10・有効活用は基本です
夜会から数日。
ギブロアという嵐が去り、平穏な日常を送るエイシャの元に、第二の嵐が直撃した。
「サンマ公爵から、ですか?」
テラスに誂えられたお茶の席。
向かいに腰掛ける御母様の言葉に、イヤな予感がした。
「えぇ。ご息女の事で、エイシャに不快な思いをさせてしまったから、と」
夜会での不用意な発言がきっかけで、王子たちの不興を買った公爵令嬢。
その父親であるサンマ公爵から、エイシャに贈り物が届いたという。
―――わけがわからん・・・。
なぜ、王妃経由で届くのか。
なぜ、エイシャ宛なのか。
なぜ、公爵からなのか。
理解ができないモノは、受け取らないに限るのだが・・・。
「見事な首飾りよ」
目の前に差し出される箱。
中には、見事なトパーズの首飾り。
ちらりと御母様の首元を確認すれば、似たデザインの首飾りが輝いていた。
―――んーー??
「御母様の首飾りと、お揃いですか?」
まさか、と思いつつも確認。
偶然かもしれないし!!
「そうよ。一緒に頂いたの」
見事でしょう? とおっしゃる御母様。
これで、受け取らない、という選択肢が消えたわけですが。
できることなら、受け取りたくない。
モンの凄く、イヤな予感が・・・。
だって、ねぇ・・・。
「確か、ルードイの特産品がトパーズでしたね・・・」
ほら、イヤな予感しかしない。
「サンマ公爵から?」
「はい。御母様とお揃いです」
「トパーズ、ですか。これはまた見事なモノですね」
「輸入品、だな。我が国の加工じゃない」
「あの人は、また勝手な・・・」
夕食後の一時。
今日、御母様から渡された首飾りをジダン王子とザット王子に見せている。
あのまま断るよりも、有効な使い道を思いついたのだ。
「丁度良い機会ですし、公爵には引退していただきましょうか」
にっこりと笑うザット王子に。
「サンマ家自体を潰そう」
目障りなあの女も居なくなる、と言うジダン王子。
大それた悪事はしない小者だが、それでもその身は王族に近しい身。
何事か問題になる前に、潰してしまうのが吉。
それを大義名分に、エイシャを目の敵にしていた公爵とその娘を廃してしまうのが目的。
家名ばかりの無能者など、必要ない。
口に出して直接は言わないが、考えていることなど同じだろう。
「それは構いませんが、どうしますか?」
ジダン王子の言葉に、ザット王子の了承。
仮にも公爵なのだが、まぁこの二人には関係ないのだろう。
具体的にどうするか、と問うザット王子は楽しそうだ。
「どうせなら、ルードイの次期国王にも立場を理解していただきましょう?」
せっかく良い物が手に入ったのだ。まさか、サンマ公爵だけで終わらせるなんて勿体無い事はしないでしょう? と。
にっこり笑ってけしかける。
「エイシャならばどうする?」
せっかくの材料を、無駄なく使いきるために。
エイシャならばどううするかと、ジダン王子はおかしげに言う。
ギブロアの一件から、どうやらエイシャに対する認識が変わったらしい二人。
今まではただ猫可愛がりしていたが、最近ではこうして意見を求められることも増えたように思う。
―――まぁ、私にしたら良い事だけど。
二人が今のエイシャをどう見ているのかは不明だが、良い傾向なのは間違いない。
今後の生活のためにも、お人形からの脱却は必要だ。
なので、問いにはキッチリ答えておく。
「サンマ公爵がどの程度ルードイと繋がっているか、の確認が先決でしょうか」
サンマ公爵が、ギブロア――ルードイ国王太子――と個人的に繋がっているだけならまだ良い。国同士の問題ではなく、個人間の問題として事を秘密裏に処理することができる。
最悪なのは、サンマ公爵とルードイ国――この場合、ルードイ国王――も繋がっていた場合だ。もしそうであれば、こちらは表だってサンマ公爵を糾弾しなければならなくなる。ルードイにも謀反の疑い有りとして、兵を向ける必要も出てくる。
できれば、それは避けたい。
「そうですね・・・。これは、サンマ公爵自ら母上に?」
その確認をする前に、色々と情報を集めなければならない。王子たちがどれほどの情報を持っているかはわからないが、まったく可能性が無いというわけではなさそうだ。
