二章三話風紀委員長
綾香と話をしたその放課後……
剣二と綾香はグラウンドで待っていた。
剣二は準備運動なのか剣を適当に飛ばしている。
綾香はそんな剣二の様子を眺めていた。
そこへ達也がやってきた。
「すみません。お待たせしました。あれ?泉堂さんどうしたの?」
彼は剣二の傍らに自分の部下がいることに気が付き声をかける。
「こんにちは。東堂先輩。剣二から話を聞いて見学に来ちゃいました」
そう言って綾香はここにいる理由を説明する。
「なるほど。仲がいいんですね」
二人を交互に見ながら達也は笑みを浮かべた。
「あ、いや、その……」
「すいません。早速ご指導お願いしてよろしいでしょうか?」
彼の言葉に赤くなる綾香を尻目に剣二は変わらぬ表情で達也に尋ねた。
「その前に八神君の剣の腕を知りたいから一度、剣で一勝負しようと思うんだけど。いいかな?」
「それは構いませんが……」
彼の問いに剣二はそう答えると剣の一本を掴みとり、それを両手で持つと達也の方に向けて構える。
「では」
達也の方も自身の右手を腰に刺した刀へと伸ばして構える。
その途端剣二が動いた。狙うは達也の左肩。
力の乗った一撃は、しかし、達也に刀によって別の方向に逸らされてしまう。
僅かに態勢が崩れる。
その隙を逃さず達也が横の一線を放つ。
何とか避けることができたらが予想以上に速い一撃はその剣先を剣二の目前まで迫らせる。
そしてその攻撃を避けた直後、達也がさらに新たな攻撃を放ってくる。
今度はその一撃を剣で防ぐ。
実際に受けてみて彼の攻撃が速さだけでなく重さも兼ねている事を実感し、このまま守りに入るのは不味いと判断する。
故に剣二は達也の腹目がけて蹴りを繰り出した。
「おっと」
この攻撃を達也は後ろに下がる事で避ける。
そのまま剣二は相手に接近して剣を振り下ろす。
だが、後から動いたはずの達也の刀がそれより先に剣二に迫ってくる。
攻撃を中断して剣の柄で達也の刀を防ぐことができたのはたまたまだった。
そのまま相手の攻撃の勢いを利用して距離を取る。
しかし、達也はそれにあっさり追いついてしまう。
そして達也は剣二に向けて剣戟を繰り出す。
その猛攻を前に剣二は守りに徹するが結局、持ちこたえられるはずもなく防御が崩れた瞬間に放たれた突きをモロに食らい剣二はそのまま気を失ってしまった。
「ん……」
「あ、気がついた」
傍で綾香の声が聞こえてくる。体の感触から自分の体が今横になっているのがわかる。頭の後ろから柔らかい感触を感じるという事は頭が何かの上に乗っているのだろう。
何故、そうなったのかを思い出そうしながら剣二は目を開けた。すると、目の前に横向きの綾香の顔があった。
「……」
予想外の事態に内心驚きつつも状況把握のために視線を左右に巡らす。
その結果、自分が綾香に膝枕されている事がわかった。
慌てて飛び起きる。
「大丈夫?」
一方、綾香は膝枕をしていた事等気にもせず剣二の容態を気にしていた。
ここに至りようやく剣二は自分が達也との剣の勝負に敗れたことを思い出す。
「東堂先輩は?」
辺りを見回すが彼の姿はない。
「私達の飲み物を買いに行ってる」
剣二が起き上がったため綾香も立ち上がる。
「それで大丈夫なの?」
「ああ、東堂先輩もしっかり手加減してくれてたみたいだからな。もう痛みはない」
そう言って突きをもらった部分をさする。
「気がついたみたいだね」
丁度そこへ達也が缶ジュースを持ってやってきた。
差し出された缶ジュースを受け取った二人は蓋を開けてジュースを飲む。
「それでどうですか?」
一息ついたところで剣二は話を切り出す。
「やっぱり、剣に関しては無駄が多いかな」
サラリと達也は剣二の評価を口にする。
「そうですか」
その評価を事実として剣二は受け入れる。
「動ける?」
「大丈夫です」
体調を尋ねる達也に剣二は立ち上がって答える。
「それじゃあ悪いけど始めようか」
「お願いします」
「まずは前にも言ったけど剣を振るときは腕だけじゃなくて体全体を使う感じ。まずはそれを体で覚えるという事から始めてもらうよ」
「はい」
「じゃあ、まずお手本を見せるね」
そう言うと達也が剣二の前に出た。
両手で日本刀を握る。
次の瞬間、日本刀は振り抜かれその余波で生まれた小さな風が二人を間を通り抜けた。
何とか剣二は目で追うことができたがそれでもかなり速い振り抜きの速度だった。
「今回だと手首、肘、肩、背中、腰を動かす感じだね」
そう説明をしながら達也はゆっくりと先程の動作を再現して見せる。
