06・王手まで後一歩
順調にこちらの領土を広げ、必要な兵たちの確保も終わった頃、タイミングよく早馬が入った。
布石は打ち終わり、まさにタイミングを計っていた時の知らせ。
―――これで、私の勝ち。王手よ、テオ。
「ジニム、知らせの花火を上げて。これで終わるわ」
「御意」
部屋の窓から、下に待機している者に合図を送れば、大きな打ち上げ花火が空に大輪の花を咲かせる。
遠い地に待機しているテオに、昼夜を問わずに一番早く知らせる手段として用いた花火。
これならば、わずかなタイムラグで行動を起こせるだろう。
意識を向ければ、動き出す人の塊が確認できた。
―――さて、次はこっちね。
「ジニム、私たちも出るわ。女達を集めて、兵たちを配置に。前線の村に移動するわ」
連れて行くのは、子供が手から離れた女たちと、護衛の兵。行く先は、国境に近い村。
「フリーリア様、一体何をなさるのですか?」
女たちを乗せる馬車の手配を済ませたジニムが不安げに言う。
その顔には、危ないことはするなと書かれているが、この際無視だ。
「人の心を得るためには、何が必要かしらね、ジニム」
明確な答えを渡さないまま、馬車に乗り込む。
用意された馬車は五台。
一台は私とジニムが乗っている。
一台は女たちが乗り、残りの三台は荷物が。
護衛は馬車の御者を務める者と馬に乗るもの、合わせて十五人。
それなりの人数の一行が、戦地に向かってひた走る。
「貴女達は食事をお願い。かなりの量が必要になると思うから、持ってきた食材を全て使って用意して。何かあったら、兵を五人付けておくから、走らせて。貴女たち三人は、こっちの手伝いを」
国境に一番近い、フリーリア領に吸収した無人村。
戦場と化した王都を挟んで国境に近すぎて人を住まわすには危険なこの村に、女たちと兵たちを連れて到着したのは、馬車に乗り込んで二時間後のこと。
持ってきた食材で食事を作ることを指示して、私は違う場所へ向かう。
ここからは、時間との戦いだ。
「ここから五軒、掃除をして、持ってきた布を床に敷いて、桶にいっぱい水を汲んでおいてほしいの。井戸はここの裏手。邪魔な家具とかがあれば外に出して、出来るだけ広い空間を確保して。男手は兵を五人置いていくから、遠慮せずに使って。急いでお願いね」
指示を出せば、女たちはテキパキと動く。
フリーリア領に住む人々は、フリーリアに逆らうことはしない。
王族に対する畏怖や忠誠と同じものではなく、あくまで自分たちの雇い主として従ってくれる。
住人にとってフリーリアは、支配者ではなく、雇用による主従関係、いわゆる主人と奉公人の関係である。
衣食住の提供の見返りに労働力を提供すると言う、一番シンプルで判り易い関係だ。
「フリーリア様、一体何を?」
馬車から荷物を降ろすために来た道を戻れば、ジニムに先ほどと同じ問いを問われた。
今後のことを考えれば、ジニムにはやはり説明するべきか。
「この国に入っている北の兵を、こちらに取り込むの。敵同士だから戦が成立するのなら、その根本を変えればいい。味方同士なら、戦う必要は無いもの。人の心を得るためにまず必要なのは、こちらの受け入れる心。次に環境と状況。ジニムは王族として、何が必要だと教わった?」
「民を守る力と導く力。そして、人を従わせる力・・・。常に、強くあれ、と」
「えぇ。王は、民を守らなければならない。導かなければならない。決して、このように戦を起こして民の命を奪ってはいけないのよ。
民のことを忘れた王は、もはや王族ではない。そんな王はいらないと、民は捨てる権利があるわ。それを、北の兵に教えてあげるのよ」
民族集合体の北の国は、一番大きな部族の長だった男が王として君臨している。
今回の戦では、末端の少人数部族から駆り出されているはずだった。
もともと王に忠誠を誓っていない者たちをことらに取り込むのは容易い。
そのための餌も撒き終えてあるし、状況も整っている。
そして、環境は出来つつある。
