三章三話風槍の人形
それはいきなりやってきた。
気づいたのは何となく視線をそちらの方に向けたからだ。
大気の揺れがこちらに近づくのが見えた。体が反射的に動く。
次の瞬間、先程まで剣二がいた場所を何かが貫いた。
その時になってようやく剣二は攻撃されたことを認識する。
攻撃が飛んだ方向に視線を向けると銀色の短い髪をした少女がこちらに向かった歩いて来るのが見えた。
敵だ。すぐさまそう思う。だが、現状は剣二にかなり不利だった。アーティファクトを持っていないからだ。
相手の方も何も持っていないが恐らく総一が言っていた通りなら体内にアーティファクトが埋め込まれているはずだ。
アーティファクトを持たない自分が彼女に勝つ可能性は殆ど無い。どうにかしてこの場を振り切る必要がある。
しかし、以前の襲撃者との戦いからそれがかなり難しいのは理解している。それでも剣二は諦めず相手の一挙一動に注意をはらう。
先程の攻撃から恐らく風を使うアーティファクトなのだろう。僅かな大気の変化も見逃せない。
対する相手はこちらへと近づいてくるだけでまだ何かを仕掛けてくる気配はない。
ともかくとりあえず逃げるために動いてみるか、と判断した剣二は相手から見て左の方向へと駆ける事にした。
その瞬間相手が動く。
複数の大気の揺らぎが生まれそれが剣二の進行方向に向かって飛翔していく。
形状は恐らく槍。大きさから考えても当たればまず刺し貫かれるだろう。
そう考えながら剣二は槍の群々をステップや伏せを使って回避していく。
しかし、数が多い。いくつかの風の槍が剣二の服を破っていく。
とはいえ、致命的な一撃は何とか対処できているので剣二はそのまま走り続ける。
最初の攻撃から二人の周囲には一般人が遠巻きに囲むように流れていたが相手が再び攻撃を開始したときには皆叫び声をあげて辺りに散っていく。
その中を剣二は走る。
細道には入らない。角々を次々に曲がれればいいが曲がれなければ相手の風の槍から避ける術がないからだ。
ゆえにできるだけ広い道を行く。
当然、その先にも何の関係のない人達がいるのだが剣二に彼らを気遣う余裕はない。せいぜい警告の言葉を発するだけで精一杯だ。
「どいてくれ!!」
その叫び声に彼らは何事かと視線を向け自分達を巻き込まんとする危険が迫ってきていることに気がつくとすぐさまそれから逃れようと我先にと逃げ始める。
その彼らを見ながら剣二は駆け抜ける。
相手は周囲に人がいることなど気にせず風の槍を次々に放ってくる。それを避ける中で何人かの人間が風の槍で怪我をする。
それを歯噛みしながら彼らの横を通りすぎていく。
やがて、大きな十字路に出ると剣二はそこを右折する。
そのすぐ後ろを風の槍が通り過ぎ、走行中の車の後部を貫通する。
幸い運転手は無事だったようだがそれを合図にここでも混乱が始まる。
「そこの少女!! 止まりなさい」
そこへアーティファクトを持った警官達がやってくる。
恐らく誰かが通報しこの騒ぎを聞きつけやってきたのだろう。
やってきた警官達は少女をとり囲みゆっくりと距離を詰めていく。
この間にも剣二は少女から離れるために逃げている。
少女はそれを追いかけようとするがそれを警官達が阻む。
「止まれ。投降するんだ」
しかし、少女は警官の言葉を聞いていない。
彼女にとって今傍によってくるのは自分の任務を阻む障害だ。障害は排除しなければならない。
ゆえに少女はそのための行動を開始した。
剣二は背後に振り返るが自分を追いかける少女の姿はない。
先程、警官達に阻まれていたのは見えたがあれで大人しくなるような相手だとは思えない。
ならば、自分のアーティファクトを取りに行くという方針はこのまま続行だ。
そうして剣二は自分の家に向かうために走り続ける。
正直、中々なきついが鍛えているおかげかまだ大丈夫だ。
追いかけてくる相手がいないせいか少し剣二は余裕が出てくる。
故に今のうちに考えるべきことを考えてみることにする。
相手のアーティファクトは風を槍状にして放つ効果のようだ。その貫通力は高く、まともに受ければ一撃で死んでしまう可能性が高い。
つまり、あの攻撃は避けるかしっかり防ぐ必要がある。しかも相手はかなり数は放てる。常に注意をはらわなければならないだろう。
逆に攻撃を通す場合に気をつけねばならないのがその数だ。
こちらが攻撃を仕掛ければ相手はそれを迎撃するためにいくつもの風の槍を攻撃にぶつけて相殺してくるだろう。
一本や二本程度ならどうにかなるがさすがにあの数で迎撃されたらいつかは落とされる。下手すれば自分のアーティファクト事態が壊されてしまうかもしれない。
一番いいのは相手に気づかれることなく攻撃を仕掛けることだが当然簡単な事ではない。
――どうするか?