「じゃあ、やってみて」
「はい」
彼に促され剣二は前に出ると剣を両手で持ちまずは構えを作る。
そして先程の達也と同じ動作を行った、つもりだったのだが……
「なんていうか……全然違うね」
「……言うな」
綾香の指摘したとおり剣二の動きは達也とは似ても似つかぬ動きだった。
「ほら、何度でもやる」
達也に促され剣二はその後、何度も同じ動作を繰り返した。
一回一回動作をするたびに何がおかしいのかを考え、一つ一つ試し修正していく。
過去、いろいろな事でやってきた事だ。慣れたものだ。
そうして動きを直していくたびに剣二の動作は達也が見せた動作に近づいていく。
そんな変化を間近で目撃する事になった綾香と達也は感嘆の声を漏らす。
「これは……」
「動きが似てきている……」
思わず漏れてきたそんな声。
しかし動作の修正に集中している剣二の耳には届かない。
ひたすら作業に集中する。
腕の力加減、体のバランス、各部の力入れるタイミング、各部の力抜くタイミング、達也と剣二では体が違うため最適な動作は僅かに違う。
その事を頭に入れてもっともベストな部分にもっていく。
結果、達也程ではないが剣二の動作はかなり良くなった。
「いやはやすごいとしか言い様がないよ」
納得出来る動作ができて意識を体から現在に戻した時、傍らの達也からそんな感想が聞こえてきた。
「そうですか?」
いつも通りの作業をしていただけの剣二には何がすごいのかわからず疑問を返す。
「後はこの動作を体で覚えるだけです」
「それは明日にしよう。もうこんな時間だし……」
言われ周囲を見ると確かに夕日が沈みかけていた。
作業に集中していて気がつかなかったがかなりの時間が経過していたようだ。
「それじゃあ、最後に風紀委員について説明するからそれが終わったら解散しよう」
達也の言葉に剣二は首を縦に振って了承した。
「風紀委員は知っての通り、校則違反の生徒を取り締まる組織。基本的に学園内外の見回りが主な仕事かな」
「学園外でも見回りをしているんですか?」
意外な説明に剣二は驚く。
「そりゃそうだよ。一番危惧すべきは危険なアーティファクトの力が一般市民に向けられることだからね。特に入学したてなんかは自分が強くなったと勘違いして暴走する人がいない訳じゃないから……」
そう苦笑して達也は話を続ける。
「そんな事になったら住民から文句を言われるのは学園だからね。そうでなくてもアーティファクトの力は危険だと主張する人達もいるから……」
「そうですね」
アーティファクトを危険視しそんな物を育成のためとは言え未熟な子供達に使わせるなんて危険だと主張する人達は少なくない。
実際、そういうトラブルは起こっており警察沙汰になることもある。
とはいえそれは予想されていた数値よりも小さい。
そういう意味ではしっかり対策が取られている現状は評価すべきなのだ。
「話が逸れたね。他にも先の外回りの件もあって近くの警察や自治体と連携を取ることもあるね。例えば小学生の通学路の見張りとか」
「学園外の治安活動に協力する事もあるということですか」
「そういう事だね。まあ簡単なものばかりだけど」
確認のための剣二の問いに達也は答える。
他にもいろいろな説明があったがそれらも終わると三人は風紀委員が利用している本部へと移動した。
「それじゃあ、これが届け出なんだけど記入してくれないかな」
「わかりました」
そう言って差し出された用紙を受け取ると剣二はスラスラと内容を記入をしていく。
「これでいいですか?」
「うん。大丈夫かな」
達也は剣二が記入した用紙に目を通して問題ないことを確認すると視線を剣二へと戻す。
「後は生徒会にこれを提出して承認されれば晴れて風紀委員だね。進展は練習の時に報告するね」
「わかりました」
「それじゃあ、今日はこれで終わり。お疲れ様」
「ありがとうございました」
「お疲れ様でした。東堂先輩」
そう別れの挨拶をすると剣二と綾香は部屋から出て行った。
「もうすぐ剣二も風紀委員だね。楽しみになってきちゃった」
帰り道、先に口を開いたのは綾香だった。
「喜ぶのはせめて承認をもらってからじゃないのか?」
嬉しそうに言う綾香に剣二はそう指摘をする。
途端に綾香は頬を膨らませて抗議の視線を剣二に向ける。
「剣二ってドライだよね」
「自覚はある」
その視線を無視しつつ剣二は言葉を返す。
「そういえば……今、気になったんだけどどうして剣術を教えてもらおうと思ったの?」
「単純に強くなるためだけど?」
何を聞いてるんだ?という様な顔で剣二が綾香を見る。
