04・腹を割って話しましょう
フリーリアが安全かつ平穏に過ごすための有効な手段である南との和議。
それをする、とにっこりと笑ってやれば、
「ちょっと待て、フリーリア。いくらフリーリア領が自治領区だといっても、鉱山を南に渡すなんて国王が、いや、国民が許さないだろ? それに、南にメリットが少ない」
テオが焦って止めてきた。
「誰がウチの鉱山あげるって言った? 南の国土内にあるのよ、アイサヴィーの手付かずの鉱山。多分、南も知らないと思う。南は、自国の鉱山が廃鉱になりかけてるから次の鉱山が欲しいと言った。なら、ソレをわたしが提供する。ウチの鉱山二つ分なら、南にとっても悪い話じゃないでしょう? ね、ジニム」
「それは、そうですが・・・」
「フリーリア、無謀すぎる。相手が誠意を見せるとは限らない。第一、誰が南との交渉に行く?」
「わたし」
「「ダメだ(です)!!」」
即答かよっ
「1人で行くわけじゃないわよ。ジニムを連れて行く。ジニム、お国では高い身分だったんでしょう? 地位も指揮官だったみたいだし、ジニムが一緒なら南も対応しやすいでしょう?」
昨日、今日のジニムの立ち振る舞いで、高家の生まれだと知れた。
ジニムがフリーリアを裏切ることはないから、私の身は安全だろう。
「ジニム、南でのオマエの身分は?」
最良の策を取り違える男じゃないと思っていたが、やはりテオは利口だ。
「現国王は私の実弟です」
「ジニム、王女様だったの?!」
「知らなかったのか!!」
―――うおうっ テオからの突っ込み・・・。
しかし、想定外だ。王族だとは思わなかった。それも、王の実姉。
上位貴族の令嬢ぐらいが丁度良いんだけど、王女様は勝手が違いすぎる。
1人でうんうん悩んでいたら、当の本人に助けられた。
「国王は、弟は私に逆らいません。フリーリア様が鉱山を提示してくださるなら、南は和議を受け入れましょう。国土を広げると言う欲は、南にはない」
南は大国だ。
今更、オーストリッチの荒野が広がる小国に興味は無いだろう事は頷ける。
「フリーリアの提示した条件で南が納得するなら和議はフリーリアの好きにすればいい。そのかわり、調印の場は南の国境砦。相手は、国王が務めること。護衛は2人しかつけないこと。こちらは、フリーリア領主である守り神と、ジニムと俺の三人。これに同意できないと南がいってきたら、この話は無しだ。いいな、フリーリア」
利口な男は好きだが、テオは嫌いだと思う。
「ジニム、使いをしてくれるか? 南の国王に、フリーリア領主が和議の申し入れをしたい、と。こちらが提示するのは貴国内のアイサヴィー鉱山。それで、フリーリア領主と和議を結んで欲しいと。調印場所と条件はさっきの通り。日時はそちらにお任せするが、3日以内に返答願うと」
ほらね。
やっぱり嫌いだ。
わざわざジニムに行かせる。
このままジニムが戻ってこなくても、テオは痛くもかゆくもないから。
―――でも、これが最良なのは確かだ。
「ごめんね、ジニム。行ってくれる?」
ここで南との和議が成立すれば、フリーリアの身の安全は保障される。
オーストリッチがこのまま北に敗戦しても、フリーリア領は南の援護を受けて自治領区の立場を貫ける。
最悪、独立自治区として、準国家を設立できる立場になるのだ。
「フリーリア様の仰せのままに」
「じゃあ、お願い。下手に砦に戻らず、このまま・・・」
国王側の人間にはまだ知られたくない。幸い、ここには私たち3人しか居ない。
「承知しております。知られぬよう、このまま山を越えて南へ入ります。フリーリア様、明後日には戻ってまいります。その間、御身お気をつけください」
「えぇ。ジニムも、気をつけてね」
必ず戻って来いとは、言えない。
そのまま駆けて行くジニムを見送って、テオを見る。
「ねぇ、テオ。一体何を考えているの?」
そして、問う。
「フリーリアと同じことか?」
いつもの調子で返される。
「世界平和?」
「考えてないだろ、そんなこと」
「失礼ね、考えてるわよ。わたしの世界が平和でありますようにって」
言葉遊びに興じてみる。
腹の探り合いは得意だ。
「なるほど。じゃあ、やっぱり俺の考えてることと一緒だ」
「あら、考えてナイんでしょ」
今、そう言ったじゃない、と笑ってやる。
「テオの、望みはなぁに?」
欲の無いテオ。
王族にありながら、あっさりとソレを捨てたテオ。
母親の身分こそ低いが、テオの能力は二人の兄よりも高いのではないかと思う。
―――それなのに、自身が王位に就こうなんて考えてない。
「言っただろ。フリーリアと一緒さ。俺の望みは、俺の平和」
言葉遊びの延長にきこえるが、これは本音だと直感する。
―――面白い。権力よりも、自身の平穏を望むのね。