ふと、そんな事を考えていると自分を襲っくる相手の姿を思い浮かべる。
あの時は攻撃されたことに驚いてそれどころではなかったが今思い返すと彼女の姿をどこかで見たような気がする。
しかし、どこで見たのかを思い出せない。
――まあ、いいか。
仮にどこかであったとしてもそれで戦いの状況が変わるとは思えない。今考えるべきはどうやって襲撃者を倒すかだ。
その方法を模索しながら剣二は走るのだった。
自分のマンションに辿り着くと剣二は迷わずアーティファクトの入ったアタッシュケースを開けて自分の周囲に己のアーティファクトを展開させる。
八つの剣は剣二を守る盾のように周囲をとり囲む。
とりあえずこれで戦う力は整った。後は逃げながら相手を倒す方法を考えるだけだ。
そう思いながら外へ出ようとドアの方へと向き直した時だ。
突然ドアにがいくつもの穴が開き、風の槍群がこちらへと迫って来る。
身を低くしながら剣でそれらを防ぐ。
見るとドアの向こうには先程の少女の姿があった。その姿を見て剣二は驚く。
彼女の体には血がべったりと付着していたからだ。
恐らくあの時取り囲んでいた警官達の血だろう。
しかし剣二は感想的な感情をすぐに消し去ると迷わず反対側の窓へと走る。
少女は逃さないとばかりに再び風の槍を放ってくるが剣二はそれを避け、防ぎながらベランダから飛び降りる。
頭上を風の槍が通過するのを見ながら一本の剣に意思を送りその上に乗る。
剣二を追う少女はべランドまで走り寄ると剣に乗って空を飛ぶ彼に向けて風の槍を放つが彼はそれを避けて彼女との距離を離していく。
このままでは逃げ切られると判断した少女はなんと、べランドから飛び降りると屋根から屋根へと飛び移って剣二を追いかけ始める。
相手の動きから怪我をしている様子はない。
「前の奴もそうだったけどあいつら生身も異常だよな……」
相手の様子を見ながら剣二は呟く。
幸い両者の距離が縮まる事はないが開かれる距離も僅かでしかない。
それも相手の攻撃によってあっという間に取り戻されてしまう距離だ。
そのため剣二も反撃を開始する。
四本を守りに残し、後の三本で攻撃に入る。
剣はそれぞれ別の方向から少女に向かって飛翔していくが少女は風の槍でそれらを迎撃して弾いてしまう。
それならばとタイミングをずらしたり重ねて放ったりなど工夫も凝らしてみるがそれらの小細工も安々と防がれてしまう。
その間も相手は隙を見つけてはこちらへ攻撃を放っておりそのたびに守りに残した剣がそれらを防御してくれている。
やはり、中途半端な小細工では相手に通じない。
その事を剣二は闘いながら実感する。
そんな剣二は視界の中にあるものを見つける。
それを見た瞬間剣二は思考を巡らせ次の瞬間、その場所へ剣を走らせる。
襲撃者に勝つために……