一章六話憤怒
先に仕掛けたのは剣二だった。
相手が動くより早く相手の真上に配置していた残り3本の剣を男の元へ落としてきたのだ。
真上の剣に気づいた男は急ぎアーティファクトの効果でそこから離れる。
そこへ新たな剣を放つ。狙いは男が避けた先。
姿を現す男の元に剣が迫る。咄嗟に短剣でそれを弾く。だが、それで剣二の攻撃は止まる事はない。
既に避けられた3本のうちの1本を男の元へ飛ばしている。さらにこちらからも2本目の剣を放つ。
その2本が短剣で弾いた直後の男に襲いかかる。
安定しない体勢のまま男は自身のアーティファクトの効果を使い己を無理やり飛ばして剣を避ける。
しかし、相手を逃がさないとばかりに剣二は落とした3本のうちの残り2本の剣で彼を追撃する。
1本を回避しもう1本を短剣で弾く。だがそこへ先程弾いた剣が飛翔してくる。
そうして止まぬ攻撃が続く。
男は避ける、弾く、アーティファクトの効果を用いて剣二の攻撃に対処するが彼の攻撃が止む気配はない。
そうこうしている間に男の体に傷が刻まれる。
それは男のちょっとしたミスで生まれた小さな傷。
だが、小さくても傷は傷。
小さな傷が原因でさらに小さなミスが生まれ新たな小さな傷が作り出される。
「……クソがっ!!」
攻撃の牢屋から抜け出すことができず男は悪態をつく。
そんな様子を剣二は離れた場所で眺めている。
その表情に怒りも蔑みもない。ただ、無表情で防戦一方の男を見つめていた。
「このガキ……スカしてんじゃねぇよ!!」
剣二の表情に腹を立てたのか男は彼に向かって吠える。
「別にスカしているつもりはない……」
男の言葉に剣二はあえて答える。
「それがスカしてるって言ってんだよ!!」
剣二の挑発にまんまとのせられた相手が大きな声で叫ぶがそこへ剣が襲いかかる。剣二に気を取られていた相手はその剣に対処しきれず新たな傷を作る。
「あんたのアーティファクトの欠点はいくつかある」
そんな様子を見つめながら剣二は話を始める。
「まず、一度効果を使うと次に効果を使うまでほんの僅かだが時間が必要な事。ほんの僅かとはいえ隙は隙だ」
そこへ2本の剣が別方向から男に迫る。アーティファクトの効果を使い男はそこから脱出する。
しかし、先回りしていた別の剣が男が襲いかかる。アーティファクトの効果による移動で足はブレーキに使っており避けることができない。仕方無しに短剣で弾くが今度は挟みこむ形で2本の剣が襲いかかる。
「2つ目は一度の効果で形成できる場が1つである事。2箇所からの攻撃を防ぐことはできないため自身を飛ばして避けるしかない……」
その説明通り、男は自身のアーティファクトの効果で己の身を無理やり飛ばす。だがやはりというべきかそこには別の剣が先回していた。
「クソゥ」
悔しそうな表情を浮かべ男はそれを見つめていた。
綾香はその様子を剣二の後ろを見ていた。
「……すごい」
戦況は終始剣二が圧倒している。
最初から相手のアーティファクトの効果を知っていたことやアーティファクト同士の相性などもあるがそれでもここまで一方的に押している事に彼女は驚きを禁じえなかった。
剣二の表情を伺う。相変わらずの無表情で戦いに集中している。
その様子に先程、本当に怒りの言葉を述べた人物なのか?と彼の言葉を聞いた彼女自身でさえ疑いたくなるほどだ。
しかし、彼は間違いなく自分のために怒ってくれた。
その時の言葉を思い出すと少しだけうれしい気持ちが込み上げてくる。
まだ危機を完全に脱していない状況だというのに彼女はそんな事を考えていた。
そんな時だった。
「なんてな!!」
その叫び声と共に男が反撃に転じた。
反撃の始まりは男がナイフを空いている手に握ったところからだった。
それで迫ってくる剣を弾く。
さらに反対の手で握ったナイフでその直後に襲ってくる2本の剣のうち1本に対処する。残り1本は体を動かして避ける。
後の2本はアーティファクトの効果を使うことを予想してか既に予想した移動先へ動いている。つまり、今この瞬間攻撃は来ない。
そして男はアーティファクトの効果を使い残り3本の剣を動かす前に男は剣二に接近する。
そのまま速度を乗せたナイフの突き放つ。通常の人間では見ることのできない速度で放たれる攻撃に対処する術はない。そのはずだった……
しかし、音が見たのは白刃取りで男のナイフを止めた剣二の姿だった。
あっさり攻撃を止められ男は動揺する。そこへ残していた3本のうち2本が背後から男に迫る。
反射的にナイフを手放しアーティファクトの効果で横へと避ける。
