09・いい加減にしてください
ぼんやりと見上げる天井。
月明かりも入らない暗闇の中、不思議と恐怖は感じない。
寝具の中で寝返りを打って、訪れない眠気にため息をこぼす。
―――ギブロア、ねぇ・・・
公爵令嬢の一件もあり、予定よりも早くお開きになった夜会。出席していた公爵にきっちり釘(というよりは、杭?)を刺し、ザット王子が笑顔で令嬢の監禁を要請(というよりは、命令?)していた。これで、あのご令嬢がザット王子の婚約者候補に上がることはなくなったわけだ。うん、よかった。
どうやら、ミジャンの一件は機密事項となっていたらしい。(まぁ、当たり前だが)
知っているのは、国の中枢。ごく一部の人間のみ。ルードイとしても、大々的に言い触らしたいことではないだろう。
本来ならば、わざわざイーガル側に報告する必要もないことなのだ。ただ、ミジャンが死んだ、と伝えるだけで事足りる。
それを、わざわざ真相をギブロアが報告した。疑惑の残る書状。それを、渡すときに。まるで、世間話でもするかのように言われたという。
国の存続のため、ルードイはミジャンを殺すことを決定した。監禁では生ぬるい、との判断をルードイ国王は下したのだと言う。
だが、イーガルが許したミジャンを大々的に殺すことは出来ず、一度監禁した。その後、監禁生活に気が触れたミジャンは自殺―――エイシャがギブロアから聞いた通りの筋書きだ。
―――なぜ、真実を言う必要があった?
エイシャを望んでいるというギブロア。何としてでも自国に引き入れたいだろう。
それには、真実を話す方がリスクが多くなると思うのだが・・・。
―――考えても仕方ない、か。
答えの出ない思考を打ち切って、今後の対策を考える。
いくらギブロアが望んでも、ジダン王子はエイシャを離しはしないだろう。
ジダン王子の庇護下に居れば、エイシャの安全は確保されている。
明日、ギブロアは帰国する予定だと言っていた。滞在の延長を申し出ても、許可が下りることはない。
警備も増やされ、エイシャが浚われる危険も無い。このままギブロアが帰国すれば、今後関わることも無いだろう。
―――部屋に閉じこもってるか。
幸い、明日以降の予定は無い。
国政に携わっている訳ではないので、引きこもっていても何の支障もないのだ。むしろ、推奨されるだろう。
そう思いながら、昨夜は目を閉じたのだが・・・。
目の前には秀麗な顔に笑みを浮かべるギブロア。
一切の邪気は無く、しかし、欲望を隠しもせず。
エイシャを望んでいるのだと、その瞳が語る。
「ジダンさまが、御断りしたはずですわ」
今更、エイシャに身分は必要ではないと。
ただ、エイシャであればいいと。
そう言っていたジダン王子。
そこに、何の裏も無かった。
「エイシャの心は?」
それでもギブロアは言い募る。
「わたくしも同じです。ルードイ国が、わたくしの祖国だったことはただの一度もありません」
両親の愛情を知らず、幼いころに人質としてイーガルに渡ったエイシャ。
皮肉なことに、人質であるイーガル国での生活の方が幸せだった。
そんなエイシャが、今更ルードイに戻りたいと思うはずも無い。
「だったら、ただ、遊びにこれば良い」
祖国として、戻るのではなく。
ただ、遊びにこればいいと。
そう言うギブロアに、溜息を吐く。
―――ウザイ・・・
引かないギブロア。
どうやっても、ルードイにエイシャを連れて行きたいらしい。
一歩ルードイに入ってしまえば、どうなるか解らない。
そんな危険なこと、するハズは無い。
「ジダンさまと、一緒でしたら」
何にも気づかないフリをして、ふんわりと微笑んで。
遊びに行くのならば、ジダン王子と一緒に行くと。
そんな言葉で逃げをうつ。
あからさまにピシリと固まったギブロアの笑顔が面白い。
「ジダン殿下と?」
「はい、ジダンさまと」
「エイシャは、ジダン殿下との結婚を望んでいるのかい?」
「もちろんですわ。わたくし、ずっとジダンさまをお慕いしておりましたの」
恥ずかしい、と言いながらもふんわりと微笑んで。
これ以上の発言を牽制する。
多分、そろそろ・・・
と思って扉を見れば、タイミングよく聞こえる足音。