―――後は、テオが上手くやるのを待つだけね。
「ジニム、急ぎましょう?」
ここまで来て、失敗するわけにはいかない。
「御意」
納得していなくても従ってくれるジニムに甘えて、用意の手を進める。
―――王手まで、後一手。
「手を休めないで!! どんどん来るわよっっ」
「フリーリア様!! 水が足りません!!!」
「布が切れましたー!!」
「あなたたち!! 食事が済んだら手伝ってちょうだい!! ジニムーっ 馬車から残りの布!!」
絶え間なく運び込まれる負傷兵たちを次々受け入れてゆくここは、まさに戦場だった。
「フリーリア様、これで全部です」
馬車から戻ってきたジニムの手には真新しい布。
外へ目を向ければ、兵の数は少なくなっていた。これだけあれば足りるな。
「ありがとう、ジニム。そこの北兵。そう、貴方。悪いのだけれど、その水の入った桶を持って付いてきてくれるかしら? 貴方も、食事が済んで動けるのならば手伝ってちょうだい」
井戸の近くに居た北兵に声をかければ、隣に立つジニムが警戒を強くした。
―――が、もちろん無視だ。
「ラー・パディ」
そう言って膝を折る北兵。
ラーはYES、パディは北の地の慈愛の女神の名だ。
この者達にとってフリーリアは慈愛に満ちているらしい。
ここまで来ても生き神様か、と思ってはいけない。それはそれだと諦めることが大切だ。
途中でも北兵達に声をかけて手伝わせる。
領から連れて来た者達だけでは、到底手が足らない。
軽症の兵達を使って場を回す。
「フリーリア様、ありがとうございます。こちらは、これで終わりです」
簡易病院となった5つの家――掃除させ、床に布を敷かしたところ――に布を届けにこれば、手伝ってくれていた女達が終わりを告げた。
重傷者達の一通りの手当てが終わり、後は軽症者たちが身なりを整えるだけになっていた。
北兵たちは、ほとんどが自ら手当てをし、軽症の者が重症の者の手当てを手伝っていたため、女達の負担はそれほどなかったようだ。
「ありがとう、ご苦労様。もう少し落ち着いたら送らせるわ。その間、貴女たちも食事をしてきて、食事の人たちにもそう伝えてきてちょうだい」
まさか、彼女達をここに泊まらせるわけにはいかない。
思いの外北の兵達が手伝ってくれたので、予定より早く落ち着けそうだが、早くしないと領地に入るのが夜になってしまう。
「フリーリア様は?」
母親と同じ年代の、昔馴染みの女が心配してくれるのが嬉しい。
「わたしは、まだここでやる事があるの。もう暫くすればテオたちも来るし、待ってなきゃ」
だから、気にせずに行けばいいと笑って見送り、門まで行く。
見張りとして立っているのは、連れてきた兵。
「ありがとう。もう落ち着いたから、貴方も食事を。食べ終わったら、馬車の用意だけしてくれる?」
「しかし、見張りが・・・」
「大丈夫、もうこっちに向かってくる者は見えないから。それに、そろそろテオたちが来るわ。早くしないと無くなるわよって皆にも伝えて」
ニコリと笑って安心させれば、駆けていく兵。
早朝よりも早い時間から動き通しの彼等も疲れているだろう。
「パディ、ここは我等が居りますから、パディもどうかお食事へ」
やり取りを見ていたらしい北兵に声をかけられた。
初めから、抵抗らしい抵抗をしてこなかった北兵たち。
投降を促せば、素直にそれに従った。
やはり、北は統一されていないのだと知る。
真の意味で王に忠誠を誓っている者など居ないのだろう。
北兵にとって、今従うべき者は、自分達を受け入れ手を差し伸べ、食事を与えたフリーリアだ。
「大丈夫よ、ありがとう。貴方達は休んでいて。これから、働いてもらわないといけなくなるから」
「ラー・パディ」
暗に、フリーリアのために働け、と言ったにも拘らず返されたYESに内心笑う。
こうも簡単に事が運ぶと、何やら怖い気もするが。
―――でも、これが成功すれば・・・。
フリーリアの、楽しい人生の第一歩になるはずだ。