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01・エイシャという女


「大丈夫よ、私の愛しい子・・・ さぁ、笑ってちょうだい」


 ボロボロと涙を流しながら私の右手を握る美少女に私は言う。

 その後ろには、必死で涙をこらえる三人の美青年。


「エイシャ・・・」


 私の左手を握る美丈夫に名を呼ばれ、ゆるく頭をそちらに向けた。


「陛下・・・ そのようなお顔をなさらないでください」


 苦しげに歪められた夫の顔。



 ただ一人の寵妃として愛されてきた“エイシャ”の人生は、もう終わろうとしていた。



「ずっと御側におります、とお約束いたしましたのに、御側を離れること、お許しくださいませ」


 ずっと愛されてきた。ただ、エイシャだけを愛してきた夫。エイシャも、ただ一人夫だけを愛し、尽くしてきた。


「シグル、私の気高い王太子。お父様を助けて差し上げてね。デュオ、デイル、私の自慢の王子様。お兄様を支えて、お父様の力になってね。シュエル、私の可愛いお姫様。お父様のこと、大切にね。

 私の愛しい子供たち。幸せになってちょうだい」


 握っていた私の手を頬に当てて、壊れたマリオネットのように首を振るエイシャの娘、シュエル。

 国一番の美姫と謳われるこの美しい少女は、まだまだ母親が恋しい年頃だ。


「母上・・・」


 苦しげに歪められたシグルの顔に、ふわりと笑ってみせる。


「はは、うえ・・・」


「ははうえっ」


 デュオもデイルも堪えきれなくなった涙を流し、シュエルの手を包み込むようにエイシャの手を握る。


 何回、何十回と経験しても慣れることの無いこの“別れ”。

 そろそろ死神様が現れるだろうことも、これまでの経験で知っている。


「陛下、シュエルをどうかお守りください。シグルを、デュオを、デイルを、お導きください」


 そう言ってふと視線を上げれば、そこには死神様の姿。

 相変わらず愛らしい童女の外見には不釣合いな笑みを浮かべ、そこにいた。


「ご苦労だったな、雑用。しばらくは自分の肉体で過ごさせてやる」


 そう言って鎌を振られ、ふわりと浮遊感。


 子供達の号泣と、夫の名を呼ぶ声を最後に、エイシャとしての生涯を終えた。





 ドシンッという衝撃に目を開ければ、そこには見慣れた天井。

 戻ってきたらしい自分の本来の肉体に意識を集中させれば、強張った筋肉が悲鳴をあげた。



―――いたいいたいいたいっっ



 ぴきぴきぺきぺきは勘弁して欲しい!!


 慣れたくて慣れた感覚ではないが、このぐらいならもう少しじっとしていれば問題ないだろう。



 ぐ~ きゅるるるる~



 ・・・・・。

 身体は動かなくても、腹の虫は動くらしい。


 全身の感覚が戻ったところで、ゆっくり起き上がりベッドから抜けだした。

 ベッドサイドに置いてある電波時計を確認すれば、“飛んで”から二日しかたっていなかった。

 だんだん時間の感覚が合わなくなってくるな、などと独り言を漏らせば、自己主張をするように腹の虫が盛大に鳴く。



―――二日も食べてないんじゃ仕方ない!!



 本来ならば滝行の時間だが、このまま行に出たら確実に倒れる。

 動くのも億劫だが、食事をしないと私がヤエ様の餌食になってしまう!!


 ぴきぴきぺきぺきの身体を引きずって台所へ。

 いつ“飛ぶ”か判らないので、生物の無い冷蔵庫。

 悲しい・・・。

 冷凍ご飯を取り出して、おかゆに決定。

 しばらくは自分の身体で生活できるらしいから、今晩は豪華に食べてやる!!


 ぐつぐつ煮立つ鍋を見ながら、エイシャのことを考えていた。






 今回“飛んだ”のは、中世風のイーガルという国だった。

 イーガル国王、ジダン陛下の唯一の妃、エイシャが用意されていた私が一生を送るべき肉体だった。


 エイシャは、イーガル国に侵略された、ルードイ国の第一王女だった。

 しかし、生母の身分は低く、ルードイ国では第一王女とは名ばかりの、何の後ろ盾の無い王女として育った。

 戦略戦争が始まったとき、父王によって人質としてイーガル国に渡された。

 この時、エイシャはたった10歳の少女だった。

 侍女さえ連れず、単身人質として送り込まれたエイシャを時のイーガル王――ジダンの父親にあたる――は、人質ではなく、客人として扱った。

 

