一章一話編入
「……凄まじい光景だな」
男はその光景を眺めながら感嘆の声を漏らす。
「そうだな。全く今でも信じられんよ」
別の男が彼の言葉に同意しながら同じようにその光景を見ている。
二人の男達の目の前に広がっている光景は廃墟だった。
つい数時間前、この一帯で突然謎の爆発が巻き起こった。
当然何の予兆もなかったため、その一帯で生活していた人達は為す術無くその爆発に飲まれた。
爆発はしばらく続き止んだのは二時間ほど前であった。
「一体何が起こったんだか……」
そう言いながら二人は廃墟を見回す。廃墟内には防護服を来た人間の姿があちこちで見ることができた。
「今のところ死体しか見つかってないそうだな。無理もないが……」
「この状態では生存者は絶望的だろうな」
二人が口々にそう言った時だ。
通信機から調査に行った隊員からの報告が入った。その内容は「生存者を発見。これより生存者を連れそちらに帰投する」ということだ。
その報告を聞いて二人は驚く。
「まさか、生存者が見つかるとは思わなかったな」
「全くだ。詳しい話を聞きたいものだ」
そう言いながら二人は生存者を連れて帰る隊員が帰投する場所へと向かう。
隊員は既に帰投したようで看護兵が連れ帰った生存者を担架に乗せて運ぼうとしているところだった。
遠目から見てみると生存者は少年のようだ。年は恐らく十六歳ぐらい。気を失っているらしく周りがこれだけ騒がしくしても少年が目を開けることはなかった。
少年は担架に乗せられたまま救急車に乗せられる。
少年を乗せると救急車はすぐさま出発し病院へと向かっていった。
その後の調べで生存者は千堂剣二と判明。生存者が一名発見されたことは世間に発表されたがメディアから彼を守るために生存者の名前は伏せられ、彼は何度も病院を移ることになった。
それから一年後……
「ここがお前の教室だ」
その声でかつて千堂剣二と呼ばれていた少年は思考していた意識を現在へと引き戻した。
声の主はこれから編入することになったクラスの担任で名前は藤宮玲香と言うそうだ。
「ここで少し待っていろ」
そう言うと藤宮先生は教室へと入っていく。
今日から自分はこの国立仙陽聖宝学園で八神剣二として過ごすことになる。
その事を考えるといろいろな事が頭に浮かんでくる。
全く新しい人生を歩むことへの抵抗。今までの過去を無かった事にしてしまう事。そして……
そんな事を考えていた時に教室のドアが開き慌てて剣二は意識を目の前に戻した。
ドアから藤宮先生が顔を出して手招きする。それを見て剣二は教室へと入っていった。
時は2078年。30年近く前に人類は画期的な発見をした。人を始め生物の中に未知のエネルギーを発見したのだ。
そのエネルギーをマナと呼びそれから5年の月日が経ったある日、そのマナを動力とした道具が発明された。
人が持つマナを使い強大な力を放つ道具。後にアーティファクトと呼ばれる道具が初めて生み出された日だった。
アーティファクトの力は強大で当時の重火器といった装備を遙かに超える火力を秘め、高い戦果を誇った。
これからの戦争はアーティファクトで決まる。それを予感した各国はすぐさまアーティファクトの研究とそれを扱う人材の育成に力を注いだ。多額の資金が注がれそれによって新たなアーティファクトが生み出され、アーティファクトを扱う物アーティファクターとアーティファクトを作る者クリエイターが育成されていった。
そして現在、アーティファクトは軍という分野だけでなく警察、医療、スポーツといった分野でも活躍するようになっていた。
「八神剣二です。よろしくお願いします」
そう言って剣二は頭を下げる。
「八神は奥の窓側の席に座ってくれ」
藤宮先生に促され彼はその席に向かう。
歩きながら周囲を見渡すと生徒達は新たに加わることになった自分に興味深々な視線を向けている。
その事に内心吐息しながら席に辿り着く。
「よろしくね」
声をかけられ健二は声のした方へと顔を向ける。
挨拶してきたのは自分の右隣の席に座っていた女子生徒だった。綺麗な長い髪を腰まで伸ばし優しく凛とした瞳は彼女の綺麗な顔立ちをさらに引き立たせていた。
「私、泉堂綾香っていうの」
その名前を聞いた瞬間、剣二は目を大きく見開いた。
――その名前は……
「えっと……どうしたの?」
「……あ、いや、何でもない」
すぐさま平静を取り戻した剣二はそう答えて席につく。
「それじゃあ、授業を始める」
そうして授業が始まった……
「ねえねえ、この時期に編入って珍しいね」
