四章一話その日の日常
「邪魔だ!! どけ!!」
病院の廊下を医者と看護師達が患者を連れて大急ぎで走る。
患者は腹部を貫かれ、出血中。かなり危険な状態だ。
急いで手術をしなければならない。患者を運ぶ彼らは皆そう思い急いでいる。
そんな中、患者である剣二は朦朧とする意識の中で一年前のあの日の出来事を思い出していた……
「……さん? 兄さん?」
自分を呼ぶ声に剣二は我に返る。
声のした方へと振り返ると、そこには彼によく似た少女の姿があった。
多少、違いはあるものの剣二が髪を伸ばせば、大半の人達は一瞬悩んでしまうほどに二人はよく似ている。
おそろいのジャージを着ているのでそのイメージはさらに助長される。
二人は今、朝の訓練でマラソンをしている。距離としては大体目標の半分を走りきったところだ。
「なんだ?」
妹、千堂彩花に呼ばれ千堂剣二は尋ねる。
「『なんだ?』じゃないわよ。突然、ぼうっとしだすからどうしたのかと思って声をかけたんじゃない」
「悪い悪い」
怒り出す妹を宥めようと剣二は謝罪の言葉を口にする。
「もしかして疲れた?」
「まさか」
肩をすくめて答える剣二。
「この訓練も結構やってるんだ。この程度で疲れはしない」
「そうだけど……」
そう同意はするが不安そうなその表情は彼の言葉を信用していない証だ。
「彩花。信用しろ。本当に無理なときは無理はしないって」
「つまり、それまでは無理をするってことじゃない」
「そ、それは……」
その返しに剣二は言葉をつまらせてしまう。
その様子を見て彩花は笑い始める。
「もう……わかった。信用してあげる」
「それじゃあ、訓練を続けよう」
「うん」
そうして二人はマラソンの続きを行うために再び走り始めた。
「終了~」
「早く着替えて、登校の準備を整えないとな」
目標を一周し自宅の前に到着した二人、家に入り各々の準備を行う。
両親は事故で既に他界している。二人の保護者は近所に住む両親の知り合いだ。
寂しいと思う時もあるが家族がいるのでその寂しさはそれほど感じることはない。
着替えやシャワーを終えると二人は朝食の準備を始める。
ご飯は基本的に妹が作る。今日は白ご飯と味噌汁と焼き魚だ。
既に二人は制服姿で朝食を終え、片付ければいつでも出発できる状態だ。
エプロンを脱いだ彩花が席に着くと二人とも両手を合わせ、いただきますの挨拶をすると二人とも朝食を食べ始める。
朝食が終わると剣二が朝食の後片付けを始め、食器を洗い始める。
食器を洗い終えると登校にちょうどいい時間になる。
家を出て鍵をかけると、二人は学校へと向かう。
通学路に出ると自分と同じ制服の生徒たちがそこかしこにいた。
時間帯的に言えば一番生徒たちの多い時間帯だ。
「おはよう」
「おはようございます」
「二人ともおはよう」
皆、こちらの姿を認めると次々に挨拶をかけてくる。
「おはよう」
「おはようございます」
剣二や彩花もそんな彼らに挨拶を返すのだった。
「相変わらず兄妹、仲良いよね」
そんな二人の様子を見てある女子生徒がからかってくる。
「ほっとけ」
それに対し剣二はそう言って返す。
そんなやり取りを周囲にいた友人たちは笑みを浮かべながら眺めていた。
そうして学園に辿り着く。
二人の教室は同じなのでほとんど二人は一緒にいることになる。
教室に入ると通学時と同じようにクラスの皆に二人は挨拶を交わしていく。
二人とも授業は真面目に取り組むタイプなので特に何事も無く授業の時間は過ぎていった。
そして六時間目、本日最後の授業は実技の授業。
皆、各々のアーティファクトを持ち並んでいる。
「それじゃあ、今日は模擬戦をやってもらう。五分以内に相手と組むんだ」
「「はい」」
男性教師の指示のもと、皆が声を揃えて答える。
「千堂妹、お前はいつも通りでいいぞ」
「はい」
続けて告げた男性教師の指示に彩花が一人返事をする。
「よし、始めろ」
それを合図に皆が相手を求めて動き始めた。
剣二は隣に並んでいた友人と組むことなった。
ふと、彩花の方を見ると彼女の方には複数の人が集まっている。男子が二人、女子が二人の計四人だ。
これは彼女の実力が高いせいだ。
そのため、彼女の場合、いつも複数を相手にするという形をとっている。それが男性教師の言ういつも通りの意味だ。
「大体、決まったみたいだな。なら、まずは千堂妹たちから始めてもらおうか」
「「はい」」
そう言って彩花と対戦相手たちが前に出る。
そして各自が構えを取り準備を整ったことを確認すると男性教師は試合開始の掛け声を叫んだ。
「それでは……始め!!」
その掛け声と共に彩花の対戦相手たちが動き出す。
彩花の見る先、対戦相手たちが彩花をとり囲むように散らばっていく。
