一章三話戦いの後
その日の放課後、剣二の周りには人だかりができていた。
「泉堂に勝つなんてお前すげーよ」
「まさかあそこまで強いなんて思わなかったよね?」
「ねー」
クラスメイト達はそう言って次々と剣二を褒めたたえていた。
「いや、それは誉め過ぎだと思うんだが……」
彼らの反応に剣二は少し戸惑っている。何故そこまで皆が褒めるのかわからないからだ。
「そういえば八神君知らないか」
「泉堂さんの名前を聞いて気づいているのかとばかり思ってたんだが……」
彼のその反応を見てクラスメイト達は何やら理解したという顔を浮かべる。
「どういうことだ?」
何を言っているのかわからない剣二は戸惑いの面持ちのまま彼らに尋ねる。
「泉堂さんってあの泉堂刀弥の娘さんだよ」
「え!?」
予想外の答えに剣二は思わず大きな声を上げて驚いてしまう。
「やっぱり気づいてなかったんだ」
「普通気づくよな?」
彼の驚きの反応にクラスメイト達は口々にそう言って笑いを漏らす。
「いや、まさか自分の近くにいる人がそんな人とは思わないだろう……大体、娘だからって強いってわけじゃないだろ?」
気がつかなかった理由は別にあったのだがその事は隠して剣二は反論を試みる。しかし……
「ところがどっこい。彼女入学早々風紀委員にスカウトされている上に総合成績は2年の中じゃトップ。おまけに実技の評価は全学年含めて第4位!!」
こういった学園の場合、風紀委員は暴力沙汰に対応する必要もあって実力が高い者が選ばれる風習がある。基本は2年の中から選ばれるのが普通だ。それが1年。それも入学早々スカウトされるということはかなり実力なのだと容易に想像がつく。
「マジか……」
思わず天を仰いでしまう。
正直、事情が事情なのでできるだけ目立つつもりはなかったのだがどうやらその望みが叶うことはなさそうだ。
「本当に今まで病院にいたのか?」
「実はエリート教育を受けてとか?」
「いやいや、実は秘密の特殊部隊とか……」
そうしてクラスメイト達は剣二を置き去りにして勝手に彼の正体について想像を膨らませて騒いでいく。
「ごめんね。騒がしくて」
「!? 居たのか」
そんな中、彼らを代表して謝ってきたのは先ほど話題の中心にいた綾香だった。
「まあ、隣の席だからね」
そう言って彼女は微笑みを浮かべる。
ふと、先ほどの話しを剣二は思い出す。
風紀委員に所属している。総合成績トップ。実技の評価は全学年含めてトップクラス……
――幾ら何でも似すぎだろう……
「どうしたの?」
「うぉ!?」
会話の途中に考え込んでしまったためか綾香がこちらを覗き込むように顔を近づけて尋ね来た。
近づいたことで視界いっぱいに広がった彼女の顔を見て剣二は驚いてしまう。
「えっと、ごめん。驚かすつもりなんてなかったんだけど」
予想外の反応をした剣二に綾香は戸惑いながら謝ってきた。
「いや、こっちこそ悪い。話の途中で考え込んでた」
未だドキドキする内心を隠しながら剣二も謝る。ちらりとクラスメイト達の方を見ると未だに彼の正体についての話題で騒いでおり幸運にもこちらに気づいている様子はなかった。
「それで、何を考えていたの?」
「え?」
綾香のその問いに剣二は思わず固まってしまった。
さすがに正直に綾香の事について考えていたと本人に言うのは気まずすぎる。
何か別の話はないか、と考えを巡らせていると……
「ちくしょーーー!!」
突然、教室内に叫び声が反響した。
驚いて声のした方を見るとそこには何故かまだ席に座っている優木が叫び声を上げながら机を叩いている姿があった。
「波瀬……一体どうしたんだ?」
状況が理解出来ない剣二はとりあえず話を聞いてみるためにそう尋ねる。
「ぼろ負けだ……」
「は?」
訳の分からない彼の返答に意味がわからず思わず声を出してしまう。そこへクラスメイトの男子がわかりやすいようにフォローしてきた。
「あいつ、八神のアーティファクトの賭けでぼろ負けしたんだよ。そのショックで今まで塞ぎこんでたんだが……」
「……ああ」
呆れたという表情を浮かべ剣二は波瀬の方を見る。彼の方はというと負けた怒りが収まってないらしく未だに机をたたき続けている。
ふと、時計を見ると授業が終わってから随分と時間が経っていた。
「帰るか」
そう呟くと机においていた鞄を持ち教室から出ていこうとする。
「八神君。また明日ね~」
「お、八神帰るのか?」
「じゃあねぇ~」
「また明日~」
そんな彼を見て綾香が別れの挨拶をしたのをきっかけに続々とクラスメイト達がそれに続ていく。
「ああ、また明日」
剣二は彼らの挨拶を受けてそう返して帰途に着くのだった。
自分のマンションに帰り着いた剣二はドアに鍵を掛けて明かりをつける。
彼を迎える者がいない部屋はただ静かに彼を迎え入れた。
