三章一話過去への怒り
蝉の声が窓の外からひっきりなしに聞こえる。
既に太陽は真上まで登っており、灼熱の太陽が大地を燃やすように照らしていた。
そんな中剣二は自分のベッドの中で未だ寝ていた。
本来なら学校があってもおかしくない時間だが今は夏休み、学校がないので寝ていられる。
しかし、さすがにこの暑さと蝉の鳴き声に眠気も消え失せてしまったらしい。
のそりと起き上がると、腹を満足させるために適当な昼食を作ることにしたのだった。
夏休みに入って剣二は家にいることが多くなった。
理由としては襲撃を警戒して過度な外出を控えているためだ。
多少暇な時もあるが時間をつぶす心得はあるので特に問題ない。
昼食を作っている途中でチャイムの音が聞こえてきた。
キリのいいところで料理を中断しインターホンに出る剣二。
相手は綾香だった。とりあえず自動ドアのロックを外す。
「こんにちはって剣二、今までずっと寝てたの?」
開口一番綾香はそう挨拶すると同時に剣二の姿を見てそう言ってきた。
「いいだろう。別に夏休みなんだし……」
彼女の反応に彼は素っ気なく返す。
最近、綾香がよく家に来ることが多くなった。出かけない理由を話した後から増えだしたのでこちらを気遣っているつもりだろう。
襲撃がなくてもそこまで変わらないと思うのだが、と剣二は思いつつもその気遣いに彼は感謝していた。
もっともここにいても基本的にやることもない。そのため暗黙のうちに二人は課題を片付ける事になった。
アーティファクトを扱う学園といえど通常の学校が行う授業はあり、当然夏休みにもなればそれぞれの教科から大量の課題が渡される。
一人の時でも剣二は課題をこなしているが、二人だと答え合わせや質問などもできるので二人のほうが捗る。
それに特に話すことはなくても話相手がいる事自体が楽しいと思う時もある。
こうして静かだがそれでいて楽しい時間が始まるのだった。
「……ここもハズレか」
部屋の中を見回して総一はそう口を開く。
部屋にはベッドや冷蔵庫等があるが部屋中に埃が溜まっており人が生活しているという感じではない。
ここに彼はいない。それが一目でわかる惨状だった。
「一応、手掛かりがないか調べておいてくれ」
彼が一言そう告げるとそれまで部屋の外に居た白衣の男達が部屋の中へと入り何やら調べ始めた。
ここしばらく総一はある人物を探していた。
恐らく彼が襲撃をしかけた人間だろう。だが、動機がわからない。
資料にも目を通してみたが彼は必要なら殺すが無意味に殺すような人間ではない。必ず何か理由があるはずだ。
その後、部屋を調べていた白衣の男が総一に報告をしてくるが結果は予想通り何も出てこなかった。
「一体どこに隠れてるんだか……」
ため息混じりに彼は愚痴をこぼす。
彼が隠れていそうな場所をしらみ潰しに捜索しているがどこにも彼の姿はない。
残る心当たりも数が少ない。一番有力だと思われていた隠し研究所はこれまでの調査からもはや存在していないのは明らかだ……
新しい隠し研究所を建てている可能性もあるが、現状それらしい報告は受けてない。
そこまで考えて総一はある事を思い出した。
「そういえば彼と剣二君の共通点といえばそれがあったな……」
彼が言う共通点。それは彼の隠し研究所が剣二の生活していた一年前のあの事件の一帯にあったという事だった。
――ひょっとしたらあの二人には何か繋がりがあったのではないか?
剣二が覚えてないのは偶発的な出来事でそれが記憶喪失の中に埋もれているしまっているからだ。
「ものは試しかね」
そう呟くと総一は後始末を作業していた白衣の男達に任せてその場を後にするのだった。
剣二と綾香はまだ夏休みの課題をやっていた。
「そういえばさ、剣二」
課題をする手を止めず綾香が剣二に尋ねてくる。
「なんだ?」
「あれから、進展はあったの?」
何の、とは言わないがその部分が何かは剣二にはわかった。
「総一さんが調べているみたいだけど、何も聞かされていない」
「聞かないの?」
剣二を狙ったのなら当事者である剣二には何か聞かされている思ったのだろう意外な返事に綾香は驚く。
「必要なら向こうから言ってくるだろう。言わないという事は必要ないということだ。こっちも過去と今の生活ができるならそれ以外に関わるつもりはないしな」
平然と剣二は言葉を続ける。実際、襲撃という面倒事に陥っているが自分が関わらずに総一の方だけで解決するなら深入りするつもりはない。ただ、そちらの方で自分の過去がわかったのなら是が非にでも聞かせてもらうが……
「なんていうか剣二って優先順位っていうかそういうのがはっきりしてるんだね」
「そうした方が交渉もしやすいだろうって。冴子さんからの受け売りだ」
そう言った時の楽しそうな彼女の笑みを思い出しながら剣二は答える。
「そういえば剣二って今まで病院を移ってたんだっけ? どんな生活だったの?」
冴子さんの事を聞いて剣二が入院生活の事を思い出したのだろう。
