一章四話戸惑い
剣二が編入してから数週間が経過した。
模擬戦の結果もあって先輩後輩問わず学園内の多くの生徒が彼に注目することになったが今のところそれ以上の変化がなかったのは幸いだった。
クラスメイト達ともうまく溶け込めており楽しい学園生活を過ごしている。
ただ一つの事を除いては……
「八神君」
その声を聞いた途端、反射的に体が緊張してしまう。
「な、なんだ?」
吃った声で彼女の呼びかけに応じてしまう。
「えっと、数学のプリントを集めるよう先生に言われてるんだけど。いいかな?」
彼の反応に綾香は戸惑いつつも要件を切り出す。
「あ、ああ」
慌てて彼は鞄からプリントを取り出すと彼女に渡す。
「ありがと」
そう言うと彼女は他のクラスメイトの元へ向かうのだった。
「ねぇ、八神君って泉堂さんが相手の時だけ何か様子が違うよね」
放課後、帰る準備をしているとクラスメイトにそう話しかけられた。
それを聞いて他のクラスメイト達も集まってくる。ちなみに綾香は風紀委員の会議があるからと既にここにはいない。
「それ俺も思った」
「泉堂さんが相手だと緊張しているというか変に意識しすぎてる感じがするよね」
「……かもな」
何ともいえない表情を浮かべて剣二は答えた。
確かに彼女と話す時、自分が変に緊張しているという自覚はある。
彼女の事を知ってからどうも自分は彼女を妹と重ねてしまっていた。
似ている部分が多いだけで彼女は妹と違うとわかっているのだがそれがどうにも治らない。
おかげで彼女に迷惑を掛けてしまっていた。
「しかし、いくら何でもわかりやすすぎるだろ?」
「だよね?」
「でも、彼女、綺麗で強くて成績優秀な上に性格もいいから人気者だよね」
「ああ、女子、男子含めてファンはかなり多い」
「ライバルも多そうだね~」
「だけど、八神君は綾香に勝つくらい強いから他の連中よりは勝算ありそうだけど?」
「「確かに」」
ふと、意識を現在に戻すとクラスメイト達が何やら盛り上がっている。
「悪い、考え事してた。ところで何をそんなに盛り上がってるんだ?」
疑問に思い聞いてみると、途端にクラスメイト達の視線がこちらに集まってきた。
「な、なんだ?」
その事に剣二はたじろぐ。
「……八神君。私達は八神君の味方だよ?」
「……は?」
突然意味不明な事を言われ剣二思わず声を盛らず。
「何か必要な事があれば言ったね。協力してあげるから」
「正直、俺としてはいろいろ思うところがあるが君にならば彼女を託せよう」
「応援しているよ」
次々と出てくる応援の言葉に剣二は嫌な予感を隠せない。
「……一体何の話だ?」
「何って八神君が泉堂さんの事が好きだって話」
恐る恐る尋ねてみると予想通りの答えが帰ってきた。
なるほど、確かに傍から見たらそういう風に見えるのかもしれない。
「悪いがそれはお前達の誤解だ」
一応、面倒事を避けるために剣二は誤解を解くことを試みるが
「えー、じゃあ何で泉堂さんが相手の時だけあんな反応なの?」
「そうよ。そうよ」
「八神。ここは正直に白状すべきだ!!」
と、クラスメイト達が相次いで反論してくる。数も多いので対処するのも面倒だ。それに妹の事を話せない以上対処にも限界がある。
「悪い。楠先輩にアーティファクトの調整を頼まないといけないから」
この場は逃げるに限る。溜息一つついてから剣二はそう判断すると急いで教室から出て行く事にした。
後ろから「待って!!」「逃げた!!」等といった声が聞こえてくるが明日にはすっかり忘れているだろう。
そういうクラスだということはこの数週間で嫌でも理解していた。
「全く、どうして恋愛事に持って行こうとするんだろうな」
「……」
そう言って剣二は先程のクラスメイト達の反応を思い出して愚痴をこぼす。
奏は愚痴に反応せず黙ったまま剣二のアーティファクトの調整を続けている。
「そりゃ、綾香に対して俺の反応が他の連中と違うのは事実だろう。だからってすぐに恋愛事だと考えるのは短絡的過ぎだろう」
「……」
「まあ、あいつが綺麗なのは認める……性格もこんな反応を返すのに嫌ってる様子がないし……」
「……」
「大体、味方って何だよ。ただ他人の色恋にちょっかい出して楽しみたいだけ……」
「……うるさい」
「…………すみません」
剣二の終わらない愚痴にキレたのか突然奏が怒りだし、反射的に剣二は謝ってしまった。
「私は君のアーティファクトを調整するためにここにいる。決して君の愚痴を聞くためじゃない。愚痴を言いたいなら別の人に言って」
「その通りなんですが……」
まあ、確かに彼女にとって自分は単なる自分が作ったアーティファクトを使う顧客の一人なのだろう。だが剣二からすればこの学園内で唯一剣二の正体を知っている人間なのだ。そのせいか他の人達より気が楽になってしまうのだ。
アーティファクトの製作の依頼の際にかつて使っていたアーティファクトの情報を提出するために彼女には自分の過去が伝えられている。無論、他言無用という事も言ってある。