恐らく全方位から一斉に攻撃をしかけるつもりなのだろう。
相手四人。アーティファクトは皆、効果攻撃型。その可能性は十分に高い。
それぞれの効果は火球群を放つ、マナの弾丸による射撃、鎌鼬、雷の矢を放つなどと多彩だ。
故に彩花も囲まれる前に動く。
――まずは……
その思考と共に彼女は自身のアーティファクトを使い無機物創造を開始する。
作ったのは意思操作型の小剣八本のアーティファクト。
創造完了と同時にマナを送り込み、小剣を操作する。
小剣はそれぞれ二本一組の形でそれぞれの相手へ向かって飛翔していく。
相手が小剣に対処する僅かな時間に次の創造を行う。
多くの人は彩花が使うアーティファクトを強力だと言う。
だが、彩花からすればこれがなかなか大変だ。
まず、創造中は常に効果を使っているためマナを供給しつづける必要がある。
つまり、今の戦い方をするためには複数のアーティファクトを同時に使用する必要があるのだ。
これはかなり難しい技術の上にマナの消費はその分、多くなるというおまけ付き。
代わりに得られるメリットは高い汎用性だが、いろんなことができるということは逆に言えば集中して伸ばすことができないということだ。
故にただ同じアーティファクトで戦えば、練度の低さと負担の重さ故に自分が負けてしまう。
勝つためには、自分や相手の特徴を掴み、自分が有利に相手が不利になるように状況を持っていく必要がある。
それで互角、勝つためにはさらに相手の僅かな隙を晒し、そこを突く必要がある。
そのためには的確な戦術を素早く構築する能力が必要になる。
彩花が新たに創造したのは氷の短剣。その効果は氷を生み出すこと。
創造完了と同時に効果を使用。相手と相手の間に氷の壁を生み出し、それぞれを孤立させる。
それと同時に、彩花は走り出し、火球群の使い手である女子生徒と交戦する。
接近に気がついた相手は彩花を迎撃しようと彼女に向けて火球群を放つ。
だが、彩花はその攻撃を生成した氷の壁で防ぎ、そのまま接近する。
距離をとろうとする相手に対し小剣が妨害しつつ、氷の壁で逃げ道を塞ぐ。
相手がそのことに気がついたがもう遅い。そのまま接近して小剣と短剣による三連撃を見舞う。
相手が倒れたのを確認すると、隣の氷の壁を解除、マナの弾丸による射撃の効果をもつ男子生徒と対峙する。
その時、相手の背後にあった壁に穴が開いた。
その穴から雷の矢が飛翔してくる。
反射的に身を屈め回避する。それと同時に女生徒が穴から姿を現す。
小剣の意思を飛ばし、それぞれにまとわりつかせていた小剣を呼び戻す。
今、自分の周囲にあるのは六本。
それを今度は三本ずつ、二人に向けて放つ。
相手たちは雷の矢とマナの弾丸でそれらを弾こうとする。
その間に彩花は新たな創造を開始する。
生み出したのは意思操作型の鎖群。
生み出した鎖を相手の元へ飛ばす。
鎖に気づいた相手たちはそれから逃げようと背後へと飛びつつ迎撃する。
だが、彩花も再び氷の壁を用いて退路を断つ。
鎖が男子生徒に迫る。男子生徒は銃を撃って迎撃しようとするが数が多すぎて迎撃しきれない。結局、鎖に絡め取られ男子生徒は動きを封じられてしまった。
一方、女子生徒の方は雷の矢を大量に展開し氷の壁に一点集中させて一斉に放つ。
氷の壁はその攻撃に抗いきれず人が通れるだけの穴を開けてしまう。先程の穴もこうやって作ったのだろう。
そのまま彼女はその穴から逃走を謀ろうとする。
だが、穴に入ったタイミングを狙って小剣が一斉に彼女に襲い掛かる。
そのことに相手は気づくが、穴は狭く避けることはできない。小剣の猛攻を相手はまともに受けてしまう。
残り一人になったのを確認すると、彩花は小剣と短剣の創造維持を解除。
最後の一人と対峙する。
とはいえ、彩花は今までの戦闘でかなりのマナを消耗した。かなり厳しい状況だ。
かといって負けるつもりはない。
その思いと共に彩花は駆ける。
接近に気づいた相手はすぐさま鎌鼬を放ってくる。
それをどうにか回避しつつ、彩花は創造。
生み出したのは銃、効果は銃弾の着弾時に爆発。
その銃を右手で構え狙い撃つ。
銃弾と鎌鼬があちこちでぶつかり、そこらじゅうでで爆発が巻き起こる。
両者は互いに動き回りながら相手に向けて攻撃を放つ。
だが、彩花の狙いは別にあった。
突然、相手の背後に何かが迫る。
それは相手に巻き付き縛る。それは先程男子生徒を絡めとっていた鎖群だった。
彩花は短剣と小剣の創造状態は解除したが鎖群までは解除していない。故に銃撃戦を囮に相手を鎖のところまで誘導したのだ。
「そこまでだ」
相手が動けなくなったのを確認し男性教師は戦闘の終了を宣言する。
その途端、彼女の戦いを眺めていた生徒達は感嘆の声を皆漏らした。