リビングにたどり着くと鞄を床に置きソファーにもたれ掛かるように飛び込んだ。
リビングには時計や冷蔵庫、棚など生活に必要な家具は並んでいる。他にもかわいらしい縫いぐるみなどでリビングは飾られているがそれらは剣二が自分で買ったものではない。
しばらくソファーに倒れていた剣二だがやがてむくりと起き上がるとキッチンに立ち晩御飯の準備を始めた……
晩御飯を食べ食器洗いが終えた丁度その時、チャイムが鳴った。
インターホンで相手を確認してみると知っている相手だったので自動ドアのロックを解除する。
やがて、ドアをノックする音が聞こえ開けると先程の相手が顔を見せた。
「よ、元気か?」
陽気そうな声で目の前の男は剣二にそう挨拶してきた。
「見ての通りです。久瀬さん」
剣二は目の前の男久瀬総一にそう告げると彼を部屋の中に招き入れた。
「学校はどうだった?」
お茶を運んで席に着くと早速とばかりに彼は剣二にそう尋ねてきた。
「どうって……恐らく一般的に転校生や編入生が受ける扱いを受けましたとしか……」
「まあ、初日はそんなもんか」
そう言ってお茶を飲む。
「ただ、模擬戦の授業で少々やり過ぎてしまってしばらくは目立つ事になりそうです」
心配するような表情を浮かべて剣二は模擬戦の出来事を話した。
それを聞いた途端総一は大きな声を上げて笑い出してしまった。
「ははは……、そりゃあやっちまったな」
笑い声を漏らしながら彼は剣二の背中を何度も叩いた。
「まあ、心配するな。内容は偽物だが戸籍自体は本物だ。何せ政府発行だからな。だから余程詳しく調べない限りばれる事はない。目立つことを恐れる必要はないんだよ」
そう話すと彼は剣二に向かってウインクをしてきた。
「まあ、それはそうと記憶の方ははどうだ?」
「……すいません。まだ……」
その話題になった途端、申し訳なさそうな顔になって剣二はそう答える。
「まあ、すぐ戻るなんて思っちゃいない。それに記憶回復といってはいるがどちらかというとお前の日常生活への復帰も目的にはある。俺としてはついでに記憶が戻ってくれれば儲けもんだと考えているんだがね」
彼の言葉に剣二は苦笑する。
「しかし、この様子だと冴子さんも時たま様子を見に来てるようだな」
そう言って彼が見るのはリビングに飾られた縫いぐるみだった。
「そうですね。ここに住むことになった時も飾り付け等を手伝ってもらいました」
「なるほどね~」
周囲を見渡しながらそう漏らす。
「それじゃあ、大丈夫そうだしそろそろ帰るかな。何かあったら連絡してくれ」
「ありがとうございました」
そう述べると剣二は彼を見送るために立ち上がった。
久瀬総一は一年前の事件を調査している公務員だそうだ。どういった機関に所属しているのか等詳しいことは聞いていない。
彼が剣二の記憶を気にするのは剣二が見つかった場所が爆発の中心地近くだったかららしい。ひょっとしたら失われた記憶からあの事件の謎が解けるかもしれない。そんな期待があるからだそうだ。
表向きあの事件は原因不明の事故とされている。しかし、実際は何一つわからなかったのでとりあえず事故という形に落ち着いただけの事。だからこそ唯一、原因を見ているかもしれない剣二の記憶は重要な手がかりとなるかもしれないのだ。
もう一ついえばあれだけの爆発にも関わらず剣二が生きていた事も疑問である。それは誰かに言われるまでも剣二自信も不思議に思っていた。その事もあって当初は剣二が爆発の犯人ではないかと疑われた事もあった。今はまだマシな扱いだが恐らくそう考えている者はまだ少なからずいるのだろう。
総一を見送った後剣二は風呂に入り就寝のための準備を整えていく。
ふと、ニュースを見ようとテレビをつけるとそこには公園を仲良く遊ぶ兄妹の姿が写っていた。
その映像を見て剣二はかつての自分達の姿をそこに重ねてしまう。
自分の姿と双子の妹である千堂彩花の姿を……
千堂彩花……
剣二以上にアーティファクターの才能に優れその実力で校内の上位に名を連ねていた。
正義感も強く、そのため風紀委員にも所属していた。|(中高一貫だったため中等部からも風紀委員に所属することができる)
加えて総合成績も優秀で皆からも慕われていた。
そんな彼女の事を剣二は誇りに思っていた。
しかし、1年前の事件で彼女は死んだ。剣二にとってこの事実は半身を失ったような感覚だった。
実際に遺体は見つかってない。というのもあの事件で見つかった遺体は酷い有様でどれが誰なのか知ることができないためだ。ゆえに剣二以外のあの場にいたであろう人達は死亡扱いとなり、彩花もまたその中に名前を加えられる事になった。
気がついたらテレビを消していた。
そして何ともいえない重い気持ちを引きずったまま剣二は自分のベッドに入るとそのまま眠りの中へ入っていった……