四章三話目が覚めて
剣二はゆっくりと目を覚ます。
見えるのは天井だ。
剣二はこの天井に見覚えがある。病院の天井だ。
それを確かめるために視線を横に向けると予想通り、こちらの状態を伝える機器類の姿が見える。
何故ここにいるのか。それはわかっている。
あの日、自分を襲った少女に腹を貫かれたのだ。
まさか、二度も貫かれることになるとは思ってもみなかった。
思わず苦笑してしまう。
そこに誰かが病室に入ってくる。
「気がついたんですか?」
やってきたのは以外にも奏だった。
「楠先輩はどうしてここに?」
彼女の性格上心配で見に来たという可能性は低い。何か用件があったのだろう。
「あなたが以前、依頼してきたアーティファクトの修復が先程、終わりましたのでから届けに来ました。」
そう言って彼女は剣二に近づくと彼の手の中に妹が使っていた指輪を入れる。
「ありがとうございます」
「私自身も興味があったのでお礼はいりません」
剣二の礼に奏は素っ気無く答える。
「大体、俺がここに運び込まれてどのくらい経っているんですか?」
この質問に彼女が答える。
「三日です」
随分と眠ってたんだな、とそんな感想が頭の中に浮かぶ。
「用件は終わりましたのでこれで……」
そう告げるとは彼女はさっさと病室を後にする。
残ったのはベッドで横になっている剣二だけ。
暇になった彼は考える。
失われていた記憶は取り戻せた。
片山喜久雄と自分との関係。妹にされたこと。
そして、自分のこと……
倒れていた間、何があったのかはわからない。だが、気を失う僅かな前に妹が炎を生み出したのだけは覚えている。
恐らくあの爆発は妹が起こしたものなのだろう。
自分が生きているのも妹のお陰なのだろう。
あの中でそれができそうなのは彼女ぐらいだ。
これは推測だが、妹に埋め込まれたアーティファクトの力とは妹が持っていた指輪の力の上位版みたいなものなのだろう。
それこそ、炎を生み、自分の心臓を治すほどの……
何かを創造する効果。
故に無機物の一時的創造のアーティファクトが使える彩花が被験体として選ばれたのだろう。
もし、彼女がそんなアーティファクトを使えなければ襲われることもあの事件が起こることもなかったのだろう。
しかし、もはやもしの話をする段階は過ぎ去っている。
確かに彼女にはその才能があり、あの事件は起こってしまったのだから……
「外に出るのは久しぶりだな」
喜久雄はそう言いながら周囲を見渡す。
時間は昼間ということもあって人通りは多い。
喜久雄の姿は白衣を纏った研究者の服装。
当然、彼の格好は目立ち、行き交う人々は彼の方をチラチラと見る。
しかし、喜久雄がそのことを気にする様子はなかった。
彼は今最高に気分がイイからだ。
「よし、始めるぞ」
そうして彼は後ろへ振り返る。
そこには千堂彩花の姿があった。
虚ろな瞳の彼女は喜久雄の言葉に頷き彼の前に出る。
そして次の瞬間……
風が全てを吹き飛ばした。
全てとは人、車、電柱、建物といった全てだ。
風が止んだ時、彼らの周囲には何もなく、ただひび割れたコンクリートと砂埃だけがそこにはあった。
「ああ、素晴らしい。君の力は本当に素晴らしい」
その成果を見て喜久雄は自分のことのように喜ぶが彩花は無反応で何も答えない。
「これでようやく私の成果を皆が認めるだろう。彼らがどのような顔をするのか楽しみだ」
そんな風に喜久雄が独り言を呟いている間に周囲に動きがあった。
それは警官だった。アーティファクトを持った彼らが喜久雄たちをずらりと取り囲んでいるのだ。
「ほぉ、思ったよりも早いじゃないか」
しかし、喜久雄は驚かない。何でもないという表情で彼らを見回す。
「まあ、来るのはわかっていた。それでは私の実験台になってくれたまえ。やれ」
その言葉を合図に彩花が前に出る。
少女が前に出たことに何人かの警官たちは驚くが、気を引き締め直し彼らは身構える。
そして、戦闘が始まった。
その時、剣二はテレビを見ていた。
他にすることもなく暇だったからだ。
そのテレビで緊急報道の番組に切り替わった。
どうやらこの近くの駅で突風現象が起きたらしい。
凄まじい風で人や車、葉亭は建物まで吹き飛んだということだ。
今でテレビの画面は現場に向かうヘリからの映像が映されている。
しかし、現場についたヘリは予想外のことを知らせてきた。
なんとアーティファクター同士の戦闘が巻き起こっていたのだ。
片方は警官のようで、それが複数と結構な数がいる。
一方の少女は一人だが、信じられないような力を用いて警官たちを倒していく。
そして剣二はその少女に見覚えがあった。
「彩花……」
間違いなく自分の妹だ。
何故とは思わない。戦闘で動く映像の中に見覚えのある男が映っているのだから……
正直駆けつけたい。だが今の彼にアーティファクトはなく戦う力はない。
――今、この瞬間あいつを助ける力もないなんて……
悔しさで手を強く握ってしまう。
しかし、次の瞬間、あることを思い出した。
反射的に剣二はある物へと視線を向ける。
「くそ、このタイミングで動くとは……」
総一は病院の中を走っていた。
彼が向かう先はある少年の病室だ。
既に喜久雄が動いたことは連絡を受け知っている。傍らに立つ少女が誰なのかということも……
だから、彼は急いでいる。彼がそのことに気がつく前に……
そして彼は病室に辿り着く。
「剣二君!!」
叫び病室に入る総一。だが遅かった。
「くそ、手遅れだったか」
彼が見たもの、それは風が入り、主のいない病室だった。