01・今度は生き神様らしい
相変わらずの落下の衝撃。
それで、目的の肉体に入ったのだと知った。
―――さてさて。今回は一体どんな人生になることやら・・・。
今からの人生を歩む肉体の情報を引き出す。
フリーリア。16歳。女。
この国は、オーストリッチというらしい。
荒野が多く決して豊かとはいえないほど荒んでいる。
フリーリアは、鉱山のふもとの村で生まれ育った平民である。
父は採石場で働き、母は石の加工師をしていた。
特に美しいわけでもない平凡なフリーリアは、一つだけ人と違った才能を持っていた。
物の在る場所がわかるのだ。
はじめは、小さな物だった。
不思議だね、で終わっていた。
きっかけは、フリーリアが五歳の時。
村の水が涸れた。
もともと荒地だったのだ。不思議ではなかった。
次の場所を探そうと、水のある場所へ行こうと、そう村人たちが話しているのをフリーリアが聞いていた。
「お水、欲しいの?」
可愛がってくれている村の若者に聞けば、
「そうだよ。お水が無いと、生きていけないんだよ」
と、教えてくれた。
だから、フリーリアはその若者に教えたのだ。
「あのね、フリーリアのお家の隣に、いっぱいお水があるんだよ」と。
フリーリアの住居の隣は、加工師である母の作業場になっている。
若者は、そこに水が隠してあるのでは、と疑った。が、石の加工には水がいる。フリーリアは、そのことを言っているんだろうと思い直した。
「それは、お母さんがお仕事に使うお水だろう?」
「違うよ。そっちじゃない、隣」
反対側には、何も無かったはずだった。
伝わらないことに焦れたフリーリアは、若者の手を取って家に向かって走り出した。
「おみずー!!」
と叫びながら走るフリーリアに集まっていた村人たちも後に続く。
着いた先は、やはり何も無いフリーリアの家の隣。
「フリーリア、何もないよ?」
困った顔で言う若者に、フリーリアは首を振る。
「ここにあるもん。いっぱい、ある」
そう言って指すのは、地面。
「地下かい? ここを堀ると、地下水があるのかい?」
若者の言葉に、フリーリアはやっと伝わったことに嬉しそうに頷く。
「どうせ水がなきゃ移らないといけないんだ。フリーリアを信じて、掘ってみよう」
若者の言葉に、村人たちはフリーリアの指す場所を掘っていく。
若者の肩辺りまで掘った所で、土に水分が多く含まれだした。
若者の背丈ほど掘った所で、じんわりと水が滲み出した。
フリーリアの言う通り、そこには地下水があったのだ。
「フリーリア、ここの他にも、地下水はあるかい?」
フリーリアはただ、聞かれたことに答えただけ。
「うん。あと、ふたつある。川もある!」
フリーリアの言葉通りに掘れば、井戸ができ、川も流れた。
荒れた地に水が流れれば、そこは穣土となり、豊かになる。
住む所が豊かになれば、仕事の効率が良くなる。
仕事の効率が良くなれば、採石量が増加する。
採石量が増加すれば、加工量も増える。
加工量が増えれば、技術が上がる。
技術が上がれば、高値がつく。
こうして、フリーリアの村はだんだんと豊かになっていった。
フリーリアは、恵みをもたらす守り神、豊穣の女神と呼ばれるようになっていく。
フリーリア12歳の年、運命が動き出す。
アイサヴィー鉱山の発見。
フリーリアの母が、アイサヴィーの加工をしているときに漏らした一言が切欠だった。
「フリーリアを、このアイサヴィーで飾ってあげたい」
特別に美しいわけでもない娘だが、せめて守り神と、女神と呼ばれるに相応しい装いを、という母の親心だった。
「母様、その石が欲しいの?」
母が手にしていたアイザヴィーを見て、小首を傾げていった。
「それだったら、父様が居る鉱山の後ろの山にいっぱいあるわ」と。
フリーリアの言う通り、その山はアイサヴィー鉱山だった。
この貴石鉱山は、一つあれば二十年国家が潤うといわれるほどの財を産む。
そんな鉱山が、四つも発見されたのだ。
ますます人々はフリーリアを守り神と呼ぶようになる。
豊かになったフリーリアの村は、周囲の村人たちも移り住み、ますます栄えていく。