「どんなって……まあ、病院周辺の散歩ぐらいなら許可されてたけど基本は今の状況に近いな」
つまりできるだけ室内にいろという事だ。
「話し相手とかはいないの?」
「基本的に担当医と後は総一さんぐらいだな。まあ、総一さんの場合、暇潰しに本とかいろいろ持ってきてくれたりするけど。ちなみに柊先輩にアーティファクトを頼んだのも彼を経由してだ」
「そうなの? どうやって知り合ったんだろう?」
彼女は過去に一度だけ総一と会っている。恐らくその時の事を思い出しているのだろう。確かにどういう接点で二人が知り合ったのか想像できな組み合わせではある。
「妹のアーティファクトが直った時にでも聞いてみるか」
「あれ、直してもらってるの?」
「ああ、。あのままってのも嫌だったからな。柊先輩、かなり張り切ってたから大丈夫だろう」
その時の様子を思い出したのか剣二が笑みを漏らす。
「そんなに張り切ってたの?」
その表情をイメージできないのだろう。半信半疑の様子で綾香が尋ねてくる。
「ああ、アーティファクトの効果を説明したらすごい興味津々な顔で見てたし……」
「あの人がね~。そういえば冴子さんとは最後の病院で知り合ったんだっけ?」
綾香はそう相槌を打つと新たな話を振る。
「ああ、俺の担当医だった。あの学園に行くことになったのもあの人の発案だな」
課題が終わったのだろう。出していた課題をしまい新しい課題をテーブルの上に置く。
「で、こっちに暮らすことになってからはいろいろと世話にはなってるな」
周囲を見渡しつつ剣二はそう告げる。彼が見たのは縫いぐるみ等の冴子が購入した品々だ。
剣二の視線につられて、綾香も彼女が買った品々を眺める。
「ああいうのも冴子さんが?」
「ああ。さすがに俺の趣味じゃない」
そう言って彼は自分の意思で買ったわけではないという事をはっきりアピールする。
丁度そこへチャイムが新たな来客を告げた。
剣二は立ち上がり来客を確認する。
やってきたのは総一だった。
ロックを外すと彼はまっすぐ部屋までやってきた。
「おや、泉堂さん。いらっしゃったんですか」
部屋の中に入ると綾香に気づき総一は声をかける。
「はい。夏休みの課題を……」
テーブルの課題に視線を少し向け綾香が応える。
「なるほど。学生は大変ですね」
納得したという顔で頷くと今度は真剣な顔で剣二の方へと向き直った。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど。今いいかな?」
問われ綾香の方を見ると彼女は構わないとばかりに首を縦に振ってくれた。
「どうぞ」
そう言って手近なところから座布団を引っ張ってくると総一の前に出した。
「どうも」
その座布団の上に総一は座る。
「それで早速なんだけど片山喜久雄という人物に心当たりあるかな?」
それを聞いた瞬間、剣二は頭の中で妙な感覚を感じた。
具体的には説明しにくいが例えるなら壊れて引き出せない引き出しを無理やり引っ張っているような、そんな感じだ。
僅かに反応が出たのだろう。こちらを見ていた総一が目を細め、言葉を続ける。
「私達は剣二君を襲撃した黒幕だと思っているんですけど……」
「どうしてそう思うんですか?」
質問したのは話を聞いていた綾香だった。
「この間の襲撃者。彼女の遺体を調べてわかったことがあるんですけど、それに関係していることを彼は研究していたもので」
そう言いつつ総一は懐から何かを取り出す。
それは写真だった。写真には白衣を着た男が写っていた。眼鏡をかけどこか不気味な雰囲気をまとっている。
取り出した写真を総一はテーブルの上に置く。
「この人物だけど……どうかな?」
だが、剣二は既に総一の言葉を聞いていなかった。
写真を見た瞬間、剣二は自分の奥から怒りが湧き上がるのを感じた。次に湧きでてくるのは見たことのないイメージ。
……檻の中……どこかの研究室と思わしき景色……見知らぬ少女……光を失った瞳の妹……そして最後に来たのはイメージではなく心臓を貫くような痛みだった。
怒りと痛みで体が満たされるような感覚に剣二は苦しみだす。
「剣二君!?」
「剣二!?」
様子がおかしいことに気がついた総一と綾香が慌てて立ち上がり剣二に駆け寄るが苦しむ剣二はそれに気がつかない。
苦しみのあまりのた打ち回る。
終いには頭も割れるように痛み出してくる。
それらから逃れようと剣二はあがくが怒りも痛みも引く気配を見せない。むしろ、頭の痛みと怒りは時間の経過と共に増大していく。
……この苦しみから逃れたい。
そんな思いが頭の片隅によぎる。
そうして剣二の意識が暗闇に包まれた。
三章です。
恐らくですが三章が終わって次の章かその次で物語が終わる予定です。
大まかな流れは既にできているので後は詳細に文章にしていく感じです。
こんな物語ですが読んでくれた方には感謝しています。
では最後まで全力で書いていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。