EP8 今、境界にいる
「すげェな。こりゃ、アーク=セラフの上層部もお怒りだ」
赤髪の少年ビクターと、フードを被ってサングラスという表情の読めない──しかし女性ではあるセラフィムは、スラム街で起きた〝人為災害〟の爪痕──銃痕や爆発の名残り、治安ドローンの残骸等を眺め、ビクターは口笛を吹く。
「で? なにが盗まれたんだ? おれらがアーク=セラフから奪おうとしたものだったり?」
「いや、違うみたい」
白いフードを被り、セラフィムはイヤホンみたいな物体を耳から抜き取る。
「まず、逃走者は幼い子どもらしい。性別は女だってさ」
「ガキ? 良く盗めたな。でも、適合まで至っていないだろ?」
ビクターは眉をひそめる。
この街で〝幼さ〟とは、保護対象なんてぬるい存在ではない。むしろ、いつどきだって食い物にされ、利用される存在だ。子どもの持つ弱さなど、罪に等しい街だから。
「いや、適合したみたいだよ。アーク=セラフの無線を傍受した感じだと」
「は? なんのギアだよ。まさか〝ダーク・クラスター〟じゃないだろうな?」
「私らの狙いはまだ回収されてない。けど……その子とんでもない道具を手にしたようだよ」
「どんな道具だよ。ダーク・クラスター以上のお宝があるのか?」
セラフィムは声を潜め、言う。「……『リフレクト』って聴いたことあるでしょ?」
その名を聞いた瞬間、楽しそうに笑みを浮かべていたビクターの表情が蒼くなった。
「……冗談だろ」
旧戦争時代の禁忌。
物理法則そのものを裏返す、設計思想からしてクレイジー、と言わざるを得ないギア。
だが、それを咀嚼しきったビクターは不敵な笑みを浮かべる。
「要するに、そのガキを狙ってアーク=セラフの連中は血まなこだろ? なら、おれらの目的は容易い」ビクターは、〝自分たちが〟起こした事故で落下したコンテナに近づく。「どうせ〝リフレクト〟みてェなギア、ガキに耐えられるわけがない。そのときが来たら、おれが奪ってやるよ」
「そうだね~」
ここで、セラフィムはアーク=セラフとの戦闘で死ぬ予定だったが、運命のいたずらで彼女は生き残る。しかし、セラフィムがそれを知ることは、少なくとも今はない。
*
セーフハウスは、拍子抜けするほど静かだった。
外壁は崩れかけ、窓には鉄板が打ち付けられていた。
だが内部は最低限整えられており、簡易浄水器と発電機が唸りを上げている。
「シャワー浴びろ。不潔なヤツは嫌いだ」
「……分かったよ」
ローニンはフードを降ろし、壁に背を向けてカスミに言う。
カスミは疲れ切った身体にムチを打つように、シャワールームらしき場所へと向かっていく。
戦闘が終わったという実感が、今になって押し寄せてくる。
シャワーを浴びているときですら、そういった閉塞感の無さがカスミを少し気楽にさせる。
もしかしたら、パクス・マギアを手にすることができるかもしれない、と。
「これが、生きてるって実感か……」
イヤリングを再装着し、電源をオフにしたまま、カスミはローニンのいる部屋の床に寝そべる。仰向けになると、天井の配線が蜘蛛の巣のように絡まっているところが見えた。
「ねぇ、ローニン」
「なんだ?」
「ここは、静かだね」
スラムの夜は、常に騒音で満ちている。
怒号、銃声、機械音、誰かの悲鳴。
だがこの場所には、それがない。
「スラムに近いとはいえ中央都市──ダウン・タウンにも近いからな。ここはいわば境界線。スラムのようなやかましさはないが、中央都市のようなイカれた平和もない」
「なるほど……」
身体の中の時計は、すでに朝の5時ほど。実際、時計を見てもAM05:14なので、幼女の身体にバグはなさそうだ。ただ、子どもの身体だから眠たいだけである。