いつもは聞こえないソレは、いかに急いでいるかを物語っている。
思わず口角の上がるエイシャとは反対に、舌打ちするギブロア。
―――王子が舌打ちするなよ・・・
「エイシャ!!」
ばあぁんっと扉を開けて、鬼の形相で入ってくるジダン王子にびくぅっと身をすくませ。
そろりと視線を外してみる。
「・・・ルードイの王太子殿。ここで、何をされているのか伺っても?」
地を這うようなジダン王子の声に、しかしギブロアは飄々と返す。
「エイシャのご機嫌伺いですよ。他意はありません」
軽く両手を上げて、あくまでも軽く言うギブロア。
「それはそれは、お心遣い感謝いたします」
ギブロアを睨みつけながら、エイシャをそっとその身で隠す。
「帰国前に挨拶を、と思いまして」
それだけじゃ無いだろう!! というツッコミは我慢して。
貝のように口を閉ざす。
ここは、外交用の応接室。
昨夜の予定通り、エイシャは部屋での引きこもりを決行していた。
ジダン王子もザット王子も快く承諾くださり、過保護な侍女たちに見張られながらも私室から一歩も出なかったのだ。
ジダン王子もザット王子も、帰国の挨拶に訪れる招待客の対応に追われているこの時間。狙ったかのように公爵の来訪を告げられた。昨夜の令嬢の父親である、御父様の従兄弟君だ。
「許可を得ている、と公爵におっしゃったとか」
どうやって公爵を案内役に付けたのかと思ったら、そんなことを言ったのか。
「えぇ。昨夜、お許しくださったではないですか」
にっこりと。
さっきみたいな邪気のない笑顔をジダン王子に向けるギブロア。
ジダン王子がそんなこと許可するとは思えないが・・・?
「・・・確かに、後日のご機嫌伺い、はお受けします、と言いました」
しかしそれは、エイシャ一人に対してのモノではなく。
また、昨日の今日の話ではない。
―――詐欺のような手口だな・・・
一国の王太子のやる事とは到底思えないソレに、ジダン王子すら二の句が継げれない。
わざわざ公爵を巻き込んで、エイシャに帰国の挨拶に来たギブロア。ジダン王子やザット王子が対応しているにも関わらず、ここまで連れてきた公爵にこそ問題があるのだが・・・。
まぁ、公爵にエイシャが嫌われているのは昔からみたいなので、今は気にしない事にして。
問題はギブロアの方だ。
「ジダンさま、ルードイに招待していただきましたの。落ち着いたら、連れていってくださいませ」
先ほどの話を湾曲させてジダン王子に報告して。
今度はこっちから反撃を試みる。
「エイシャ?!」
ギブロアの慌てた声は無視をして。
「一度ぐらい見てみるのもいいだろう、と言ってくださいましたの」
だから、一緒に遊びに行きましょう? と、隣に腰掛けたジダン王子の腕に抱きつき、おねだりする。
普段は決してしないエイシャの行動に、ジダン王子は軽く目を見張り。
しかし、すぐにこちらの意図を理解して話を合わせてくれる。
「そうか。では、婚儀が終わって少ししたら、お言葉に甘えさせていただこうか」
婚儀前は色々と忙しいからね、とエイシャの髪を梳きながら甘い声で言うジダン王子。
時期を提示した上で来訪の承諾をジダン王子がしたのだ。これで、ギブロアはこれ以上エイシャのみを誘うことは出来なくなった。
ギブロアの思惑は別にして、ルードイ側にしたらエイシャ単身よりも、ジダン王子が一緒の方が良いに決まっている。王太子であるギブロアは、自国の不利益になることは出来ないのだ。
―――まぁ、それを狙ってやったわけですが。
ジダン王子にぴったりとくっついて、時折うっとりと見つめて、頬を淡く染めてみせれば。
腰を抱いて密着して、愛おしげに髪を梳く、ジダン王子の甘い顔。
エイシャもジダン王子が好きなのだと、トドメでも刺しておこうかな、と狙ってやっていることだが、見せつけられた方は胸焼けモノだろう。
「ルードイ国王に、その旨お伝えください」
婚儀が済めば、エイシャとルードイに外遊に行くと。
ルードイの王太子に、国王への言付けを頼み。
「では、ギブロアさま。道中、お気を付けくださいませ」
形式ばった見送りの言葉を残し、応接室を後にした。