二章一話襲撃者
それは綾香が襲われた事件がかなり経ったある日だった。
それはマンションの郵便受けに入っていた。
手紙。ただし差出人はおろか「千堂剣二様」としか書かれていないその手紙は明らかに他の手紙よりも異様だった。
何よりも現在名乗っている八神剣二ではなく公に隠している本名の方を書いている辺りがその異様さに拍車を掛ける。
周囲を警戒しながら剣二は自分の部屋へと戻る。
部屋に戻るとすぐさま手紙を開けてみる。
内容を読んでみると自分の会いたいという内容の手紙だった。
現在16時。手紙の約束は17時で会う場所はここから1時間ほど掛かる。かなりギリギリの時間だ。
こちらに考える時間を与えない。これが意図的なら罠の可能性も十分考えられる。行かないほうが懸命だろう。
しかし、剣二はあえて行くことにした。例え罠であるならその理由は一年前の事件の関係すると考えたからだ。
念のため総一に手紙の事と会いに行くこと、時間と場所をメールで送っておく。電話で連絡しなかったのは反対されるのが分かりきっていたからだ。時間がない以上無駄に取られる訳にはいかない。
そうして準備を終えると剣二は指定された場所へと急ぐのだった。
指定された場所は公園だった。
行ってみるとそこには人影が立っている。
その人物は全身、黒のフードを被っていた。
そのためフードの下がどういう姿をしているのか知ることはできなかった。
「あんたがあの手紙の主か?」
周囲を警戒しつつ剣二は相手に尋ねる。
すると相手はこちらの方に振り返る。しかし紡いだのは先程の質問の答えではなかった。
「ターゲットを確認。これよりターゲットを排除します」
その言葉と同時に走りだすフードの人物。一方の剣二の方も予想してただけあってすぐさま反応。
手に持っていたアタッシュケースを放り投げる。
既にロックは外してある。後は意思を送って動かすだけだ。
そしてアタッシュケースから8本の剣が飛び出し、うち6本が相手に向かって飛翔する。
甲高い音、無論相手を貫いた音ではない。
剣がフードの人物の数メートル手前に出現した氷の壁によって阻まれた音だ。
すぐさま別の意思を送り氷の壁を避けて再びフードの人物の元へ向かわせる。しかし、再び氷の壁が剣の進行を妨げる。
――純粋に氷を作る効果補助型のアーティファクトか?
新たな意思を送りながらそう考える。
今のところ相手は氷の壁を使ってこちらの剣の進行を妨害しつつこちらに近づいてきている。
恐らく氷の壁で剣の妨害をしつつ近づいて武器でこちらを屠るつもりなのだろう。
念のため残りの剣を引き寄せ握っておく。
待ち構えているように見せかけてギリギリまで引きつけ一気に近づいて決める。
それが今剣二の考えているシナリオだった。
だが、何故だろうか。自分の感が警告を告げている。
そうしている間にも相手は近づいてくる。そして、相手が間合いに入った瞬間、剣二は動いた。
前に進む。と見せかけて右手に持っていた剣を投じたのだ。
しかしその直後、眼前で巨大な氷が生まれ投じた剣がその中に閉じ込められてしまった。
反射的に距離を取る剣二。もし今、自分が前進していたらあの氷に閉じ込められていたのは自分だっただろう。
その事に戦慄しつつも相手からは目を離さない。
と、肌に微かな寒気を感じる。迷わず飛び込むようにその場から離れるとその途端、先程自分がいた場所に先刻と同じ巨大な氷が生まれていた。
しかし、安心する暇を相手は与えない。再び相手はこちらを捉えるべく氷を次々と生み出していく。
相手の氷に閉じ込められないように動きつつ剣に意思を送る。
横方向からでは氷の壁に阻まれる。故に上方向からの攻撃に切り替える。相手の真上から2本の剣を落とすように放つ。
だが、この手を読まれていたのか相手は剣を見ずに避けてしまう。すぐさま新たな意思を送ってその剣を動かすが1本が間に合わず氷に捕らわれる。
それに動揺することなく次の攻撃を始める。今度は少し斜めの軌道で3方向からタイミングをずらしての攻撃を仕掛ける。
相手はこれを的確に回避しては剣を氷に捉えていく。しかし、それはこちらの想定内。相手が目的の場所へ誘導できたところで相手の足元に潜ませた剣に意思を送る。
潜んでいた剣は送られた意思に従い相手の腿目がけて飛んでいく。
剣は相手の腿を貫く。それを確認してすかさず残り1本の剣を止めにと放つ。
別に殺すつもりはない。気を失わせるだけだ。相手は腿を貫かれた痛みで動けないはずだ。この攻撃は当たる。
しかし、そう思われた攻撃はあっさりと避けられ氷に包まれてしまった。
その事に剣二は愕然とする。腿への攻撃は間違いなく貫かれている。にも関わらず相手に痛がっている様子がないのはフードを被っていてもその動きからわかる。
――こいつ……痛みを感じていないのか?