外れた剣はそのまま剣二の元へ飛んでいくと剣二の腰の辺りで停止。その剣を剣二は左右の手でそれぞれ掴む。
それを見ていた男の元へ3本目の剣が襲いかかる。これを短剣で弾く男。その男の元へ剣二が駆ける。
接近する剣二に男は驚く。意志操作型の使い手が接近戦を仕掛けるなどさすがに想像していなかったのだろう。若干反応が遅れる。
接近した剣二は右の一閃を放つ。
これを避けた男はアーティファクトの効果を使って短剣を振り下ろす。
金属音。その一撃を予想して動かしていた左手の剣が男の短剣の攻撃を防ぐ。
そこへ新たな剣が男に向かって襲いかかる。それを己の足で避けるとさらに新たな剣。
その剣をアーティファクトの効果で弾く。だが攻撃は止まずさらに剣二自身が右の剣を水平に薙ぐ。
この攻撃を短剣で防…ごうとするがどういう訳か腕が動かない。何故だ?と反射的に腕の方に視線を向ける。
するとそこにはいつの間に近づいたのか別の剣が短剣の動きを妨害するように立ちふさがっていた。
予想外の出来事に男の思考が停止する。ゆえに今剣二の一撃を防ぐ手立てはなく、彼の攻撃は男に大きな傷を与えることになった。
「がはっ」
剣二の攻撃を受け男は吐血する。しかし剣二は止まること無く続けざまに左の剣を振り上げる。
アーティファクトの効果で斬り上げの軌道を変更する事で対処した男の元へ新たな剣が襲いかかる。
すぐさまバックステップで新たな剣から逃れようとする。しかし、その瞬間、背中から別の剣の一撃を見舞われる。
痛みで動きが止まったところへ先程の剣が男の腕に傷を作る。幸い短剣を持つ腕とは反対の腕だったので攻撃をするのに支障はない。
痛みを堪え剣二に加速された横一閃を放つ。しかし、既にそこに彼の姿はなかった。
反射的に左右を見渡すがどちらにも彼の姿はない。
奴はどこに?と思った瞬間、右肩を斬られた。
見上げてみるとそこには剣に乗った剣二の姿があった。
そこへ背後、左右、真上の4箇所から剣が襲いかかる。
最早、逃げるしか無いと判断した男はアーティファクトの効果を使い最大速度で正面、剣二の真下から脱出する。
このまま全力で逃げ出せば剣二といえば追いつけるはずがない。男がそう確信した時だった。
突如、男の目の前の地面から何かが浮き上がってきた。それは剣二が隠していた8本目の剣だった。だがそれがわかっても男にはどうすることもできない。一度アーティファクトの効果で飛ばされた以上、簡単に止まることができないからだ。そのまま男は剣二の剣に腹を貫かれた。
「ああ、もう1つ言い忘れてた欠点があった。一度アーティファクトの効果に乗ってしまうと途中で止まることができない。今みたいに飛んだ後に目の前に何かが現れてもあんたにはどうする事もできないわけだ」
剣二が静かにそう告げるが男は既に気を失っており彼の話など聞いていなかった……
「あの人どうなったの?」
男から短剣を取り上げてからこちらに近づいてくる剣二に綾香は尋ねる。
「気を失ってるだけだ。助けに入る前に警察と救急車を呼んだからからそろそろ到着する頃だが……」
そう言っているとサイレンの音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
「来たみたいだな」
「みたいだね」
互いに顔を見合わせ笑みを浮かべる。
少ししてサイレンの音は彼らの近くで止まると複数の足音がこちらに近づいてきた。
「立てるか?」
「……何とか」
そう答えて綾香は立ち上がる。だが、ダメージから回復してないのかフラフラの状態だ。
見かねて剣二が肩を貸す。彼にもたれ掛かるように彼女は己の体重を彼に預けると二人はこちらに近づく足音の主達の元へ向かってと歩き出した。
そして剣二は今病室の前に立っていた。目の前の病室には綾香がベッドで横になっているはずだ。
あれから警察からはいろんな事を聞かれた。
綾香は襲われた理由等の動機面で、剣二は撃退方面で。
剣二の行いは正当防衛扱いとされたが警察からはやり過ぎだと注意された。
今思えば剣二もやり過ぎだったと思う。特に最後のあれは極めつけだ。
別に刺す必要はなかった。峰でも柄でも向けてればそれだけで相手は気を失っていただろう。
しかし、あの時の自分は冷静ではなかった。いや、状況の分析、把握といった部分では確かに冷静だったのだろう。
だが、感情の部分では冷静ではなかった。泉堂にひどい目に合わせた相手に対して激しい怒りを感じていた。
ふと、あの時の事を思い出す。
あの時、自分は何か大事なことを思い出していなかったか?
