05・後ろ盾を得ました
「女神パエラ。お会いできて光栄です。進軍などと言う愚を犯した我国に対する深い慈悲に国民一同深く感謝致しております」
「ニトジム陛下、どうかそのような礼などお止め下さい。礼をとらねばならないのはこちらでございます。
このたびは、和議を受け入れてくださり、ありがとうございます」
野イチゴ狩りの3日後、南国との和議の場が整っていた。
一足先に会場に入っていた私に礼を取ったのが、南国ホージュ国の国王。ニトジム・ボーク・ホージュ陛下。
ジニムの実弟にあたる。
会場とした南の国境砦の一室には、フリーリア領主の私と、護衛のテオとジニム。ホージュ国王のニトジム陛下と側近と護衛が一人ずつの6人しか入ることは許されていない。
南はこちらの要求を全面的に受け入れ、和議を承諾した。
「我国が唯一神として信仰するのは豊穣の女神パエラ。その化身である貴方様に礼を取るのは当然のこと。どうかそのようなことはなさらないで下さい」
礼を取った私に慌てたニトジム陛下。
お互いの顔を見合わせてクスリと笑い、席に着いた。
ジニムと同じ茶色の髪はふわふわで、可愛らしい顔立ち。
普段テオを筆頭にごっつい男どもに囲まれた生活を送っている私には究極の癒しだ。
「テオ。条約書を」
昨夜作った条約書をテオから受け取り、ニトジム陛下に差し出す。
―――と。
「陛下、ご確認ください!!」
内容も確認せずにサッサとサインをはじめるニトジム陛下にギョッとした。
「女神パエラが我国のためにご提示下さった条件に、何の不満がありましょうか」
そう言って、王印まで済ませてしまう。
ジニムの時も思ったが、南国の女神信仰は怖いものがある。
南国の奉る唯一神は豊穣の女神パエラで、作物の収穫は勿論、恵みの雨から果ては日照時間までがパエラのお力であると考えられている。
生きるもの全てがパエラの恵みによるものなのだ。
“お空のお父様”より絶対的な唯一神パエラ。
だから、ジニムは“豊穣の女神”と呼ばれていたフリーリアを許すことが出来ず、殺しにきたのだろう。
―――言い換えれば、女神パエラと認めた私を、ジニムが裏切ることは無いということ。
「ありがとうございます、ニトジム陛下。では、これを」
きちんと封のされた手紙を手渡す。
中は、テオすら知らない、フリーリアとしての手紙。
アイサヴィー鉱山の場所を記した物と、もう一通。
すぐに中を確認したニトジム陛下の顔色が変わった。
「ここが・・・」
「はい、貴国の鉱山の二つ分の採石量が見込めるでしょう」
「しかし、ここは・・・」
「問題ございません。国境は、この砦までですもの」
にっこりと笑って言ってやる。
ニトジム陛下が躊躇うのも無理はない。提示した鉱山は、このフリーリア領とホージュ国との国境の山なのだから。
今までホージュ国が、そこをアイサヴィー鉱山だと知らなかったのも、国境に近すぎて調べることすらしなかったからだろう。
それだけ、いらぬ火種を生みかねない位置にある山だ。
―――だから、助かったんだけど。
「今、和議を受け入れて下さった貴国がその鉱山を採掘しようと、我フリーリア領の者は何も言いますまい。ですから、どうぞお気になさらずに」
「パエラ・・・。御身に、多大なる感謝を。これから後、我ホージュは女神パエラ、フリーリア様に親愛を捧げ友好を違えぬ事をお約束いたします」
ニトジム陛下が私に頭を下げるのに合わせて、側近と護衛も頭を下げる。
―――これで、南国の心配は無くなった。また一つ、生きやすくなったわけだ。
「ジニム、お国へ帰る?」
王女と言う身分のジニムを、このまま騎士として置くわけにはいかないだろう、と思ったのだが・・・。
「私は既にフリーリア様の騎士です。どうか、このままお傍に置いていただけないでしょうか」
ニトジム陛下の前で、そう言って膝を折られてしまった。
「女神パエラ、どうか姉をお傍に。第一王女であり、筆頭騎士でもある姉ジニムがパエラのお傍にあることで、我ホージュとフリーリア領との関係は確固たる物となりましょう」
ニトジム陛下にまで言われては、これ以上は何も言えなくなる。
チラリとテオを見れば、見事なまでの無表情。
好きにしろ、よりは、言っても無駄、だろう。
先日の一件から、テオとは利害が一致している。だから、口出しはしてこないだろう。
―――まぁ、テオに何を言われても今更気にもしないけど。
「ありがとうございます、陛下。では、ジニム、今までどおり傍に居てね」
つつがなく済んだ和議の翌日から、南国ホージュは鉱山の採掘を開始した。
和議の件はその日の内に領民全ての知るところとなっていたため、混乱もなく衝突することも無かった。