驚きの表情で相手を見つめる剣二。
そこへ相手が接近のために走りです。剣は未だに腿に刺さったままだ。
ともかく剣を回収するべく腿に刺さった剣を動かそうとするが剣は動く様子がない。
どういう事だ?と相手の方をよく見ると相手の腿を貫いた剣が貫いた部分ごと凍らされていたのだ。
これでは剣を動かすことはできない。そうなると残るのは左手に持っている剣のみ。
さすがに状況が不味いと判断した剣二は残り1本の剣に乗って空からの離脱を試みる。
しかしその直後、剣二の真上に日陰が生まれる。
見上げるとそこには巨大な氷の姿があった。
驚きで一瞬思考が停止する。それが致命的だった。
生み出された巨大な氷は重力に従い落下を開始する。真下にいる剣二を巻き込んで……
巻き込まれた剣二は剣から落ちそのままアスファルトに叩きつけられる。
「ぐっ!?」
背中を打ち付け息と共に声が吐き出される。
そこに相手が追い打ちをかけるべく駆け寄ってくる。
相手が右腕を伸ばすとそこに氷が生えて剣の形を成す。
氷の剣を右腕に装着した相手はこちらへとその腕を振り下ろす。
転がるようにしてその攻撃を避けるがそこへ予期していたかのように氷の剣の降り注ぐ。
寸前のところで呼び戻した剣でそれらを防ぐがそれでも数が多すぎたため対処には限界があった。
致命傷になりそうな氷こそ防いだが逆に言えばそれ以外の部分には大小様々な傷を作ってしまう。
そこに例の寒気が来る。すぐさま動き氷に捕まる事から逃れると再び相手がこちらに接近してくる姿が目に入った。
反撃するべく逆に近づいて斬りかかるが相手はその攻撃を避け今度は回し蹴りを放ってきた。
これを身を仰け反らせる事で躱したつもりの剣二だったが直後、その靴裏に氷が生み出されリーチを伸びる。
幸い額を軽く切られるだけで済んだがこのままでは追い詰められるのも時間の問題だ。
――この場から何とか逃れる方法はないか?
逃げるように後ろへと飛びながら周囲に視線を向ける。
しかしこれといった妙案は思い浮かばない。
そこへ相手が近づいてくる。相変わらずフードで相手の顔は見えない。
と、そこで剣二はある事を思いつき、自身も相手に接近する。
先に仕掛けたのは相手の方。右腕の氷の剣を振り下ろす。
恐らく後ろに下がったところで剣のリーチを伸ばされるだけなのでこれを横に避ける。
そして再びに近づいて横の一線をみまう。
相手は氷の剣で防ごうとする。しかし剣二の姿勢は既に振り抜いた後の恰好なのに剣に当たった手応えがない。
相手は疑問に思ったのだろう。一瞬動きが止まる。それがチャンスだった。すかさず剣二は相手のフードへと手を伸ばす。
そしてフードを掴むとそのままフードを下へと引き降ろす。彼の腕に引かれて相手の姿を隠していたフードが逆に相手の視界を奪う。
急いでフードを引き上げようとする相手。そこへ最後の剣が相手の右足を貫通し相手の足を地面に縫い付ける。
さすがに相手もこれには慌てたようだ。急いで剣を引き抜こうとするがフードで視界が奪われたままでは剣を巧く掴めない。
最も巧く掴めたとしても剣二のアーティファクトの力で引き抜くのは難しいだろう。
本当ならここで止めを刺しておきたい所だが残念ながら手札は全て使ってしまっている。
そのまま剣二は逃走を試みる。
こうして剣の操作範囲外まで逃げた頃には、剣二は急いで現場に向かっていた総一達と合流することができた。
「全く何を考えてるんだ?」
夜、剣二の部屋では呆れた声を上げながら総一が剣二を見下ろしていた。
「逃げられたからよかったものの下手したら死んでたかもしれないんだぞ!!」
そう言って正座をしている剣二を叱りつけるがこの展開を予想していた剣二としては特に怯えることでもなかった。
「すみません」
ただ一言謝罪の言葉を口にする。
「全く……」
ため息混じりに総一はそうこぼす。
「まあまあ、久瀬さんも落ち着きなさいって……」
そこへ第三者が声が響いていくる。
二人が声のする方を見てみるとそこには年配の女性の姿があった。