しかし、思い返してみてもあの時何を思い出したのか思い出せない。
それでも必死に思い出そうと記憶をなんども探ってみる。
その光景は傍からみると病室に入ろうかどうか悩む見舞い者に見えるのだろう。看護師や入院患者が奇妙な視線で剣二を見ていた。
「八神君。何してるの?」
その声で剣二はハッとする。見るとそこに入院服を着た綾香が立っていた。
「さっきまで先生と話してたの。それで戻ったら八神君がいたんだけど……」
「……」
自分が周囲にどう見えてたのか。それを考えて途端に剣二は恥ずかしくなった。
「えっと、とにかく入ろうか」
それに剣二は反対しなかった。
彼自身、周囲の視線に晒されない場所に行きたいと丁度思っていた所だった……
「怪我の具合はどうだって?」
「完治まで一ヶ月は掛かるって……」
そう言いながら彼女は自分のベッドに座る。
「学園には通えるのか?」
「様子をみるために三日間は病院で入院だけどそれからは問題ないって。顔の傷とかも深くないからすぐに消えるって」
「そうか」
それを聞いて剣二は安心した表情を浮かべる。
「ありがとうね。助けてくれて。でもどうしてわかったの?」
「ただの偶然だ。何となく寄り道をしたら戦いの音が聞こえてきたんだ」
「そうなんだ」
それっきり二人は黙ってしまい気まずい沈黙が流れてしまう。
何か話さねばと綾香が思っていると……
「……ごめん」
と言って、突然、剣二が謝ってきた。予想外の行動に綾香は戸惑ってしまう。
「え?な、なんで?」
「その……学校でぎこちない態度で接してたと思うから……」
「あ……」
それを聞いて彼女は彼との関係を思い出した。
「理由は言えない……だけど時期に慣れてそういう事もなくなると思う……」
我ながら何と下手な言い方だろう。
そう思うがこれ以上のうまい言い方を剣二は思いつけなかった。
綾香は少しの間黙っていたがやがて、顔を上げると彼女は彼にこう言ってきた。
「それじゃあ、今度から綾香って呼んで」
「は?」
何を言ってるのかわからず剣二は疑問の声を上げてしまうが彼女は構わず言葉を続ける。
「その代わり私も剣二って呼ばせてもらうから。それでその件許してあげる」
そう言って彼女は剣二に笑みを見せた。
「……わかった」
溜息と共に剣二はそう答える。
「じゃあ、改めてよろしくね。剣二」
「ああ、よろしく。綾香」
そうして互いに握手を交わす。
病室がドアが開いたのは丁度その時だった。
「綾香!!大丈夫か!!」
ドアが大きな後を立てて空いた瞬間、二人は同時に手を引っ込め声の主を見ていた。
「お父さん!!どうして!?」
彼女にとって父親がここに現れたのが意外だったのか驚いた声を上げている。
「連絡を受けて急いできたんだ。すまない。私のせいで……」
おおよその事情を聞いてやってきたのだろう。そう言いながら彼、泉堂刀弥
は娘に近づく。
「そんな……お父さんが悪いわけじゃないよ」
そんな父親を綾香が慰める。と、そこで刀弥は剣二の存在に気がついたようだ。
「すまない。気がつかなかった。私は泉堂刀弥。綾香の父親だ」
「初めまして。八神剣二と言います。お噂はかねがねお聞きしております」
手を差し出してきた刀弥に剣二もそう答えて手を差し出す。だが、刀弥は彼の名前を聞いた途端、驚いた顔をしてその動きを止めたしまった。
「お父さん?」
「!っとすまない。考え事をしてしまった」
その様子に綾香が不思議に思い父親を呼ぶ。呼ばれたことに気がついたのか、彼は瞬時に元の表情に戻ると笑みを浮かべて剣二に謝ってくる。
「いえ……」
ともかく二人は握手を交わす。
「そうか……君が……」
その独り言は娘には聞こえなかったが剣二の耳には入った。それで彼は刀弥が何に驚いたのか理解した。