南国が敵ではなくなった事は、フリーリア領としては大きな意味を持つ。
領の地形状、背後に当たる南を警戒しなくてもいいということは、王都に向かう北一点にのみ警戒をすればいいということ。
久方ぶりに兵を含む領民全員が安息を得られた。
しかし、一歩領内から出れば、そこは変わらず戦場だ。
勢いを衰えさせぬまま、北の侵攻は王都までもを落としていた。
―――次の一手は、こちらから。
「フリーリア、指示通り、無人村になったところまで守備隊を置いて、フリーリア領主の名の下、流れてきた民と兵たちを受け入れた。篭城中の国王や敗戦撤退中の王太子を見切って、フリーリアに付く者が増え始めてる。どうするんだ?」
フリーリア領の砦に与えられたフリーリアに私室に、相変わらず無断で入ってきたテオ。
その姿はきちんと騎士服を身に着け、帯剣もしている。
「もとが傭兵たちだもの。力の無い主より、自分達を上手く使ってくれる主を選ぶには当然の結果だわ。そのうえ、フリーリア領は衣食住、全てにおいて困らないもの。安住の地をここに求めるのは当たり前ね」
テオには、フリーリア領から王都までの間にある無人村を支配下におき、そこに難民たちを迎え入れるように指示していた。
王都に暮らしていた民達が、行き場を失い、北の捕虜になるのを防ぐためだ。
その、受け入れた民達が現国王を見限り、フリーリアに付くようになっているという。
それはそうだろう。自国の民を守れぬものが、王になど、統治者になど君臨できるはずが無い。
自身の欲のみで進軍し、挙句に自身可愛さで篭城する者など、誰が王と仰ぐものか。
民に捨てられたのは当然だ。
「このまま、フリーリア領主の私兵として受け入れるのか?」
「ええ、そのつもり。とりあえず、皆に食事を。そうしたら、次は家族もちの兵たちをそのまま守備に就かせて、家族はこちらに寄越して。特に、子供と年寄りの居る所からね。あ、大丈夫だと思うけど、チェックはちゃんとしてね。ヨソモノだと困る」
家族持ちから受け入れるのは、人質にするためだ。
ここまで戦況が悪いと、内側から仕掛けてくる者にも注意しなくてはならない。
「それは大丈夫だ。中央からの兵が多いし、北の者はすぐにわかる。どんなに上手く隠しても、あの訛りは隠し切れるものじゃない」
「なら、いいけど。だいたい、どれ位の兵が増える? それによって、次の段階に進みたい」
―――そう。出来れば、国王が篭城しているうちに。王太子が、出兵しているうちに。
敵の目が、そっちに向いているうちに色々とやっておきたい。
「ざっと30人はすぐに使える。何人かは知り合いだ。全部で50人ぐらいの見込みか。フリーリア。次の一手はどう打つ?」
問いに答え、ニヤリと笑うテオ。
利害が一致してから、テオは協力的になった。全面的にフリーリアの指示をこなす。
―――勿論、助言と言う文句も多くなったが。
「まだ、次の一手には早いわ。早急に、使える兵と使えない兵を振り分けて、年寄りと女子供はこっちに。土地の整備や畑、ここでの仕事も山ほどあるわ」
50人ではまだ足らない。最低でもその3倍は必要になる。
使える者を増やすために、領内の整備を優先させるべきか。人が増えれば、必要になる土地も増える。土地が増えれば、仕事も増える。
今後のことも考えれば、使える土地と人手はどれだけあっても足りない。
「わかった。それはこっちで早急に。それより、アイサヴィーの方はいいのか? 採掘だけで止めてるんだろう?」
「ええ。この混乱ですもの。加工しても売りに出れないし、第一、この戦争が終われば流行が変わるわ。今、加工するのはもったいない」
支配者が変われば、流行も変わる。この戦がどう転ぼうと、今の流行では売れなくなる。
それは、どの時代、どの世界でも共通だ。
「盗られたりしないのか? 原石のままあんなに大量に積んでたら、少々ぐらいわからないだろう?」
「それも平気。今、アイサヴィーは加工済みの物も含めてあそこにしかないもの。だから、あそこから持ち出せば私にバレる。今、このフリーリア領から出されれば死ぬかそれ同等の人生しかないもの。そんな愚かしい行為をする人間はまだ居ないわ」
せっかくの安住の地を、自ら捨てる者は居ない。
アイサヴィーを盗らずとも、ここに居れば衣食住は保障され、生活に困ることは無いのだから。
人を従わせたいのなら、従うように仕向ければいい。裏切る必要の無い状況を作ればいい。
そして、今の現状はその状況を作るに最も適している。
「なら、いい。フリーリア。お前はドコを目指してる?」
「私の安住の地を」
ニヤリと笑って答える合言葉。
お互いの、求めるモノの確認。
―――そう、あくまで、私の、ね。