 そもそもこの侵略戦争は、エイシャの父ルードイ国王と、王弟との内乱が事の発端だった。

 無能な国王に、有能な実弟が反旗を翻したのだ。

 しかし、無能な国王の下で甘い汁を吸っていた臣下達の大半は国王側についた。

 情勢が悪化し、民達に多大なる被害が出始めた頃、王弟は賢王と名高いイーガル国王に助力を求めた。藩属国となることを条件に進軍を依頼したのだ。


 愚王の治世で苦しめられている民を憂いたイーガル国王は、侵略軍・・・として進軍させた。

 その侵略軍に慌てたルードイ国王は、自らの娘、第一王女の身分にあったエイシャを単身人質として送り込んだのだ。


 しかし、その行為がイーガル国王の逆鱗に触れた。


 ルードイ国王はじめ、加担したものは全員イーガル軍によって捕らえられ、藩属国ルードイの新王となった王弟に引き渡された。

 新王となった王弟は、加担した者及び前王の血筋を処分――王妃を始め、側室、エイシャの異母兄弟全て――し、それをイーガル国に対する忠義とした。

 その折、エイシャも処分の対象だったのだが、エイシャの母の身分が低かったこと、同母の兄弟が居なかったこと、母が既に他界していたこと、そして、イーガル国がその身を預かっていたことを理由に生き長らえた。

 

 人質としてではなく客人として扱われていたエイシャは、国家間が平定された後は王女のいなかったイーガル国王夫妻に実の娘のように可愛がられて育った。

 もともとエイシャの容姿は美しく、その生い立ちゆえに思慮深く穏和な性格だったのでイーガル王家内でも幸せに暮らしていた。

 

 そんな幸せに亀裂が入ったのは、エイシャが16歳になった年のことだった。


 20歳の誕生日を迎えたジダン第一王子の祝賀会に参加した、ルードイ国第二王女ミジャン――エイシャの従姉妹で同年の、第四位王位継承者――に、謂れの無い言葉の暴力をかけられた。

 

 ミジャンは、ジダン王子の妃になりたいと正式にイーガル国へ申し入れをしていたが、ジダン王子本人から断られていた。

 いわく、藩属国の第二王女の身分では迎え入れることはできない、と。

 にもかかわらず、本来ならば処分されるべき身分のエイシャが、イーガル王家の一員として、自身が望んでやまないジダン王子の隣に当然のように並んで立っていたのが気に入らなかったのだ。

 宴の席で口汚く罵られ、手を上げられそうになった。


 公式の場での、王女の乱行。

 国賓であるミジャンを止められるのは、王族だけ。

 それを止めたのは、イーガル国第二王子のザット。

 ミジャンの両腕を拘束し、声高に言った。


「我が義姉、未来の王妃に対する無礼はやめていただきたい」と。


 ザット王子に肯定を返したのは国王夫妻。

 承諾の意を返したのは臣下達。

 祝福を贈ったのは、国賓の諸外国の王族や重臣達だった。


「エイシャ、私の妻になってください。ただ一人の愛する妻として、これから私の隣に立ち続けてほしい」


 その場でされた、ジダン王子からのプロポーズ。

 真摯に告げられ、ただ嬉しさだけがエイシャの身を支配した。


 涙しながら、


「はい、我が君・・・」


 と返せば、強い力で抱きしめられた。


 いつの間にか、ミジャンの姿が消えていた。



 皆から祝福されて、エイシャは幸せだった。

 母国では、第一王女とは名ばかりの日陰の身で、父王には人質として打ち捨てられた。

 イーガルへきてから、家族の暖かさを知った。

 それでも、いつかは無くなるのだと、心のどこかで覚悟していた。

 今やっと、本当の幸せを手にした。


 慶事が重なった祝宴は、遅くまで続いた。

 エイシャの身を気遣った王妃が、一足先に一緒に下がらせてくれた。

 会場を後にし、居住区に戻る薄暗い廊下に入ったとき、エイシャの目にキラリと光る刃がうつった。

 衛兵が気づくより早く動いた刃に、とっさに王妃を庇ったエイシャ。


 しかし、刃は元々エイシャを狙っていた。


 背中からわき腹にかけて走る熱。鈍い痛み。

 王妃の悲鳴と、衛兵の声。視界の端にうつった、衛兵に取り押さえられるミジャンの姿。

 そして、遠くから聞こえるジダン王子の声。


 幸せの絶頂で、このまま死ぬことを望んでしまったエイシャ。

 そして、その波動に呼ばれた死神ヤエ様。

 あまりにもその波動が強すぎて、エイシャの天寿を確認する前にうっかり鎌を振り下ろしてしまったらしい。

 ここで、エイシャ本人の人生は終わってしまった。

 しかし、エイシャの天寿はまだ残っていた。

 そのため、私が“飛ば”されたのだ。


 エイシャの肉体に飛ばされ、直前の記憶までを確認し、私の魂がエイシャの肉体に同化する。

 それを確認して目を開けば、そこには、心配そうな顔で覗き込むジダン王子の顔があった。


「我が君・・・」


 意識せずに呼んだ呼び名は、エイシャの心が望んだのだろう。

 こうして私の、エイシャとしての人生がはじまった。







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