13・結局はこんなオチ
明けて翌日。
早馬が返事を持って帰ってきた。
やはりというか何というかなその返事に、笑ってしまった。
「その国宝は王太子の独断で持ちだされた物だそうだ」
エイシャの手にあるのが国宝だと認めたうえで、全ての責任をギブロアに押し付けることに決めたらしいルードイ国王。
国宝ではあるが、王妃の証であるソレはエイシャの身分回復の証として持っていればいい、とされていた。
―――なーんか、違和感があるんだよなぁ。
書状のことも含めたギブロアの勝手な行いの謝罪と、エイシャに対する無礼な行いの謝罪。そして、諸々を加味してギブロアの継承権剥奪が記されていた。
こちらが望む前に先手を打ってきたルードイ国王のやり方は間違ってはいない。自国を守るためにはこの方法が最善だ。
しかし。
「ミジャンの事といい今回のギブロアの事といい、対応に矛盾が多すぎますね。もしや、内乱の兆しが?」
そうなのだ。ミジャンの起こしたアレも、今回のギブロアも、ルードイ側からの対応はおかしいのだ。早い対応はいいのだが、早すぎる。こちらの望む以上の処罰はいいのだが、矛盾する。
喉に小骨が刺さったような、何とも言えない違和感が払拭できない。ここで一気に仕掛けては、こちらの足元を掬われそうな、そんな違和感が付きまとう。
「現王家は、前王の弟の血筋。同父同母の兄弟だった前王と現王。昔から仲は悪く、王位継承は荒れた・・・?」
エイシャの記憶をひっぱりだして、ぶつぶつと――――ん?
引っかかる違和感。そもそもの根本がおかしい気がする。
Q:何で、エイシャはココに居るんだ?
A:父王に人質として送られたから。
Q:何でエイシャは生きている?
A:イーガル国王が慈悲をかけたから。
いや、おかしいだろう。エイシャがココ、イーガルに居るのは人質として送られたからで間違いはない。では、何でエイシャが送られた?
エイシャの父王には、何人もの子供が居た。エイシャは第一王女であったが、上には三人も兄が居たのだ。普通であれば、その兄を送り込むはず。後ろ盾の無い名ばかりの第一王女より、少しでも地位のある王子の方が人質には適しているのだ。
それに、どうしてエイシャが生かされている?
イーガル国王――御父様に慈悲をかけられたのは確かだろう。しかし、残ることはなかったのだ。帰国させれば後の憂いも無くなる。なのに、どうしてそうしなかった?
「なぜ、わたくしはココに居るのですか?」
考え込んだエイシャを見つめる二人にポツリと漏らす。
別に、答えを求めたわけでは無かったが・・・。
「現ルードイ王が、打診したらしい」
「あぁ、そうでしたね。生母も後ろ盾も余計な柵も無いから、処刑するのはしのびない、とか」
たった一人でやってきたエイシャを、母上も可愛がっていましたしねぇ、と続く言葉に絶句する。
―――初めからエイシャを殺す気はなかった?
生母も既に亡くなってはいた。後ろ盾も皆無だった。親族も無く、余計なしがらみも無かった。全て事実であるが、それでもおかしい。血は、引いているのだ。最悪、エイシャが王位奪還する可能性もある。それを、しのびない、だけで生きながらえさせるとは思えない。
これが解決すれば、荒事にしなくても良いような予感がする。ただの感だが。
「ジダンさま、叔父上に、ルードイ国王にお会いしたいのですが」
確認は必須。考えていても答えが出ないのなら、直接聞きに行けばいい。
幸い、ルードイには正式に招待されている。今回のこともあるし、書状でのやり取りよりは直接見えた方が早い。
「正式な使者としてのお使いでも良いのですか?」
それならばスグにでも手配が出来る、というザット王子。
「今回の件に関して、全ての権限を父上に頂いた。エイシャが望むならば一緒に行こう」
婚姻を目前に控えた今、問題は早々に片付けたとジダン王子が言う。
こちらとしても、ソレは同じ。
「我儘を申します」
ふんわりと微笑んで、我儘を押し通すことにした。
趣味の良い調度品に囲まれたこの部屋で、待つ事数分。
通されたのは、以外にも応接室だった。
―――謁見の間では無く、応接室、ねぇ。
ルードイ国の王宮、その、応接室。
正式な使者として訪れたジダン王子とエイシャを通すには、些かおかしい場所。
それでも、文句を言う事無く従ったのは王宮の雰囲気にあった。
王太子の地位にあったギブロアが廃されたというのに、王宮の中は少しも慌ただしくは無かったのだ。
普通であれば、僅かにも混乱は残るはず。それがまったく無いという事は、ギブロアは廃されて当然だったと思われていたという事。次代の選定も、既に終わっているのだろう。