「冴子さん」
小野冴子。剣二が最後にお世話になった先生だ。実を言えば記憶回復のために剣二に学園を生活をさせる案を提示したのも彼女だ。そのためか病院生活を終えて日常生活に戻る際にもいろいろと手助けしてもらい今も此の様に時たま顔を見せに来る。今回もマンションに戻ってきた一同の前に偶然現したのだった。
剣二としても自分の正体を知っているので気楽に話せる数少ない相手だ。
その冴子が3つのマグカップをお盆に乗せてこちらにやってくる。
ちなみに総一が連れてきた他の人達は外の車で待機中で呼び出せばいつでもすぐに駆けつけられる状態になっている。
「でも、私だって久瀬さんと同じ気持ちだよ。そこんとこ忘れないでよ?」
「はい」
ウインクをしながらそう告げる彼女に剣二は答える。
「それじゃあ、お叱りの時間は終了。ほら、コーヒーでも飲んで別の話をしようじゃないか」
彼女はお盆をテーブルに乗せるとそう言って手を叩く。
それで総一も怒りを収めたらしい。マグカップをとってコーヒーを飲み始めた。
剣二も正座をといて立ち上がりお盆に乗ったマグカップを手に取る。
「それで相手に心当たりは?」
コーヒーを飲みながら冴子は剣二に尋ねてくる。
剣二はコーヒーを一口飲むと次のように答えた。
「ない。だから1年前の事件に関することだと予想したんですけど……」
「ふむ。なるほど」
総一の方を見る剣二に彼は相づちを打つ。そしてテーブルに置かれた手紙を見つめる。
「これが件の手紙か。少し預からせてもらう」
「どうぞ」
恐らく犯人の痕跡がないか調べるつもりなのだろう。
そう考えてふと、剣二は気になることを思い出した。
「現場の方はどうでした?」
「穴とかなら見つかったそうだが残念ながら氷はおろかお前さんの剣すら現場にはなかったそうだ」
両手を上げてそういう総一に溜息で答え、再びコーヒーを飲む。
「楠先輩に頼んで新しい剣を作ってもらわないといけないな」
「それどころじゃないだろう」
剣二の独り言に深刻な声で総一が口をはさむ。
「どういうことですか?」
尋ねてはいるが既にその言葉の意味を理解してしまっているため自然と相手を刺すような視線になってしまう。
「わかってるだろう。今回の相手は不味い。この間のチンピラとは訳が違う。相手はわからんが向こうはお前さんを殺すために専門の刺客を放ってきたんだ」
この間のチンピラとは綾香を襲った男の事を指しているのだろう。確かに今回の相手はあいつ以上の実力を持っている。
「君は強い部類だろうけどそれはその年齢ではという話だ。強い奴が相手なら君でも厳しいだろう。どの道我々が許さん。君には記憶を回復してもらう必要がある以上死んでもらうわけにはいかない」
「だから、今回の計画を中断してまた以前と同じような生活を続けるということですか?」
「正確には病院ではなくどこかの住処になると思うがまあ大方そうなるだろうな」
「拒否します」
迷わず拒否の言葉を口にする。
意外な事に総一は剣二の反応を予想していなかったようで驚いた顔でこちらを見ている。
「何も一生とは言わん。向こうの正体さえ掴めれば……」
「そういう問題じゃありません!!」
怒りに似たような感情を言葉に混ぜた言い放つ。
「俺はここを離れる気がないと言ってるんです」
そう口にした途端、急に恥ずかしくなり顔を赤くしてしまう。
「あそこが気に入ったのか?」
その反応を見て総一は笑みを浮かべて質問をする。気のせいか冴子も同じように笑みを浮かべている気がする。
「まあ、そうでし」
視線合わせないようにしつつそう答える。すると総一は笑い声を上げる。思わずむっとして彼を睨みつけるが彼は止めない。やがて笑い声を収めると彼は次のように言ってきた。
「まあ、どの道すぐに移動という訳にはいかん。当面は護衛という形で落ち着くだろうな。移動するかどうかはその経過しだいだが俺もできるだけお前さん側に回ってやるよ」
「護衛ですか?」
彼の答えよりも護衛の言葉に剣二は食いつく。