しかし、彼女はこちらの過去に興味を示さずこちらの製作依頼を引き受けてくれた。あれこれ尋ねられる可能性を考えていた剣二としてはこれには助かった。
他人に興味を示さず、ただアーティファクトに心血を注ぐ。それが楠奏という人間だ。
ふと、気になることが頭に浮かんだ。
「何故、楠先輩は他の学生達の依頼を受けないんですか?」
人付き合いが苦手だとしてもアーティファクトに興味があるなら他の人の依頼を受けるべきだ。実際、今のようにただ黙々と作業を続けてれば人付き合いも何も無いのだから。そして必要とあらば自分の思いついたことをその人のアーティファクトに実装して試すこともできるだろう。
彼女の実績なら向こうもまず反対しないだろうし。
「……ここの学生はつまんない」
意外にも彼女はこの疑問に答えてくれた。
「実力が低いって事ですか?」
確かに彼女の顧客と比べれば学生達の実力はかなり低いだろう。
「それもあるけどワンパターン」
「ワンパターン?」
何がワンパターンなのかわからず剣二は首を傾げる。
「大半が教科書道理の決まりきった戦い方しかしない」
「別に教科書通りの戦い方は悪いとは思いませんけど。教科書には載っているのは現状では最も合理的な戦い方です。あれを使えば効率よく実力を伸ばす事ができますよ」
教科書に載る戦い方にはメジャーという理由だけでなく高い汎用性と取得難易度の低さがある。それを使うという事は短い期間で高い戦闘技術を得ることができるという事だ。
「それは事実。だけどそれだけじゃ駄目。そこからオリジナルを組み込んで独自の戦い方を構築しないと先はない。それは君が一番わかってるはず……」
「……」
あまりの正論には反論ができない。確かに彼女の言う事は正しい。メジャーな戦い方はそれだけ長い間研究されており、その分多くの対抗策が考え出されている。教科書通りの戦い方のまま戦い続ければ、いつかはその多くの対抗策に負けてしまうだろう。
ならばどうすればいいか?
研究されていない戦い方を構築すればいい。無論、零からの戦い方の構築は大変だ。だから現存の戦い方を元に改良を始める。そうして改良に改良を重ね、研究されてもさらに改良を重ねることで自分だけの戦い方を構築する。
彼女はここの学生達がそれをしない事に不満を感じているようだ。
「私の依頼人は皆いろんな戦い方をしている。もちろん君も……」
そう言って彼女はこちらにディスプレイを見せてきた。見てみるとそこにはこの間の模擬戦の模様が写っている。
「いつの間に録ってたんですか?」
「基本的に実技の授業は全て録画されている。私達は調整等の依頼を正式に受けそういった情報を閲覧する権限が与えられる。データは多くあるに越したことはない。使いこなせなければ意味はないけど……」
要するに学校側が録画していた映像を今回の調整のために読み込んできたらしい。
「本来、意志操作型は使用者は遠く離れて複数のアーティファクトを操り数と相手の死角を突く事で相手を攻撃するのが主流。だけど君の場合それを発展させて逆に使用者も接近する。結果、君が持ったアーティファクトはアーティファクト自身がもつ運動エネルギーと腕力から生み出される運動エネルギーが合わさり高い攻撃力を持つようになった。それだけに留まらず己の体を使うことで相手の死角を増やし、接近戦術と自分のアーティファクトを組み合わせる事で本来の意志操作型の戦い方以上に多様な戦い方ができるようになった。まさに万能」
奏は珍しく饒舌になってこちらに話しかけてくる。恐らく自分の興味のあることには熱くなるタイプなのだろう。
「お褒めに預かり光栄ですけどリスクだってちゃんとあります。まず、近づいたことで相手の攻撃を受ける可能性が高まっています。目まぐるしく動く接近戦ゆえに当たりづらいでしょうけど何かの拍子に止まってしまえば相手の攻撃はまず直撃です」
実際、綾香との模擬戦はミスして彼女の砲撃を受けてしまえばこちらが負ける戦いだった。
「そのために君はそうさせない対抗策、防御方法も考え出している。それだけ重点的に鍛えている接近戦こそ、本来君の戦い方。最初の模擬戦で何故、教科書通りの戦い方をしたのかの方が不思議」
「別に距離を取る戦い方をしないわけじゃありません。相手を観察するなら離れてる方が視野が広いという点もありますので……」
「……なるほど」
こちらの説明に納得したのか。彼女はただそれだけを言うと再び黙って作業に戻る。
「終わった」
しばらくして彼女はそう言ってディスプレイを閉じると調整のために持ってきた機器の片付けに取り掛かる。
「ありがとうございます」
「アーティファクトの調整は私の仕事。感謝する必要ない」
「仕事なら労をねぎらうのは当然ですけど?」
奏の言葉に剣二はそう返したが彼女は返事もせずに機器をもってそこから去ってしまった。
去る直前、彼女の表情が少し険しかったのは言い返されて怒ったせいだろうか。
ともかく帰ろう。
そう考えると剣二もまたそこから出ていった……