「趣味は何?」
「前はどこにいたんだ?」
最初の休憩時間、剣二はクラスメイト達の質問攻めにあっていた。
「前は病気が原因で一年近く病院で入院していたんだ」
剣二はそう言って話し始める。
心臓系の病気で一年近く入院した事。この度、手術が終わり無事退院出来たこと。そしてこの学園の編入試験に合格した事。
事前に考えた作り話を彼は皆に聞かせた。
「大変だったんだね」
「何か困ったことがあったら言ってくれよ。力を貸すからさ」
話を聞いたクラスメイトはそう言って口々に剣二を励ました。
「八神剣二はいますか?」
彼を探す声が聞こえたのはそんな時だった。
剣二を始め彼の周囲にいた生徒達も声のした方へと視線を向ける。
彼を探していたのは女子生徒だった。物静かな雰囲気で見る人によっては人形を思い浮かべるだろう。それほどまでに綺麗な少女だった。
彼女の姿と声には覚えがあった。名前は楠奏。年齢は一つ上。ここに来たということはあれができたという事だろう。
「ここです」
そう言いながら立ち上がり彼女のもとへ向かう。
「君のアーティファクトが出来たから届けに来た」
感情の篭っていない声で彼女はそう言うと両手で持っていたアタッシュケースをこちらへと差し出してきた。
「ありがとうございます」
そう言って差し出されたアタッシュケースを剣二は受け取る。
「とりあえず使ってみて何か不満があったら私のところへ持ってきて。すぐ調整するから。メンテナンスの時も同じように」
「わかりました」
そう答えると要件はそれだけだとばかりに彼女はさっさとその場を立ち去ってしまった。
「お前、あの楠先輩と知り合いなのか?」
席に戻ると早速男子生徒が尋ねてきた。
「あの?あの人何か有名なのか?」
「あの人、人間嫌いで有名なんだぜ?」
剣二はまだ疑問に首をかしげているが男子生徒は構わず話を続ける。
「楠奏。2年生でクリエイター専攻。うちの学園の中じゃまずクリエイターとしての実力はトップクラスだな。どこかの企業で既に設計しているってくらいクリエイターとしての実力は有名だけど普段は誰かと話すのも臆劫そうな人なんだよ。だから、制作依頼どころかメンテナンスの依頼すらも受けてはくれない事でも有名なんだよ」
アーティファクトはそれまでの常識を変えるほど凄まじい力を持っている。しかし、所詮人によって生み出された物。
使い続ければ摩耗もしていく。当然、定期的なメンテナンスや点検が必要になってくる。
軍等なら所属しているクリエイターに、医療等ならクリエイターの業者にメンテナンスを依頼する事になる。
こういった学校の場合、外部の業者などに依頼することも可能だが基本的に高額なのでほとんどの学生は外部の業者に依頼することはない。変わりに同じ学園内にいるクリエイターの学生に点検やメンテナンスを依頼することになる。
学園側もそれを想定しているらしく、学生間でのアーティファクトに関する取引は原則無料で行うように校則で決められている。材料は基本的な物なら学園が無料で用意してくれるし設備も学校のものを無料で貸しだしてくれる。
アーティファクターを目指す学生にとっては安くメンテナンスや点検が済み、クリエイターを目指す学生にとっては貴重な実習となる。この制度は両者ともに得られるものが多いのだ。
「それなのにメンテナンスどころかアーティファクトを製作してもらっただと!!っていうか何で知り合いなんだ!?」
興奮した口調で男子生徒は剣二の机を叩く。
「波瀬君。落ち着いて」
綾香が興奮する男子生徒、波瀬優木を宥める。それで優木は我に返った。
「あ、悪い……それで何で知り合いなんだ?」
その疑問は他のクラスメイトも感じているらしく興味深々という目でこちらを見ている。
「知り合いの知り合いだ。ここに編入するって事でアーティファクトを作ってもらうことになってそれで彼女を紹介されたんだ」
周りの雰囲気に内心呆れつつも剣二は律儀に答える。
その説明で大体の生徒は納得した。何人かはまだ何か疑っている様子はあったがそれを気にしても仕方がない。
「それでアーティファクトってどんなの?」
この質問にも他のクラスメイトは食いついた。全員の視線が剣二が持つアタッシュケースに注がれる。
しかし丁度その時、チャイムが鳴り担任の教師が教室へと入ってきた。
「仕方ない。次の時間だ」
優木がそう言うと他のクラスメイト達も頷きそれぞれ自分の席へと戻って行った。
彼らの様子に呆れつつもどこか楽しげな表情で剣二は次の授業の準備をしていった。