「私、彼に助けられたの」
彼がここにいる理由を綾香が説明する。
「そうか。娘を助けてありがとう」
「いえ、そんな……」
感謝の言葉を述べる刀弥に剣二は戸惑う。
と、ふと、その視線が時計に止まった。
「それじゃあ、時間も時間ですので俺はこれで……」
「また明日ね。剣二」
「……それは明日も来いという催促か?」
そんなやり取りをして剣二は病室を後にした。
ドアを閉めると途端に父と娘の会話が始まったようだ。時折笑い声も聞こえてくる。
それを聞きながら剣二は帰るために病院の出口に向かって歩き始めた。
「おっはよ~」
明るい声を出して綾香が入ってきた。
あの事件から三日が経過した。
事件の翌日には襲撃の事は新聞に載った。その時はまだ襲われた学生と助けた学生が自分達の学校の生徒としか書かれていなかったのだが綾香が欠席したことで襲われたのは彼女だと確定されてしまった。
そしてどういう訳か助けたのが自分だという事も知られてしまっていた。
そうするとクラスメイト達が事件の事をを知ろうと剣二に群がってきては矢継ぎ早に質問をしてくるようになったのだ。
おかげで剣二は自由時間のたびに彼らから逃れる羽目になったのは閑話休題である……
「綾香!!」
「泉堂さん!!」
「退院したの!?」
彼女の声を聞いてクラスメイト達が彼女の元に集まる。
「うん。入院は三日間だけだから……」
「そうなんだ」
「ねぇねぇ、事件の事聞いてもいい?」
早速誰かが事件の事を聞き始めたようだ。皆興味深々といった表情で皆が彼女を見つめる。
「剣二から何も聞いてないの?」
既に事件ことは大方知られていると思っていたのか綾香は意外というような顔で皆に尋ねる。
「八神君。全然口を割ってくれなくてねぇ~」
そう言って皆恨みがましい視線を剣二に送る。剣二は気がつかない振りをして机に突っ伏している。
「ふ~ん」
綾香もまた彼に視線を向け、ふと何か思いついたのか突然は彼女は笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
それを不思議に思いクラスメイトが尋ねる。
「ん?何でもないよ。それよりも事件の事なんだけど皆には悪いけど教えられないかな」
「「えー!!!!」」
彼女の宣言に彼らは抗議の叫びを上げる。
「ちょっと!!何でよ!?」
「八神君が駄目そうだから泉堂さんだけが頼りだったのに……」
次々とに文句をいう彼らだがふとある事に気がつく。
「あれ?泉堂さん。今、八神君の事名前で呼んでなかった?」
「そういえば……」
「確か最初は八神君って呼んでたはずだけど……」
そうしてクラスメイト達は再び剣二に視線を向ける。
「どうした?」
さすがに今度の視線は無視する気にならなかったのか顔を上げて彼らに尋ねる。
「おはよう。剣二」
しかし、彼らがそれに答えるよりも前に綾香が剣二に挨拶をしてきた。
「おはよう。綾香」
そう返した剣二にクラスメイト達が反応する。
「一体……どうしたんだ?」
彼らの反応に訝しげな視線を送る剣二。
「いや~。なんていうかね」
「前進したんだ~って思って」
「そうだな」
口々にそういう彼らは好奇の視線を剣二と綾香に送る。
さすがにこれには二人とも動揺する。
「まあ、二人ともがんばって~」
「応援してるから」
「口惜しいがお前に幸があらんことを……」
「お前ら……」
もはや呆れしか湧いてこず、剣二は思わず溜息をつく。
綾香は苦笑しているが若干その顔は赤い。
「お前ら何をしている?お、泉堂来たのか?とりあえず授業を始める。席につけ!!」
そこへ藤宮先生がやってきて生徒達を席につかせる。
そうして一日が始まった……