「まあ、そうなんだろうけど……なんていうか……剣二、焦ってない?」
核心に触れられ一瞬、鼓動が跳ね上がる感覚を感じたが幸い顔には出なかった。
「気のせいだろう」
そのまま何も無いという表情で答える。
「そっか」
確証がないのか綾香もその一言で納得してしまう。
その事に安堵しつつ剣二は彼女の鋭さに驚いた。
達也から生徒会からの承認をもらったと聞かされたのは翌日の放課後だった。
正式な配属は来週の月曜日。そこで他の風紀委員に紹介するとの事だ。
一緒になって聞いていた綾香はさも自分の事のように喜んだ。
剣二はわかりました、とだけ答えた。
そしてその月曜日の放課後……
「という訳で今日付けで風紀委員に入った八神剣二君です」
達也と一緒に風紀委員の本部に入ってきた剣二だが先に入っていた他の風紀委員の驚いた表情を見て自分がここにいる事がどれだけ特殊なことなのか嫌でも自覚させられていた。
ただ一人、綾香だけは嬉しそうな表情でこちらを見ているがあれは例外だと考える。
「この時期に?と考えるかもしれませんが彼の実力は皆さんも御存知だと思いますので反対意見は特にないと考えてます」
剣二がそんな事を考えている間にも達也は話を続けている。
やれやれと思いつつもやるからにはしっかりやらないとと考えて剣二は気持ちを切り替える。
「それじゃあ、八神君。自己紹介を」
「はい」
そう答えて剣二は周囲を見渡す。
「八神剣二です。こんな時期での風紀委員入りですがやるからには精一杯やらせていただきます。よろしくお願いします」
そう言って剣二は頭を下げた。
少しの間、沈黙が部屋を包む。
しかし、その沈黙を破るように誰かが拍手を始め、それを皮切りに次々と拍手が生まれて最後には部屋中に拍手の音が溢れ出した。
ちなみに最初の拍手が誰かは音のした方角で剣二は予想がついている。
「それじゃあ、八神君は泉堂さんの隣が空いているからそこに座って」
「わかりました」
頭を上げると達也がそう言って空いている席を指さした。
それに従って剣二は席に向かい座る。
「よろしくね。剣二」
「ああ、よろしく」
顔馴染みの人間だがとりあえず挨拶を交わした。
「それじゃあ、定例会を始めます。まずは見回りのシフトの話ですが八神君の加入で彼の面倒を見てもらう必要があるわけですが……」
「はーい、それ私がやります」
元気な声で綾香が名乗りを上げた。
皆が彼女を見る中、何となくこうなるんじゃないかと予想していた剣二は他人事の様に別の方向を向いている。
「まあ、同じクラスだし結構仲がいいみたいだからそれが妥当かな」
達也が苦笑しつつそう言った事で剣二の担当は綾香に決まった。
「それじゃあ、次に……」
そうして定例会は滞り無く進んでいった。
「以上です。それでは解散します」
副委員長の号令と共に頭下げると定例会は終了となった。
この後はいつもの練習だ。
綾香はまた来るのだろうか、とそんな事を考えていたせいか剣二はそれに気がつくのに遅れた。
突如として他の風紀委員が剣二を取り囲む。
突然の事に剣二は驚く。
剣二を取り囲む彼らの目は好奇に溢れており、次の瞬間はそれは言葉となって放たれた。
「よろしくね。私……」
「俺は……」
「ちょっと皆、落ち着き……」
「すごい強いって噂だ……」
皆が一斉に口を開き口々に何かを言っているようだが剣二は聖徳太子ではないので彼らが何を言っているのかわかるわけがない。
どうしたものかと考えていると手のひらを叩く音が部屋中に響いてきた。
音の主を見るとそれは達也だった。
「ほらほら、それじゃあ八神君だって困るでしょ。とりあえず今回は自己紹介だけにしておいて」
それで皆納得したようだ。一斉に頷いた後彼らは次々と剣二に自己紹介をしていくのだった。
「ご苦労様。どうだった?風紀委員に入った感想は?」
「実際に何かをした訳じゃないからまだ特には……」
自己紹介が終わり、グラウンドに出た三人。ちなみに三人目は当然綾香の事だ。
達也の問いに剣二は少し考えるそぶりをみせて答える。
「剣二は歓迎されて何も思わなかったって事?」
「歓迎と風紀委員に入った感想は別だろう……」
綾香の疑問に剣二は己の考えを返す。
「八神君はそういう考え方をするんですか」
「それより今日も以前の反復練習ですか?」
このままでは雑談で余計な時間を食ってしまうと考えた剣二は話を戻すべくそう尋ねる事にした。
「いえ、別の動作を見せますので以前のように覚えてもらいます」
「わかりました」
そうして練習が始まった……