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Timeless End【タイムレス・エンド】  作者: 葦原 蒼紫


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第9話 蜘蛛の巣への侵入と死線の舞踏


 王都の裏路地を『赤サソリ』の血と暴力で染め上げ、泥の底の支配権を確立してから三日が経過していた。


 スレイ・セクタムは、冷たい夜風が吹き抜ける王都の商業区画、その一角にある豪奢な建物の屋上に音もなく降り立った。

 眼下には、貴族や裕福な商人たちが夜な夜な集う高級アンティークショップ『銀の梟』の豪奢な看板が、魔力灯の柔らかい光に照らし出されている。表向きは希少な古美術品を取り扱う優雅な店だが、その地下深くには、王宮の機密情報から裏社会の暗殺者リストまで、あらゆる情報が金で取引される闇のサロンが存在していた。

 そこが、元王宮諜報部員にして王都最高峰の情報屋、『影の針』アザレアの根城であった。


(『隻眼のガロ』から絞り上げた情報と、俺の前世の記憶……その両方が、この場所を指し示している)


 スレイは屋上の縁から身を乗り出し、冷ややかな視線を建物へと向けた。

 胸元に下げた『トゥルーアイのペンダント』に微弱な魔力を流し込むと、視神経を焼くような鋭い痛みが走り、直後に視界が青白く反転した。

 分厚い石造りの壁を透過して、建物の内部構造がマッピングされていく。

 『銀の梟』の周囲には、泥の底のゴロツキどもが張っていたようなチンケな見張りはいない。代わりに、建物を包み込むようにして、極細の魔力線が何重にも張り巡らされていた。

 それは、触れた瞬間に侵入者の肉体を麻痺させ、同時に地下の警備室へと無音の警報を送る、王宮レベルの高度な探知結界だった。


(さすがは元王室直属の諜報員だ。防衛設備の質が、そこらの三流組織とは桁違いだな。だが……編み目が粗すぎる)


 スレイの『真実の眼』には、複雑に交差する魔力線の中に、ほんの数センチの『淀み』――術式の継ぎ目が生み出す死角が、はっきりと赤くハイライトされて見えていた。

 彼は黒い外套を翻し、屋上から路地裏の暗がりへと音もなく飛び降りた。

 着地の衝撃を前転で殺し、そのまま流れるような動作で建物の裏口へと向かう。探知結界の魔力線がスレイの鼻先や頬の数ミリ横を掠めるが、彼はその軌道を完璧に見切り、まるで目に見えない糸の隙間を縫うようにして、一切の警報を鳴らすことなく裏口の扉へと到達した。

 鍵穴には、物理的な錠前と魔力錠の二重のロックが掛かっていた。

 スレイは懐から一本の鉄の針を取り出すと、ペンダントで可視化された魔力錠のシリンダーの隙間へと滑り込ませた。微弱な魔力を針の先端に集中させ、錠の内部で構成されている魔力回路の結節点を、物理的な干渉でピンポイントに破壊する。


 ――カチリ。


 小さな音と共に、強固なはずの裏口の扉が、呆気なく開け放たれた。


(ここから先は、地下へと続く一本道だ。警報は鳴らしていないが、あの女のことだ。物理的な護衛を配置していないはずがない)


 スレイは鉄の仮面の奥で冷酷に目を細め、腰に帯びた黒塗りの短剣に手を添えた。

 扉の奥は、高級な絨毯が敷き詰められた薄暗い廊下だった。壁には高価な絵画が飾られているが、スレイの眼は、その廊下の奥、地下階段へと続く曲がり角の影に潜む、三つの強大な魔力の塊を捉えていた。


(『赤サソリ』の豚どもとは比べ物にならない、訓練された殺気の波長。元軍人か、あるいは王宮から引き抜いた暗殺部隊崩れといったところか。……ちょうどいい、この脆弱な肉体で、対人戦闘の限界値を測るための『実験台』になってもらおう)


 スレイは足音を完全に殺し、廊下を進んでいった。

 曲がり角まであと三歩という距離に達した瞬間。


「――そこまでだ、ネズミめ」


 冷酷な声と共に、曲がり角の影から三人の男たちが音もなく姿を現した。

 黒装束に身を包み、手には魔力コーティングが施された艶消しの短刀や、細身のレイピアを握っている。彼らの足運びには一切の無駄がなく、三人がかりでスレイの逃げ道を完全に塞ぐ陣形を、瞬時に構築していた。

 警報が鳴っていないにも関わらず、彼らはスレイの侵入に気づいていたのだ。


(なるほど。結界とは別に、床の絨毯の下に微細な重量センサーの魔具を仕込んでいたか。さすがの警戒網だ)


