03・面倒事は回避します
「テオ。ジニムに騎士服を用意して欲しいの。あと、王都に向かって人と火薬が流れてる。今日中に王都に入るわよ」
朝食時、いつものようにテオと食事の席に着き、いつものように見えるものの話をする。
テオは、フリーリアに『いつもより多くある、モノと場所を教えて欲しい』と頼んでいた。
正しくフリーリアの力を使っているテオは、利口なのだろう。
私なら見返りを求めても良いぐらいの情報だと思うけど、むしろ求めるけど、見えることが普通のフリーリアは、何の見返りも求めずに見ていたようだ。毎日毎日求められるままに。
―――欲を持たないのが生き神様になるコツかしらね。
「ジニムの服は用意する。フリーリアの騎士として扱う。それよりも、だ。王都に流れている人数と量。どれぐらいだ?」
交渉の基本は、相手の欲しいものをチラつかせることだ。
ジニムの服と立場さえ確保できれば、テオの欲しがる情報をくれてやるぐらい何てことはない。
「100人ぐらいと、馬車3台。北側の混乱に乗じて入ったみたいね。もうすぐ王都。・・・王都も混乱中? これ以上王都に近づくと、わからなくなっちゃう。どうするの?」
人を見なくとも火薬を見ればいいのだろうが、物は使われてしまえば無くなってしまう。
特定できるわけでも、判別がつくわけでもないので、ソレだけを見続けることはできない。
便利なようで不便で、万能なようで無能な力だ。
「今から早馬を出したところで間に合わないだろ? 王都には国王初め王太子、第二王子もいるんだ。わざわざ俺が如何こうする必要もないだろ」
テオは、その生まれゆえか父や兄達に何の興味もないようだ。
―――殺したいと思っているわけじゃなくて、ただただ興味が無いだけなのが救いだろうな。
「ふうん? じゃあ、もう見ない。テオ、早くジニムの服。野いちごたくさん見つけたから、採りに行ってパイを焼くの。ね、ジニム」
「御意」
フリーリアは、気ままな一日を過ごしていた。
領主として領土を治めていたが、もとが鉱山地帯だったために仕事はそれほどなく、国に収める税などは従来の役人が変わらず担っていた。
フリーリアの一番の仕事は、守り神としてそこに存在し、豊穣の女神として人々にその恩恵を与えること。
ただ、そうしているだけでいい。
―――何もしなくてもいいのは苦痛だ・・・。と思わないのが生き神様として・・・(以下略)
「どこまで行くんだ?」
「第三鉱山の裏手。ジニムがいるから、他はいらない」
護衛の手配をしようとしたテオをとめる。
何のためにジニムを騎士にしたと思ってるんだ!! ゴツイ男は嫌なんだっっ とは、心の中に留めておく。
「わかった。ジニム、フリーリアを頼んだ。服は、目立たず動きやすいものを用意する」
部屋を出て行くテオを見送る。
人に任せず、自分で動くところは王族らしくないが、そこが人に好かれるところなのだろう。
「フリーリア様、あの者は一体?」
「テオ? マテオ・オールド・オーストリッチ。一応生まれは第三王子。だけど、今はただの騎士のテオ。このフリーリア領の兵達の隊長。たぶん、わたしの敵じゃないと思う男」
「この領内にフリーリア様の敵が?」
「いるから、テオ自らが付いてるんだと思う」
これは、直感。
テオ自身には欲も何もない。
だから、今は敵ではない。
一応、国王命令でフリーリアを守ってはいるが、テオ自身、国王に忠誠は誓っていない。
逆らう理由が無いから、従っているといった感じだろう。
味方につければ、とは思うけど、面倒事が増えそうなので出来れば遠慮したい。
「こらからは、私がお守りいたします」
「ありがとう、ジニム」
テオが用意したのは、アオザイとアラブ系の民族衣装を足して2で割ったような服だった。
貴人が好んで身につける衣装なので、並んで歩いていても目立たないだろう。
ちなみに、フリーリアは足首までの長い白色のワンピースに、上から膝丈ぐらいの鮮やかなチュニックを重ね、お尻が隠れるぐらいの白いカーディガンを羽織っている。
どうやら、この国の身分の高い女性の基本スタイルのようだ。
「――で、どーしてテオも一緒なのかしら? わたし、護衛はいらにって言わなかった?」
ジニムと同じような服を着たテオ。
フリーリアの記憶にはいつもの騎士服姿しかなかったから、これはこれで新鮮だ。が、そこは問題じゃない。
「いいだろう? 敵軍撤退で暇なんだ。砦にいりゃあ色々面倒だし、フリーリアの護衛って出てきてる手前、一緒に居ないと拙いんだ」
あの後、テオがジニムの服を持ってきたので、着替えるために寝室へ入った。
ジニムと二人、着替えて寝室を出れば、そこには自らも着替えたテオが待っていた。