ミジャンとギブロア以外に、第一王女と第二、第三王子が居るハズ。第一王女は既に臣下に嫁しており王家から抜けている。第二王子は軍属に、第三王子はまだ幼い。次代として順当にいけば第二王子が王太子となるのだが、そのような発表はまだされていない。
「エイシャ、よく来たね。覚えているかい?」
穏やかに微笑むルードイ国王。その顔には何の裏も見当たらず、ただただ慈愛に満ちた表情でエイシャを見ている。
「お久しぶりです、伯父上様。幼き頃に数度、遊んでいただきましたわ」
御懐かしい、とふんわりと微笑んで返事をすれば、ルードイ国王はますます表情を柔らかくした。
―――さて、一体どういうことだろうね。
非公式の会談、という扱いでもない。
ただ、旧知の親友との個人的な会談――いや、会話という雰囲気に戸惑いを隠せない。
エイシャの叔父でもある現ルードイ国王は、エイシャの正面のソファに腰かけ、その顔に裏の無い微笑みをたたえている。
まだエイシャがルードイの第一王女であったころ、この叔父は王宮に来るたびにエイシャを構っていた。父親よりも父親らしかったこの叔父の記憶は、まだ幼かったエイシャの中にもきちんと残っている。
「わざわざ、ここまで来させて悪かったね。ミジャンの事も、ギブロアの事も、エイシャには迷惑ばかりをかけた」
すまない、と言いながら躊躇う事無く頭を下げるルードイ国王。
「その事で、少々お伺いしたいことがございます。ここでお伺いしても?」
その様子に、口を開いたのはジダン王子。
もともと、交渉はジダン王子が行う事になっていた。
「勿論です、ジダン殿下。――しかし、その前に少々昔話をさせていただいても?」
決して、無駄な話ではないので。と言うルードイ国王に、ジダン王子は静かに頷いた。
「ありがとうございます。さて、エイシャ。君の母上の事を話そうか――」
そうして、静かに語られる昔話。
それに耳を傾けながら、脳内では情報整理に努める。エイシャとしての感情はただの情報にすぎず、鈴である私には何の意味も無い。
―――だから、気付けたか・・・。
己の感情に流される事無く、この昔話をただの情報として処理できたからからこそ気付けた事実。
事実を事実として、それ以上でもそれ以下でもなく判断して、導き出した答え。それに笑ってしまう。
淡々と語られる昔話の中に見出した答えは、とても単純で。とても簡単で。悩んでいたのが馬鹿らしくなる。
エイシャの母は、身分の低い貴族の娘だった。
王宮で侍女として働いていた時、国王の目に留まってお手付きとなったのだ。
既に王妃の他に数人の側室を囲っていた国王の、その中で一番身分の低かったエイシャの母。迎えられた後宮でも肩身の狭い思いをし、あの戦争の前に儚くなった。
そんなエイシャの母を憂いていたのは、目の前のルードイ国王。優秀な王弟を警戒していた当時の王宮は、その相手を下級貴族の出であるエイシャの母にさせていたのだ。
だんだんと近づくお互いの距離。すでに妻を娶っていたが、真剣に囲う事も考えていた。疎まれているとはいえ王弟であったため、愛人を囲う事を黙認されていたのだ。
しかし、それは叶わなかった。二人の仲を知ったエイシャの父によって、奪われてしまったのだ。国王の中の罪の意識。自分が思いを寄せなければ、もっと早くに決断していれば、そんな後悔。
―――要するに、手に入らなかった思い人の忘れ形見、ってことか。
馬鹿馬鹿しい、と思いながらも顔には出さず。
エイシャが生きているのも、エイシャの母とエイシャを重ねたが故の判断。
愛してもいない妻の産んだ可愛くない我が子より、愛しても手に入らなかった女の産んだ他人の子の方が大切だった、という事。
「では、次代にはわたくしを据えてくださるのですね」
長いようで短かった昔話の終わり。そう声に出して確認したエイシャに、ジダン王子は軽く驚いたようだった。
「それ以外は認められない」
それが決定であると淀みなく答えるルードイ国王。
「しかし、わたくしがこの国の王にはなれません。ルードイ国はイーガル国王妃の受領地、王妃統治とさせていただきます」
こうして、その証も頂きましたし、と見せるのは国宝の首飾り。
「国では無く領地へと格下げか。まぁ、それが最善だろう」
好きにすればいい、と言うルードイ国王に、ふんわりと微笑んで。
「ありがとうございます、お父様」
望まれていた呼び名で呼んでみた。
―――さて、これで問題は片付いたかな。