アイサヴィー鉱山も四つに増え、周辺は独自の統治領となっていった。
鉱山周辺の南部を、いつしかフリーリア領と呼ぶようになっていた。
フリーリア領発展とともに、王都から一人の騎士が衛兵と共に使わされる。
国境警備隊の総指揮官として赴任してきた騎士が、テオだった。
名を、マテオ・オールド・オーストリッチ。
オールド・オーストリッチの名を与えられ王宮で育ったが、王妃腹の正統な王太子である第一王子と、側室であるが有力貴族の娘である母を持つ第二王子がおり、側室にもなり得ない身分の侍女腹の、何の後ろ盾も無い名ばかりの第三王子として、王位継承権すら持たない身であった。
そんなマテオは、15歳になると騎士団へ入団する。
幼少の頃より剣術に優れ、12歳の頃には指南役すら負かせるほどの実力だった。
忘れられた存在であったことが幸いし、身分にとらわれることなく騎士団へ受け入れられたマテオは、めきめきと頭角をあらわす。
臣下へ下るのではなく一介の騎士にその身分を落とした。
このとき、オールド・オーストリッチの名を捨て、『テオ』という騎士としての人生を歩み始める。
このとき、テオ16歳、フリーリア13歳。
フリーリア領の領主であり、豊穣の女神、守り神として人々に崇められていたフリーリアとテオの接点は驚くほどなかった。
しかし、南の隣国がアイサヴィー鉱山を狙って進軍し、また、国土拡大の欲に駆られた国王の侵略軍が動き出したことで状況は一変する。
フリーリア領だけでなく、北の国境、果ては王都までが戦地になったのだ。
今まで隣国から見向きもされなかったオーストリッチは、一変して侵略の恐怖と戦うことになった。
アイサヴィーによって国庫が潤ってきたことから、国王は欲望のまま他国侵略を決めた。
侵略の恐怖に怯えるのではなく、こちらから攻撃することにしたのだ。
国土を広げるという欲に取り付かれた、国王の独断であった。
もともと荒野が国土の大部分を占めるオーストリッチ国は、自国の騎士を傭兵として他国に貸すことで国庫を賄ってきた。
荒れた地では農作物を作ることができず、男たちは兵士となって生活するしかなかったのだ。
そんな、所謂良質の傭兵国家であるオーストリッチは、攻め込んできた敵兵たちを散らしていった。
しかし、戦場と化した地は見るも無残な状態になっていく。
住む家を無くした民たち。家族を失った子供たち。
恐ろしい戦場から逃げる先は、戦の最前でありながらも豊かなフリーリア領だった。
難民と化した民たちを受け入れたのは、守り神フリーリア。
王都に逃げ惑う人々を見たフリーリアは、自身の領内に受け入れることを提案した。
それを承諾したのは、責任者のテオ。
難民と化した民たちをそのままにしておけば、敵国の奴隷となり、戦の妨げにもなる。
無駄に命を落とさせるよりも、最前ではあるが安全で豊かなフリーリア領に避難させる方が都合が良かった。
フリーリア領は、守り神のお陰で敵軍の進入には至っていなかった。見えるフリーリアは、敵軍がどこから攻め込んでくるかがわかるのだ。
どの方向から、どの武器を使うかが見える。
進軍状態が丸見えならば、事前に叩くことなどたやすい。
国境付近の小競り合いにしかならないフリーリア領は、難攻不落の神の地として認識されていた。
フリーリアが死んだのは、敵軍が手を引く直前のことだった。
守り神さえ居なくなれば、と考えた敵国の一人が、夜半にフリーリアの寝室に押し入った。
口を抑えられ、短剣を目の前に突きつけられても、フリーリアに恐怖は無かった。
「死ね」と短く発せられた言葉に、フリーリアは従う意思を見せた。
にっこりと笑って、頷いたのだ。
振り下ろされる、短剣。
刺さったのは、首の横。
飛び散るのは、真っ白な羽。
フリーリアに刺さるはずだった短剣は、フリーリアに傷一つ付けることはなかった。
―――しかし、フリーリアは自ら生きることを止めていた。「死ね」と言われたその瞬間から
今回は、ヤエ様がうっかり殺したわけじゃないらしい・・・。