02・どうやら愛されているようです
刺されてから四日目の朝。
一度意識を取り戻したエイシャだが、高熱のためにベッドの住人となっていた。
意識が浮上する度にジダン王子やザット王子、王妃が優しく語りかけエイシャを安心させた。
あぁ、エイシャは愛されてるなぁ、と思いながら意識を飛ばし、やっと熱も下がって身じろげば、今度は刺された箇所に走る激痛。
声もなく身悶えれば、言い渡された絶対安静。
刺されたのは、右のわき腹付近。
内蔵の損傷はなく、傷口さえ塞がれば問題は無いとのことだった。
「エイシャ、ゆっくりでいい」
やっと座ることの許された七日後の朝。
朝食を済ませたジダン王子が、わざわざエイシャの薬湯を持ってきた。
―――愛されてるのは良いんだけど・・・
今の姿勢は非常に恥ずかしい。
負担をかけるのは良くないと、左側からジダン王子の腕に囲われて薬湯を飲まされている。
自分の手で薬湯を持つことも許されず、口に当てられたカップからゆっくりと飲んでいるのだ。
―――どんな罰ゲームよ、コレ・・・
ゆっくりと流れてくる薬湯を飲み込めば、ジダン王子の愛しげに細められた瞳で見つめられる。
慌てて次を求めれば、ゆっくりでいいと言われる。
たった一杯の薬湯に、かれこれ30分ほどかかっております。
「兄上、エイシャが困っておりますよ」
「ザット。邪魔をするな」
くすくすと笑いながら扉の前に佇むザット王子に、ジダン王子は軽く返す。
エイシャとしては、真剣に取り合って欲しいところだが。
「ジダンさま、恥ずかしいです・・・」
なので、意思表示。
離して欲しいな、とは直接言えませんが。
「ほら、ザット。オマエが居るとエイシャが困る」
いや、そうではなく!!
と、ジダン王子を見上げれば、そこにはどこか意地悪な笑み。
―――わかってて言ってるらしい・・・
性格悪い、とかじゃなく。
ただただ、エイシャが愛しいと全身で語るジダン王子。
触れる手はどこまでも優しく、向けられる眼差しは熱をはらむ。
それでもエイシャの身を気遣い、負担になることは一切しない。
「エイシャが可愛いのはわかりますが、そろそろ政務の時間です」
「もうそんな時間か?」
時計に目をやれば、あと10分程で会議の時間だ。
薬湯の残りも一口ほど。
さっさと飲んでしまおうと、左手をそっと動かす。
気づいたジダン王子に残りを飲ませてもらい、そっと寝かせられた。
「エイシャ、おとなしくしているんだよ」
「エイシャ、ちゃんと寝ていて下さいね」
「はい。ジダンさま、ザットさま、いってらっしゃいませ」
連れだって政務に向かう二人をふんわりと笑って見送り、目を閉じる。
部屋には、二人と入れ替わりに入ってきた侍女の気配。
空気の入れ換えに窓を開け、もう一枚上掛けをそっとかけられる。
「ありがとう」
「侍医が参りましたらお声かけいたします」
エイシャに付いている侍女は二人。
二人とも結婚し、子供も居る。
エイシャのことも、実の娘か妹のように可愛がっていた。
幸せなエイシャ。
ゆったりと進む時間の中、愛し愛される一生を送るのだろう。
苦手なパターンだが、命の危険に晒され続けるよりはマシ。
エイシャはジダン王子の妻になることが決まっている。
ゆくゆくはこの国の王妃陛下だ。
滅多なことが無い限り、安泰な一生を送れるだろう。
―――まぁ、その滅多なことでエイシャは死んでしまったわけだが・・・。
と、ここまで考えて、不意に原因となったミジャンのことを思い出した。
エイシャの記憶にあるのは、ミジャンが捕らえられたところまで。
そのあと、すぐに死んでしまったから仕方のないことなのだが。
ミジャンがどうなったのか、非常に気になる。
もしかしなくとも国際問題だ。
しかも、エイシャも他人事ではない。むしろ、被害者だ。
ミジャンの国、ルードイ国はこのイーガル国の属国。
いくらエイシャが元ルードイの王女だとしても、今の立場はイーガル国王太子の婚約者。
