僕の考えた最強の創作論
『完』。
……最後のページを読み終えて、編集者の青山雫は深いため息を吐いた。万感の思いで雫はカップを口に運んだ。面白かった。なんて素晴らしい物語だろう……最後の方、主人公が唐突に新たな力に目覚めるところは、ちょっと後付けっぽかったけど。
「失礼。遅くなった」
雫が余韻に浸りながら紅茶を飲んでいると、三流小説家・売れない小説家・面白くない方の小説家・手越光が打ち合わせに現れた。
「ちょっと肩書きが多すぎるんじゃないか」
手越が口を尖らせた。相変わらずボサボサの髪の毛で、無精髭を生え散らかしている。自分は作家として、身だしなみに気を遣えないほど忙しいのだとアピールしているみたいで、ちょっと嫌だった。雫は目を瞬かせた。
「どなた……?」
「どなたじゃないよ。僕だよ。売れてる一流小説家・面白い方の手越光だ。君がこの喫茶店に呼び出したんだろう。次の連載の打ち合わせをすると言って」
「手越光……? あ! あの『自分を美化し過ぎて現実と妄想の区別が付いてないエッセイ』でお馴染みの」
「どんなエッセイだ」
手越はため息を吐きながら雫の前に腰掛け、ブラックコーヒーを注文した。
「ツカミはこれくらいにして。先生、早速次の連載についてですが……」
「僕は君と漫才をしに来たんじゃないぞ」
手越が文句を言った。
「やれやれ。本来ならこんなところでふざけてる場合じゃないんだ。売れない小説家どころか、今や小説自体が売れなくなってるじゃないか。さらには原材料費の高騰、ナフサ不足、紙そのものも供給が難しくなり、値上げは必須。もはや作家は蠱毒なサバイバル状態、業界全体がデス・ゲームと化した戦国時代へと……」
「先生?」
「はっ!」
手越が慌てて口元を拭った。
「あ、危ない危ない……仕事が欲し過ぎて危うく『ビジネス政治語り』をするところだった」
「何ですかそれ? 悪口を書き込んでお小遣いをもらうアルバイトのことですか? 生まれつき口の悪い先生にはピッタリですね」
「そうだろう? 時代が僕に追いついてきたようだな。フフフフフ」
笑いながら、手越は心の中で泣いた。
「とにかく、これからの作家業は大変厳しいと言いたいんだよ」
「副業か何か始めたらどうですか?」
「そうね……実はこの前、同人イベントで『いずれ完成するであろう最新話を読む権利』を1人1万円で売ってきたんだ」
「先生、それ詐欺って言うんですよ」
「確かにもう読者を数年待たせているが……完成させれば詐欺ではない。ジブ◼️とデ◼️ズニーが戦う話なんだが……」
「著作権法違反まで!」
手越がテーブルの下からPCを取り出した。
「ツカミはこれくらいにして。早速、次の連載について何だが……」
「私、先生と漫才しに来たんじゃありませんよ」
「この間、小説を書こう書こうと思って一日中SNSを眺めていた時にふと思ったんだが」
「もう。何してるんですか」
「ネット上に溢れている創作論を全部合わせれば、最強の小説が出来上がると思わないか?」
「思いません」
「それじゃあ話が膨らまないよ……」
剣もほろろな雫に、手越が悲しそうな顔をした。
「今回は『思う』という前提で会話を進めて行こう」
「私の意見を聞く気がないなら、壁にでも話しててください」
「まぁまぁ。ネットの有名なアカウントが言うには、やっぱり小説は『1ページ目で掴まなきゃいけない』んだと。映画や漫画だってそうだろう? 始めにショッキングな展開を持ってきたりして、読者の興味を引くんだよ。漫画家なんて、1ページ目を散々書き直しさせられると聞くぞ」
「知りませんけど」
「ちょっと君、やってみなさいよ」
「は?」
雫が怪訝な顔をしていると、手越がニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているところだった。
「日頃から散々ああしろこうしろと偉そうに言ってるんだからさぁ。編集者たるもの、それくらい出来ないといけないんじゃないのぉ?」
「あの、ね……」
「大丈夫大丈夫。きっと面白いものが出来るよ。僕たちにはネットの創作論がついてるから」
「だから余計に不安なんですけど」
「僕たちで最強の小説を作ろう! ひひひひひ」
そう言って、手越が持ってきたPCを雫の方に押しやった。さすがは売れない小説家。令和の『ライオン仮面』、結局、自分で書けないからこっちに書かせようと言うのだ。雫は諦めてキーボードを打ち始めた。
「『あーあー、本日はお日柄も良く……』」
「ダメダメ! そんな小説聞いたことないよ!」
早速手越が嬉々としてダメ出しを始めた。普段やられる側だから、余計楽しいのだろう。正式な裁判にはいくらくらい費用がかかるだろうかと考えながら、雫は黙って手越を睨んだ。
「やり直し! 小説は1ページ目から……一行目で、一文字目で掴まなきゃ!」
「一文字で、掴めるもんなら掴んでくださいよ!」
「『完』」
「終わってるじゃないですか!」
「『死』」
「中学生か」
「心に中学生がいなくなった作家を僕ァ信用しないよ」
「知りませんよそんなの」
「やれやれ。冒頭は後回しにしよう。最初に書きたいシーンだけ、クライマックスだけ書いてしまおうじゃないか」
「クライマックスぅ?」
「安心したまえ。ネットの最強創作論があれば書けない小説などない」
手越がSNSで最強創作論を探した。
「こう言うのはどうだ? 『キャラクターが勝手に動いてしまった』」
「何言ってるんですか。作者の責任ですよそれは。育児放棄しないでください」
「あー君! ちょっと!」
「な、何ですか!?」
雫が、クライマックスにとりあえず敵を倒しているシーンを書いていると、手越が慌てて止めた。
「ダメだそれじゃ! 全力で倒しに行ってどうする!? 手を抜け! ここで敵を倒してしまうと連載が終わってしまうから……わざと負けるんだ!」
「クライマックスで!? 逆に難しくないですかそれ!?」
「一巻だけじゃ印税もたかが知れてるけど……続きが出たら、長期連載ならいつまでも金づるだぞ! 金づる!」
「読者を冒涜してるでしょそれ!」
「『最強チートをもらった俺は、しかしライバルに負けてしまった……』」
「何か……残念な大人だなぁ」
雫が呆れている横で、手越が新たな最強創作論を探し当てた。
「えーっと次は……『面白ければ著作権法違反しても良い』」
「存在しない創作論を捏造しないでください!」
「『後付けのことは伏線と呼んでも良い』」
「別に良いですけど……読者にはフツーにバレてると思いますよ? それ」
なおも手越は漫才を続けたそうだったが、雫が冷たくPCを手越に突き返した。
「先生……自分で書く気がないなら、いい加減もう辞めたらどうですか?」
「う……!」
「最強じゃなくてもいいんで、最高じゃなくてもいいんで、とりあえず書いてください。話はそれからです」
「うぅ……!」
手越が、萎びた青菜みたいになって、ポロポロと涙を溢し始めた。
「すまない……僕は、僕は! そうだよな。最初から最強の、最高の小説を書こうとするから書けないのであって……本当は下手くそでも、駄作でも良いから、何でも良いから書き始めるべきなんだよな」
「先生……」
「ありがとう雫君。こんなダメな僕でも、僕ももう一度、書けそうな気がしてきたよ。『ジブ◼️vsデ◼️ズニー』を……」
「お巡りさん、この人です!」
こうして手越は詐欺容疑と著作権法違反で逮捕された。小説家の行方は、誰も知らない。
完。