「じゃあ、お互いの平和のために、今後のことを少し相談しましょうか?」
敵に回したくはないが、味方につけても色々面倒な男だと思う。
―――それでも、私が平和にフリーリアとして過ごしていくのには役に立ってもらうわ。
別に、権力欲があるわけじゃないが、どうせなら平穏無事に過ごしたい。
自由の無い生活も、生き神様としてのかたっ苦しい生活もゴメンだから。
ただ望むのは、平和で平穏な日常。
―――それも、ヤエ様に御仕えするようになってから無縁の言葉になりつつあるけど。
「俺達の平和ね」
わたしの言葉に、にやりと笑うテオ。
どうやら、お互いの利害は一致したようだ。
「そう。わたし達の、平和。大切よね?」
にっこりと笑ってやる。
「ジニムのことも、和議のことも、ソレか?」
一応は疑問系だが、確認にすぎない問い。
「えぇ。テオの御父上がどうでるかわからなかったから、ね。まさか篭城されるなんて想定外だったけど。まぁ、保険はかけるに越したことないでしょう? ジニムの身分も王族とはね。予想では、上位貴族の娘だったんだけど・・・」
これが一番の誤算だった。まさか、王女殿下を騎士にするわけにはいかないだろう。
女神だ守り神だと言われていても、フリーリアはただの平民だ。
どうしたもんかと思うが、まぁ、なるようになるだろう。
「ジニムの、南の件は上手くいくだろ。それよりも国内のほうが問題だ。王都にまで北が入り込んでるって事は、落ちるのも時間の問題だろうな。そうなれば、国王の首どころかこの国が無くなる。どうするんだ?」
王の首がどうでもいいって発言は、聞かなかったことにしてあげるよ、テオ。
「どうもしないわ。そのための南との和議ですもの。北が王都を欲しがるなら、くれてやればいいのよ。王や王太子が戦をしようとわたしには関係ないわ。フリーリア領は自治領区ですもの。
幸か不幸か、周辺の村々は今は無人だし、領土を増やしてはいけないという規定も無いから、その無人村も取り込んでフリーリア領にするつもり。そこに、王都から北の民を受け入れる。そうすれば、北が手に入れるのは北の国境から王都までの荒野だけ。王都から南の国境までのフリーリア領の方が豊かで広いもの。何の問題も無いでしょう?」
「北にくれてやるのは、王都までの荒れた大地だけって事か。でもフリーリア、守りはどうする? 北は、このフリーリア領こそが望みだ。こっちに入ってくる北を、どう叩く?」
いま、それだけの兵力はここには無いと言う。
「だから、そのための南との和議よ。南が味方についた、と思わせればいいのよ。なんなら、守護兵だけ借りてもいいわ。ソレぐらいの条件提示できるぐらいのモノはまだ持ってるもの」
自国の兵が使えないにはわかっている。
国を捨てろという私に従う兵はいないだろう。
使えるのは、テオが率いる一隊だけだとみるべきだ。テオが言うように、それだけでは到底守りが足らない。
だから、何としてでも南と和議を結びたい。
南の国庫を提供する代わりに、兵を貸して欲しいのだ。それが、本音。
ジニムが王族なのも、きっと良い方に作用するだろうと思うことにする。
「全ては南の出方しだい、か?」
テオも反対しないのは、これが最善策だから。
「そう。ジニムが戻ってこなかったら、別の手を考えなきゃいけないわね」
ジニムが裏切ることは無いと思っているけど・・・。
「しかし、フリーリア。いつからそんなに利口になった?」
口調を変えずにいうテオ。
でも、その目はまったく笑っていない。
―――やっぱり、バレルよねぇ。
何も考えていなかったフリーリアと今のフリーリアでは、まったく違う。
「失礼ね、テオ。わたしは前から御利口さんなのよ?」
知らなかったの? と笑ってやる。
伊達に十数年ヤエ様にお仕えしてきたわけじゃない。
それに伴って半端じゃない人数の人生歩んできてるんだ。
―――面の皮は充分厚い!!
「まぁ、いいけど。前の女神様よりも今のフリーリアのほうが付き合いやすい。そろそろ戻ろう。ハラヘッタ」
まさか、中身が他人だとは思わないのだろう。(まぁ、当然だが。)
さっさと歩き出すテオに、私もお腹すいたし、と立ち上がって、
「あー!! 野イチゴ摘んでないー!!」
絶叫。
パイがっ ジャムがっ おやつがっっ
「うるさい、フリーリア。またこればいいだろう」
歩みを止めずにテオが言う。
えぇいっ 護衛が主を置いて行くなっ
「ていやっ」
手に持っていた籠を思いっきり投げつけてみる。
「どわぁっ フリーリア!! 危ないだろっっ」
何かを感じて振り返ったテオに、籠は難なく受け止められた。
―――チッ
「テオが摘んできてね」
文句を言うテオを置いて、砦へ戻った。