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三流小説家・手越光シリーズ

僕の考えた最強の創作論

作者: てこ/ひかり
掲載日:2026/05/31

『完』。


 ……最後のページを読み終えて、編集者の青山雫は深いため息を吐いた。万感の思いで雫はカップを口に運んだ。面白かった。なんて素晴らしい物語だろう……最後の方、主人公が唐突に新たな力に目覚めるところは、ちょっと後付けっぽかったけど。


「失礼。遅くなった」


 雫が余韻に浸りながら紅茶を飲んでいると、三流小説家・売れない小説家・面白くない方の小説家・手越光が打ち合わせに現れた。


「ちょっと肩書きが多すぎるんじゃないか」


 手越が口を尖らせた。相変わらずボサボサの髪の毛で、無精髭を生え散らかしている。自分は作家として、身だしなみに気を遣えないほど忙しいのだとアピールしているみたいで、ちょっと嫌だった。雫は目を瞬かせた。


「どなた……?」

「どなたじゃないよ。僕だよ。売れてる一流小説家・面白い方の手越光だ。君がこの喫茶店に呼び出したんだろう。次の連載の打ち合わせをすると言って」

「手越光……? あ! あの『自分を美化し過ぎて現実と妄想の区別が付いてないエッセイ』でお馴染みの」

「どんなエッセイだ」


 手越はため息を吐きながら雫の前に腰掛け、ブラックコーヒーを注文した。


「ツカミはこれくらいにして。先生、早速次の連載についてですが……」

「僕は君と漫才をしに来たんじゃないぞ」

 手越が文句を言った。


「やれやれ。本来ならこんなところでふざけてる場合じゃないんだ。売れない小説家どころか、今や小説自体が売れなくなってるじゃないか。さらには原材料費の高騰、ナフサ不足、紙そのものも供給が難しくなり、値上げは必須。もはや作家は蠱毒なサバイバル状態、業界全体がデス・ゲームと化した戦国時代へと……」

「先生?」

「はっ!」

 手越が慌てて口元を拭った。


「あ、危ない危ない……仕事が欲し過ぎて危うく『ビジネス政治語り』をするところだった」

「何ですかそれ? 悪口を書き込んでお小遣いをもらうアルバイトのことですか? 生まれつき口の悪い先生にはピッタリですね」

「そうだろう? 時代が僕に追いついてきたようだな。フフフフフ」


 笑いながら、手越は心の中で泣いた。


「とにかく、これからの作家業は大変厳しいと言いたいんだよ」

「副業か何か始めたらどうですか?」

「そうね……実はこの前、同人イベントで『いずれ完成するであろう最新話を読む権利』を1人1万円で売ってきたんだ」

「先生、それ詐欺って言うんですよ」

「確かにもう読者を数年待たせているが……完成させれば詐欺ではない。ジブ◼️とデ◼️ズニーが戦う話なんだが……」

「著作権法違反まで!」


 手越がテーブルの下からPCを取り出した。


「ツカミはこれくらいにして。早速、次の連載について何だが……」

「私、先生と漫才しに来たんじゃありませんよ」

「この間、小説を書こう書こうと思って一日中SNSを眺めていた時にふと思ったんだが」

「もう。何してるんですか」

「ネット上に溢れている創作論を全部合わせれば、最強の小説が出来上がると思わないか?」

「思いません」

「それじゃあ話が膨らまないよ……」


 剣もほろろな雫に、手越が悲しそうな顔をした。


「今回は『思う』という前提で会話を進めて行こう」

「私の意見を聞く気がないなら、壁にでも話しててください」

「まぁまぁ。ネットの有名なアカウントが言うには、やっぱり小説は『1ページ目で掴まなきゃいけない』んだと。映画や漫画だってそうだろう? 始めにショッキングな展開を持ってきたりして、読者の興味を引くんだよ。漫画家なんて、1ページ目を散々書き直しさせられると聞くぞ」