護衛を付けるという意味は理解できる。いつ襲ってくるかわからない相手なのだから常に自分を守る存在が必要になるだろう。しかし、正体を隠している自分に表向き護衛を付けるわけにはいかないはずだが……
「まあ、とりあえず学園の警備員にうちの人間を混ぜる。できれば教師や生徒の方にも送り込みたいところだな。無論登下校は目立たないようにさり気無く付かせてもらうぞ」
「しかし、教師はともかく生徒はさすがにどうすることもできないんじゃ……」
心配というか単なる感想を口にした一言だが彼は事もなげに言葉を返す。
「ん?安心しろ。うちにはお前さんと同年代の人間も一応いるから……」
「え?いるんですか?」
予想外の言葉に剣二は驚く。
「おお、だから心配するな。まあ誰が来るかは向こうの都合もあるがな」
こちらが驚いたのがうれしいのだろう。ニヤけた顔でこちらに告げる総一は楽しそうな声で告げる。
「とりあえずは警備員の方はすぐ取り掛かる。一応、このマンション内にも見張り用の部屋も確保することになるだろうから何かあったらそっちに逃げこんでくれ」
「わかりました」
そうして帰るために立ち上がる総一。それを見送るために剣二も同じく立ち上がる。
「帰るのかい?」
「そういう冴子さんはまだ居座る気ですかい?」
意外という顔で総一は彼女に尋ねる。
「今日は私が料理を振舞うつもりだったからね」
そう答えて彼女は台所の方を見る。台所には彼女が買ってきた材料がキッチンの上に所狭しと置かれていた。
「なるほど、私も興味ありますが残念ながら今晩中にいろいろとやっておかないといけないので……」
残念そうな声でそう言うと総一は部屋から出て行った。その後複数の足音が遠ざかるのが聞こえてきた。
二人はそれを見送り足音が聞こえなくなるとどちらともなくふぅと息を吐く。
「それで怪我は大丈夫なのか?」
雰囲気を変えるためか冴子がそう聞いてきた。
「幸い浅い傷ばかりなので学校で気づかれることはないと思います」
そう言って額にできた浅い切り傷をさする。
「別にそういうつもりで聞いたわけじゃないんだけど……」
苦笑ともいえる表情を見せて笑う冴子。
「わかってます」
僅かばかりの笑みを冴子に見せる剣二。
「まあ。さっきの話に関しては専門家に任せて私は大人しくすることにするよ」
「さすがに精神科の冴子さんじゃどうしようもないと思いますが……」
そう彼女の役割は剣二の記憶回復。血生臭い話は彼女の領分ではない。彼女が先程の話を聞くことができたのは単に今回の計画に提案者だからだろう。
「そうだな。だからこそ精神的な方面で何かあるなら言ってくれ。手助けしてやる」
「ありがとうございます」
素直にお礼を言う剣二。何というかこういう人なのだ。諦めたようで諦めきれずその分自分の領域で取り戻そうとする。切り替えが早いようで実はこだわっている。それが小野冴子なのだ。
「例えば……そう、恋の悩みとか?」
「えっと……冴子さん?」
突然空気が変わるのを剣二は感じた。見ると冴子がゆっくりとこちらに迫ってくる。
思わず体が彼女から遠ざかろうとする。
「な~ん~で~に~げ~る~か~な~?」
そう言って冴子は剣二を部屋の角に追い込んでいく。
「実際のところ、学園生活はどうなのよ?」
「別に普通ですよ」
すぐさま答えるが向こうの雰囲気に押されて若干焦りがちな声になってしまう。
「じゃあ、何を焦ってるのかな?」
「そんな風に迫られたら誰だって焦ります!!」
怒鳴るように言い返すが彼女は怯まない。
「さあ、学校の事。吐いてもらおうか」
この後、剣二が抵抗してしばらくの間、部屋が騒がしくなるのだがそれは閑話休題である……
まずはすいません。
ハードディスクが壊れたのかWindowsが動かなくなりました。
幸い小説はGoogleの方なので影響はなかったのですが
新しくOS買ったりハードディスクを買ったり2章の話の筋を書きなおしたりで中々投稿出来ませんでした。
これからは以前と同じペースになるよう頑張ります。