EP4 最初の賭け
カスミは棺を引きずり出そうとした。だが、重い。幼女の腕力では動かない。さらに、ケースにはロックがかかっていた。解除には認証が要る。
そのとき、上から声が落ちてきた。
「……誰だ」
カスミは凍った。
裂け目の向こうから覗き込む影。回収員の一人が、コンテナ内に戻っていた。熱でカスミの顔が照らされ、見つかった。
銃口が向けられる。
カスミは反射的に叫んだ。
「待って! それ、起動コードは──〝サンクトゥス・レギス、プロトコル・ゼロ〟!」
言葉は原作の断片から引きずり出した。〈リフレクト〉の適合試験で、研究員が口にした〝起動儀礼〟。宗教じみた文句は、ギアの設計思想が「条約=プロトコル」と絡んでいる証拠でもある。
回収員の動きが一瞬止まった。
「……なぜ知っている」
「知ってるのはそれだけ! 起動しないと、火で中身が──!」
嘘ではない。火災で損傷すれば、彼らの責任になる。回収員は苛立ち、舌打ちした。
「ガキ、近づくな。こっちへ来い」
銃口は下がらない。カスミが一歩でも踏み出せば撃たれる距離だ。
カスミは〝近づかない〟代わりに、ケースの側面に手を当てた。幼い掌が金属に貼りつく。熱い。皮膚が焼けそうだ。
その瞬間、ケースの一部が青白く光った。
認証音。
《BIO-SIGN DETECTED》 《SUBJECT: UNKNOWN》 《ACCESS: LIMITED》 《PROTOCOL: REFLECT—STANDBY》
回収員の瞳が見開かれる。
「適合……だと?」
カスミは、胸の奥で息を吐いた。
適合の〝抜け穴〟は二つあると、原作の設定資料に書かれていた。ひとつは企業の正規適合。もうひとつは、旧戦争期の例外──「未登録被験体」。当時のギアは、すぐ扱えるように適合しなくても、最初に触れた相手が使えるように作られているはずなのだ。
(──勝った)
カスミは賭けた。そして当たった。
回収員がカスミへ銃口を向け直した。
「──そいつを離せ。今すぐだ」
カスミは離さなかった。代わりに、解錠されたケースから出てきた青色のイヤリングを手に持った。
「リフレクト、起動!」
次の瞬間、空気が淀んだ。
見えない膜──少なくとも回収員には見えていない膜が、カスミの周囲に生まれ、薄く歪む。
まるで熱の揺らぎのように、
それは世界の輪郭をわずかに曲げた。
「クソッ!!」
回収員が引き金を引く。
次々放たれる弾丸、耳をかすめる銃声音、遅れてやってくる硝煙の匂い。
されど、銃弾はカスミには届かなかった。カスミにだけ見える薄い膜が、弱々しい幼女の身体を守ってくれる。弾は進行方向を反転させ、正確に来た道を戻っていく。回収員の肩に火花が散り、彼を守る装甲がへこむ。
「……ッ!!」
回収員がよろめいた。いくら身体中を改造していて、半ばサイボーグみたいになっていても、頭にあるのは〝人間〟の脳だ。
だから次に引き金を引くのを躊躇してしまう。ましてやリフレクトの適合者ともなれば、無駄に銃弾を使っても、なんの意味もない。
であれば、カスミの次の行動は決まっている。耳たぶにイヤリング型のデバイスをつけて、カスミは排水溝の中へ滑り込むように逃げていった。
背後から怒号が飛んできた。
「クソッ! あのガキ、逃げやがったッ!!」
この小ささの排水溝は、大の大人では入れないため、ドローンの出番が回ってくる。そうすれば当然、走査のための光がカスミを照らし、地上へ出た際に追跡できるように、その光はマーキングしてくるわけだ。
ただ、その光は物理法則に従っている。ならば、カスミの耳たぶについたデバイスが勝手に光を逸らしてくれる。不自然に弾かれた光は、もはやなんの役にも経たない。
カスミは闇の中を必死で這った。腕が痺れ、喉が焼け、涙が勝手に出る。それでも止まらない。




