までやいた。
――――ああぁぁぁっっ 思い出しただけでも胸焼けがっ
何だったんだ、あの新婚家庭のような空気はっ
でろっでろに甘いピンクの空気はっ
世話を焼くことが楽しくて仕方が無い、といったテオの様子に、タマシイヌケカケマシタ・・・。
詳細は精神安定上、心の奥底に埋め立ててきましたよ、えぇ。
だだっぴろい寝具に、添い寝を強制されたのも一緒に埋めてきましたよ、勿論。
突っ込まないでくれ・・・・。
そんなこんなでテオを禊へと送り出し、今に至る、と。
今後の事を考えて、今は大人しくしているしかない。
あと少しの辛抱、と自分に暗示をかけながらテオを待つ。
「ただいま、フリーリア」
どれぐらい待ったか、禊からテオが戻ってきた。
「おかえりなさい、テオ。さ、すぐに着替えを」
衣裳を手渡せば、素直に受け取って奥へと入っていく。
「フリーリア様、あと一刻後、お迎えに上がります」
テオをここまで送ってきたマクシが言う。
「それまでに、着替えさせておけばいいのかしら?」
他に何か必要か、と聞けば、着替えさせさせれば後は必要ないと言われる。
「では、フリーリア様。よろしくお願いいたします」
自分も着替えが必要なのだろう。
丁寧に頭を下げて行くマクシを見送って、テオの着替えの補助の為に中へと入る。
「あら、手伝いは必要無かったみたいね」
一人では着れない、と言われていた正装だが、テオは既に大半を終えていた。
「いや、ここからは無理だ」
言いながら布と腰巻を手渡され、バンザイをされる。
それを受け取って形を作り、腰巻で止め、ローブを着せて装飾を整える。
最後に短剣を渡して、完成・・・・。
「器用だな、フリーリア」
「そう?」
完成した自分の姿を確認し、テオが言う。
まだ年若い分衣装に着られている感はあるが、よく似合っている。
アオザイのような白く薄いベースの上下に、黒地に豪奢な刺繍の入った布をアラブ風の腰帯で巻きとめ、鮮やかな紫のローブ上の長衣をまとう。
装飾品はそれほど無いが、茶色の腰帯には金の鎖が巻かれ、宝石をふんだんに使った短剣が飾られている。
「髪、邪魔じゃない? 王冠かぶるんだし、後ろに撫で付けようか?」
ウルフカットが伸びた感じのテオの髪型。
前髪も長いので、このまま王冠をかぶったら目に入りそうだ。
「あぁ、頼む」
大人しく椅子に腰掛け、お願いしてくるテオ。
用意されていた香油と櫛を手にテオの目に立てば―――
「なぁに、テオ。 緊張してるの?」
腰に腕をまわし、胸元に顔を埋めるように抱きついてくる。
―――だああぁぁぁっ 空気がピンクデス・・・・。
昨日からのこの空気に、慣れつつある恐ろしさ。
でも、鳥肌は立ちますよ? バッチリと!!
「ほら、ちゃんと出来ないから、離れて?」
意外と柔らかい濃い茶色の髪を撫でるようにしてそう促せば、素直に体を離すテオ。
手のひらに香油を取り、髪になじませるように梳いていく。
オールバックに櫛を入れれば、その精悍な顔が顕わになる。
「テオって、整った顔してるわよね」
こうしてまじまじとテオの顔など見たことも無かったが、かなりの美形だと思う。
「惚れる?」
下から見上げる形で軽口をたたくテオは、まだ腕を解かない。
―――もう、砂を吐きそうデス・・・。
じっと答えを待つテオに微笑んで、答える代わりにチュッとあらわになった額にキスをひとつ。
それで満足したのか、腕を解くテオは扱いやすい。
さて、どうしてここまで甘く、お砂糖はいちゃう(はぁと)な空気を我慢しているかといえば、今後のテオの予定のためである。
これから行われる即位の儀の後、王宮バルコニーにて、即位報告と言う名の民へのお披露目が行われるのだ。
護衛たちは王宮に詰め掛ける民たちへの整理に借り出され、この神殿の警護はほとんど居なくなる。
その隙をついて逃げるのだ!!
―――え? もちろん、諦めてなんていませんよ?
上手く逃げるためには、テオを撒かなければならない。
だーかーら!!
こんなにピンクで鳥肌で甘ったるくてお砂糖吐いちゃう的な空気も我慢なのだ!!!
香油と櫛を片付けて手を洗って、時間を確認すれば、まだゆとりがある。
「テオ、お茶淹れようか?」
「冷たいのがいい」
「んー」
冷たい果実水をグラスに注ぎ手渡せば、ナゼかそのまま膝に抱き上げられた・・・。
―――が、ガマン!!
「・・・・テオ、衣装が皺になる・・・」
「気にするな」
ヒクリ、と顔が引きつるのはご愛嬌だ。
涼しい顔でグラスを煽るテオに溜息をひとつ吐いて、チカラを抜いてもたれかかる。
ガマンガマン、と心の中で唱えつつトリハダを誤魔化す。
「フリーリア・・・」
「なぁに?」
「ごめん」
「・・・・・・・は?」
突然の謝罪にテオを見れば、何やらニガイ顔。
「何か、わたしに謝らなきゃいけないコトやらかしたんだ?」
両手でテオの両頬を挟んで、ぐいっと強制的に目を合わす。
そこに浮かんでいるのは・・・。
―――って、目ぇ合わないんだけど!!!
「テーオ?」
にっこり笑って名前を呼んでも、泳ぐ視線。
一体、何がゴメンなのか。
何をやらかしたのか。
それとも何かやましいのか。
―――これ以上の厄介事はイヤなんですけど!!
もう一度名前を呼ぼうと口を開きかけた時―――
コンコン、とタイミングよくノックの音。
あからさまにホッと息を吐くテオにデコピンして、膝から降りて扉を開ければ、真っ白な衣装に身を包んだマクシが控えていた。
「マテオ様、お迎えにあがりました」
いつの間にか背後に立っていたテオを振り返り、少し乱れた衣装を整え、送り出す。
「いってらっしゃい、テオ」
「行ってくる」
するりと頬を撫でられ、額にキスを落とされ、マクシに先導されていくテオを見送って扉を閉めた。