考えるまでもなくミジャンよりも立場は上だ。
せっかく安定してきた両国の関係に、ヒビが入っても困るのだ。
―――ジダン王子やザット王子が来たら確認するか・・・
自分のせいでミジャンの身に何事かあれば、エイシャは激しく自らを責めるだろう。
そんな性格のエイシャだから、ミジャンの事を気にしても何もおかしくはない。
好きなタイプの性格ではないが、これからエイシャとして生きていくのだから文句も言えない。
「エイシャ様、診察のお時間です」
侍医殿がおみえです、と優しく声をかけられ、思考の波から脱出する。
ゆっくりと瞳を開き、起きあがろうとしたのだが。
「あぁ、エイシャ様、ご無理はなりません。そのままで結構です」
侍医によって慌てて止められ、寝たままの診察となった。
侍医の後ろには侍女が控え、反対隣にはもう一人の侍女が上掛けをめくる。
寒くありませんか、などと聞かれ、大丈夫だと微笑む。
―――過保護というか、なんんと言うか・・・
エイシャに対しては皆がそうなのだが、それがこの世界の普通なのか、エイシャにだけの対応なのかは悩むところだ。
てきぱきと傷口を確認され、薬を塗られ、包帯を替えられ、と一通りの処置が終われば、次は熱を計られ、触診され、問診され、とせわしない。
ほんの些細な事でさえ丁寧に対応されて、反対に怖い。
「お疲れさまでした、エイシャ様。お熱もありませんし、傷口も順調に塞がっております」
でも、まだ無理をしてはいけませんよ、とにこにこする侍医。
初老の婦人侍医であるこの人も、エイシャを孫のようにかわいがっている。
「ヒア殿、起きあがっていてはいけませんか?」
ずっと寝転がっていては体も痛い。
せめて起きて本でも読んでいたかった。
「五分程度でしたらかまいませんよ」
それ以上は負担になるからダメだと言われる。
それだけの時間で何をしろと?!
「さっき、ジダンさまと三十分ぐらい起きていました・・・」
それでも痛くはなかったと訴える。
薬湯を飲むために起きあがっていただけだが、それは言わない方がいいだろう。
「ジダン様が支えて下さっていたのでしょう? あの方が、エイシャ様のご負担になることはなさいませんから」
だから痛くはなかったのだと言われては、次の言葉が出てこない。
「ジダン様に支えて頂くのなら、起きていても構いませんよ」
にっこり笑うヒア侍医が、悪魔に見えるのは何故だろう・・・。
「ジダンさまのお邪魔になることは出来ません」
あんな甘ったるいのはゴメンだ、とは言わず。
エイシャならこう答えるだろうなぁ、という台詞を吐けば。
「まぁ、ジダン殿下がエイシャ様を邪魔になど思うものですか」
「そうですわ、エイシャ様。ご遠慮なさらず甘えればよろしいのです」
その方がジダン王子も喜ぶ、と侍女たちに力説され。
「そうですよ、エイシャ。ジダンに甘えるのもエイシャの仕事です」
ころころと鈴の転がるような軽やかな声が響く。
入り口を見れば・・・
「王妃様・・・」
この国の、王妃陛下の姿。
上品なドレスに身を包み、一人の侍女を従えて部屋に入ってくる。
「ああ、エイシャ。そのままで。起きあがってはいけません」
慌てて起きあがろうとすれば、それは王妃陛下によってやんわりと止められ。
礼を欠いた状態だと困惑するも、構わないとばかりに髪を梳かれた。
「ヒア、エイシャの具合は?」
「順調に回復されております。もう2~3日で傷口も塞がりましょう」
そうすれば、起きあがって読書でも刺繍でも好きに過ごせばいい、と言うヒア侍医。
それを聞いた王妃陛下は、心の底から安堵したという顔をする。
どこまでもエイシャは愛されているらしい。
「では、10日後なら大丈夫ね」
「はい、問題ございません」
そのころには、全快しているだろう、と言うヒア侍医。
はて、一体何の話か・・・。
―――イヤな予感しかしないんだけど・・・!!