「運がなかったな。アザレア様の寝首を掻きに来た同業者のようだが、ここで死体になってもらう」


 中央の男がそう言い捨てるが早いか、三人は一切の躊躇なくスレイへと殺到した。

 言葉で威嚇する隙すら与えない、純粋な殺戮の意思。右の男が足元を狙って短刀を振るい、左の男がレイピアでスレイの心臓を突く。そして中央の男が、逃げ道を塞ぐように頭上から刃を振り下ろした。

 完璧な連携攻撃。王都の騎士団の精鋭ですら、初見で躱すことは不可能な必殺の網だった。


(見事な連携だ。だが……全てが見えている戦闘において、ただ速いだけの攻撃など、止まっているのと同じだ)


 スレイの網膜に、ペンダントの力による『デッド・ライン』の赤い軌跡が無数に走り抜けた。

 彼は迎撃しようとはせず、自らの貧弱な肉体の限界を理解した上で、極限まで力を抜いた。そして、三本の刃が自身の肉体に触れるコンマ一秒前に、まるで糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちるようにして姿勢を極端に低くした。


「なっ……!?」


 虚を突かれた暗殺者たちの刃は、スレイの頭上わずか数センチの空間を虚しく切り裂いた。

 完全に体勢が沈み込んだスレイは、床を滑るようにして、右の男の懐へと潜り込んだ。

 スレイの手には、黒塗りの短剣が逆手に握られている。彼は男の鎧の隙間、防御の薄い膝の裏側へと短剣の柄を叩き込み、その反動で男のバランスを完全に崩させた。


「ぐっ!」


 右の男が体勢を崩して倒れ込んでくるのを、スレイは自らの盾として利用した。

 左の男が放っていたレイピアの追撃が、誤って右の男の肩口に深々と突き刺さる。


「ちぃっ! 貴様ァ!」


 同士討ちをしてしまった左の男が、激昂してレイピアを引き抜こうとした隙を、スレイは絶対に見逃さなかった。

 スレイは盾にした男の身体を踏み台にして、一気に跳躍した。

 今の肉体では、純粋な筋力で彼らを圧倒することはできない。だからこそ、相手の力と体重を利用し、急所のみを正確に貫く絶対的な『技術』が必要だった。

 空中に舞い上がったスレイは、驚愕に見開かれた左の男の眼球めがけて、容赦なく黒塗りの短剣を突き立てた。


「ガァァァアアッ!?」


 眼窩から脳髄へと刃が達する生々しい感触。

 男が絶叫と共に痙攣して崩れ落ちるのと同時に、スレイは短剣を引き抜き、空中で身体を捻って着地した。

 残るは中央のリーダー格の男ただ一人。

 たった数秒の間に、二人の精鋭を鮮やかに、かつ無慈悲に肉塊に変えられたその男は、信じられないものを見るような目でスレイを凝視していた。


「ば、化け物……ッ! お前、人間じゃ……!」


「隙だらけだ」


 男が恐怖に呑まれ、一瞬だけ言葉を発してしまったその致命的な隙。

 スレイは着地の勢いを殺さず、床を蹴って『フェイク・ブリンク』を発動させた。

 足の筋繊維が悲鳴を上げ、ブチブチと千切れる音が体内で響く。だが、スレイは激痛を強靭な精神力でねじ伏せ、視覚から消えるほどの神速で男の背後へと回り込んだ。


「あ……」


 男が振り返ろうとした時には、既に全てが終わっていた。

 スレイは男の背後から、延髄の隙間めがけて短剣を正確に突き入れた。神経の束が切断され、男の巨体は一切の抵抗も悲鳴を上げることもできず、糸が切れたように絨毯の上へと崩れ落ちた。


「……はぁっ、はぁっ」


 血の海と化した廊下の真ん中で、スレイは荒い息を吐き出した。

 足の筋肉が痙攣し、立っているのがやっとの状態だった。もし敵がもう一人いれば、今の肉体では対応しきれなかったかもしれない。


(やはり、技術や眼で補うにも限界がある。早急に、この肉体を『英雄』の次元まで強制的に引き上げる特訓が必要だ……。だが、まずは目の前の盤面を完成させることが先決だ)


 スレイは短剣の血を男の黒装束で拭い、鞘に納めた。

 足の痛みを引きずりながら、血に染まった絨毯の上を歩き、地下へと続く重厚な扉の前に立つ。

 扉の向こうからは、強力な結界の気配と、そして一人の人間の、氷のように冷たく研ぎ澄まされた魔力の波長が感じ取れた。

 護衛が全滅したことは、とうに気づいているはずだ。

 スレイは鉄の仮面を直し、服に付着した血の匂いを気にすることもなく、地下のサロンへと通じる扉を蹴り開けた。

 王都最高の情報屋との、交渉という名の『悪魔の契約』が、今まさに始まろうとしていた。


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