「はい。御母様はそのように。でも、ザットさま。正規の輸入品の可能性は?」
隣国であり属国の商品だ。正規の輸入ルートを辿った商品である可能性もあるだろう、と問えば。
「それはないな。ここまでの品だ。一般では無いだろう」
首飾りを眺めながらのジダン王子の言葉。
「オーダー・・・。あぁ」
販売ではなくとも、オーダーならば、と聞こうとして。イーガル国の輸入品規制を思い出した。
イーガルでは、国が全ての輸入品を一括で管理しているのだ。
例えば、A国の商人が自国の特産品をイーガルで販売しようとすれば、その商品の販売許可をイーガルから貰わなくてはならない。そのためには、実物を申請機関に提出するのだ。それがイーガルに不利益をもたらさないか等を検査され、問題な師と判断されてからやっと販売許可がおりる。その許可が下りるまで、平均1ヶ月。一度許可されればその商品はどの商人にも販売することは出来るが、価格は厳しく規制される。
そのため、滅多な物はイーガル国内で販売されることはない。また、価格規制がはいるため買い手の付きづらい、他国の高価な商品を扱う商人など居ないのだ。
その最たる物は装飾品で、他国の技術を取り入れた自国の装飾は売られているが、わざわざ完成品を輸入するような酔狂な商人は居ない。誰が、売れるかどうかもわからない商品に許可申請などという手間をかけるものか。
オーダーであっても事は同じだ。他国の商品をオーダーで作ったとして、それが自身の手に入るかは不明なのだ。作りました、輸出しました、輸入できませんでした、では丸損だ。
だから、この首飾りは正規の輸入品ではない可能性のほうが高いわけだ。
念のために申請機関に問い合わせても、そのような申請は受けていない、との返事が返ってくるだろう。
「正規では無いからこそ、これは良い証拠だ」
ニヤリ、と。
エイシャには向ける事のない笑みを浮かべるジダン王子。
サンマ公爵とルードイの繋がりを示すには、これ以上の証拠は無いだろう。
「堂々と母上に献上など・・・。私達も嘗められたものですね」
ニッコリ、と。
こちらもエイシャには向けることのない、壮絶な笑みを浮かべるザット王子。
まさか、これが正規の品ではないと気付かれないとでも思ったのか。
この国の王子二人は、そんな無能ではない。
「追求されない自信があったか、本当に疚しくないのか?」
どちらでしょう? と小首を傾げて。
小者と称されるサンマ公爵の行動を問えば。
「そこまでの頭などないだろう?」
「自分がどれだけの事をしているか、理解すらしていないのだと思いますよ」
異口同音の返事。
あぁ、そこまで使えないのか・・・とは口には出しませんが。
「一体、何と取引したのでしょう?」
それよりも、気になるのはコレだ。
サンマ公爵が本当にギブロア―――ルードイと繋がっていたとして、一体何を交換条件に望んだのか。
反対に、ルードイは何を望んでサンマ公爵と繋がりを持ったのか。
―――主国の無能な小者と属国の王太子、ね・・・。
相手がサンマ公爵の時点で、この取引が対等の条件ではないことが知れる。
サンマ公爵では、たとえギブロア個人が相手でも対等に渡り合うことなど出来ないだろう。提示する条件すら相手に流されている可能性もある。
もしかしたら、サンマ公爵が一方的に騙されている可能性すらあるのだ。
「・・・エイシャは、ルードイが欲しいか?」
ジダン王子も最悪の事態は考えていたのだろう。むしろ、その可能性の方が高いと思っているのかもしれない。
ルードイが欲しいか、とは、そういう意味だろう。
「いりません。わたくしが生きていくのは、このイーガルですわ」
ここでエイシャが欲しい、と言えば、ジダン王子もザット王子も容赦なくルードイを征服するだろう。もともとが属国の立場だ。大がかりな戦争をするまでもなくそれは叶う。
だが、もしそうであったとしても、ルードイはいらない。
エイシャはルードイに何の感情も持っていないし、私も厄介事はゴメンだ。
「エイシャ・・・」
そんな本音を隠して告げた台詞は、ジダン王子のお気に召したようで。
力一杯抱きしめられた。