「知りませんけど」

「ちょっと君、やってみなさいよ」

「は?」


 雫が怪訝な顔をしていると、手越がニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべているところだった。


「日頃から散々ああしろこうしろと偉そうに言ってるんだからさぁ。編集者たるもの、それくらい出来ないといけないんじゃないのぉ?」

「あの、ね……」

「大丈夫大丈夫。きっと面白いものが出来るよ。僕たちにはネットの創作論がついてるから」

「だから余計に不安なんですけど」

「僕たちで最強の小説を作ろう! ひひひひひ」


 そう言って、手越が持ってきたPCを雫の方に押しやった。さすがは売れない小説家。令和の『ライオン仮面』、結局、自分で書けないからこっちに書かせようと言うのだ。雫は諦めてキーボードを打ち始めた。


「『あーあー、本日はお日柄も良く……』」

「ダメダメ! そんな小説聞いたことないよ!」

 早速手越が嬉々としてダメ出しを始めた。普段やられる側だから、余計楽しいのだろう。正式な裁判にはいくらくらい費用がかかるだろうかと考えながら、雫は黙って手越を睨んだ。


「やり直し! 小説は1ページ目から……一行目で、一文字目で掴まなきゃ!」

「一文字で、掴めるもんなら掴んでくださいよ!」

「『完』」

「終わってるじゃないですか!」

「『死』」

「中学生か」

「心に中学生がいなくなった作家を僕ァ信用しないよ」

「知りませんよそんなの」

「やれやれ。冒頭は後回しにしよう。最初に書きたいシーンだけ、クライマックスだけ書いてしまおうじゃないか」

「クライマックスぅ?」

「安心したまえ。ネットの最強創作論があれば書けない小説などない」


 手越がSNSで最強創作論を探した。


「こう言うのはどうだ? 『キャラクターが勝手に動いてしまった』」

「何言ってるんですか。作者の責任ですよそれは。育児放棄しないでください」

「あー君! ちょっと!」

「な、何ですか!?」


 雫が、クライマックスにとりあえず敵を倒しているシーンを書いていると、手越が慌てて止めた。


「ダメだそれじゃ! 全力で倒しに行ってどうする!? 手を抜け! ここで敵を倒してしまうと連載が終わってしまうから……わざと負けるんだ!」

「クライマックスで!? 逆に難しくないですかそれ!?」

「一巻だけじゃ印税もたかが知れてるけど……続きが出たら、長期連載ならいつまでも金づるだぞ! 金づる!」

「読者を冒涜してるでしょそれ!」

「『最強チートをもらった俺は、しかしライバルに負けてしまった……』」

「何か……残念な大人だなぁ」


 雫が呆れている横で、手越が新たな最強創作論を探し当てた。


「えーっと次は……『面白ければ著作権法違反しても良い』」

「存在しない創作論を捏造しないでください!」

「『後付けのことは伏線と呼んでも良い』」

「別に良いですけど……読者にはフツーにバレてると思いますよ? それ」


 なおも手越は漫才を続けたそうだったが、雫が冷たくPCを手越に突き返した。


「先生……自分で書く気がないなら、いい加減もう辞めたらどうですか?」

「う……!」

「最強じゃなくてもいいんで、最高じゃなくてもいいんで、とりあえず書いてください。話はそれからです」

「うぅ……!」


 手越が、萎びた青菜みたいになって、ポロポロと涙を溢し始めた。


「すまない……僕は、僕は! そうだよな。最初から最強の、最高の小説を書こうとするから書けないのであって……本当は下手くそでも、駄作でも良いから、何でも良いから書き始めるべきなんだよな」

「先生……」

「ありがとう雫君。こんなダメな僕でも、僕ももう一度、書けそうな気がしてきたよ。『ジブ◼️vsデ◼️ズニー』を……」

「お巡りさん、この人です!」


 こうして手越は詐欺容疑と著作権法違反で逮捕された。小説家の行方は、誰も知らない。


 完。

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