一緒に連れ立って野イチゴ狩りに出たのだが・・・。
―――邪魔だぁっっ
「フリーリア、煩いこと言うなよ。ほれ、イチゴ採るんだろ?」
仕事しろよ、という文句が聞こえたらしいテオに籠を渡され、ジニムと奥へ入っていく。
テオは、入り口あたりで寝転んで、昼寝でもするらしい。
「ムカツク・・・。テオのサボりの口実に使われた・・・」
ぶつぶつ出る文句は仕方ない。
ゆっくりとこれからのことを考えようと思っていたのに、それもままならない。
チッと舌打ちしたい衝動を堪えて意識を野イチゴに向ける。
うん、美味しそうに熟している。パイを焼こう。ジャムを作ろう。
現実逃避には、お菓子作りが一番だ。
無心になれるし、腹も満たされる。用意した籠一杯に摘めば足りるだろう。
よし、と意識を野イチゴに戻したところで、大きな声の邪魔が入った。
「隊長ーーー!! 第二王子殿下戦死ーーー!!!」
大声で言うなよっっ と思いながらテオの居るほうへ戻る。
そこには、横になるテオと、3歩離れて佇む隊長補佐の姿。
フリーリアの姿に礼を取る補佐に会釈して、テオの隣に腰をおろす。
「で? 第二殿下がどうしたって?」
「はっ 王都進入軍の討伐に出られた第二王子殿下、戦死されたとの知らせが入りました。首は敵軍にあり、王都の守りは崩れているとのこと」
「国王と王太子は?」
「国王陛下は王城に篭城。王太子殿下は北の地へ出兵中とのこと。隊長、どうされますか?」
―――仮にも異母兄が死んだのに、その知らせを寝転んだまま聞くのはどうかと思うぞ・・・。
「王都からこの地へ入る全ての道に兵を向かわせて警備を強化しろ。東と西の侵入にも警戒しろ。まぁ、こっちは海だから見回りを強化する程度でいい。領内の民達には遠出をするなと伝えろ。子供たちは必ず大人と一緒に居るようにと。守り神からだと言っておけ」
「王都への援軍はよろしいのですか?」
「かまわん。むざむざ負けにいけるか。何か言ってきたら、アイサヴィーを捨てることになると脅しておけ」
言いたいことだけ言って、さっさと下がらせてしまうテオ。
―――反逆罪に問われても知らないぞ・・・。
「フリーリア、見れるか?」
「何を?」
「火薬」
・・・・・。チッ そうきたか。
「・・・王都に入ってる。量は変わってないと思う。人は少なくなってる。ねぇ、テオ。王城に人がいない」
はて。国王は篭城中じゃなかったか。
「一人も?」
「んー・・・。ん?? 20人ぐらい? 詳しくは遠すぎる」
もともと、1人1人の判別がつくわけじゃないのだ。細かいことはわからない。
「充分だ。こっちに流れる人は?」
「ない。この周辺はどこも無人のままだし、向かってくる人もいない」
「わかった。ジニム、南が攻めてくる確立は?」
「限りなく0に等しいだろう。指揮官を失って、まだ軍を立て直せないはずだ」
テオが何を考えてるかわからないが、フリーリアが安全に生きていくための次の一石を投じることにする。
「ジニム、南と和議を結べないかしら?」
「フリーリア様?」
「フリーリア?!」
ジニムのは純粋な疑問。テオのは、余計なことはするなって警告か?
―――まぁ、無視するけど。
「南が和議を受け入れてくれるなら、敵は北だけになる。南を気にしなくて済む分、北に集中できて合理的。それに、国土的に見ても国力的に見ても北を侵略したほうがいいでしょう?」
南は大国だ。その南を取り込むだけの力は、今のオーストリッチにはない。
それよりも、民族集合国家である北を侵略したほうが合理的であるのは間違いない。
「フリーリア、それは正論だが、問題だらけだ。まず、和議を結ぶ国王が篭城中。代理に成り得る王太子は進軍中。そして何より、南に和議を提示するだけの国庫の不足。今のオーストリッチに、それだけの余力は無い」
「誰が国王との和議だと言った? ねぇ、ジニム。南がオーストリッチに、フリーリア領に進軍したのは何で?」
「アイサヴィー鉱山を手にするためです。わが国のアイサヴィー鉱山は既に採石するアイサヴィーが無い」
「別に、国土が欲しいわけじゃないんでしょ?」
「はい」
「なら、簡単なことだわ。南との和議は、フリーリア領主が結ぶ。提示するのは、アイサヴィー鉱山と採石、加工技術でどうかしら?」
そう。別に“国”と“国”が和議を結ぶ必要はないのだ。
そもそも和議とは、お互いの利害の一致なのだから、南が求めるモノを用意でき、かつソレを提示できれば対個人であっても和議を結ぶことが出来るのが道理。
南が求めるのがアイサヴィー鉱山ならば、それを自由に使えるフリーリア領主が南相手に和議を結んでも、何ら問題は無い。
フリーリアが求めるのは、平穏な生活。
そのためには、この手段は有効だ。