EP3 《REFLECT / 1st-GEAR》
カスミは平然と嘘をつく。嘘はこの街の通貨だ。使い方を間違えると命を失う。
男はしばらく黙り、それから指を二本立てた。
「それ、誰に言う気だ」
「誰にも言わない。場所だけ教えて。高架下のどの柱のあたりを通る?」
男は舌打ちし、義手で頬を掻いた。
「……柱番号F-13寄りだ。だが、近づくな。回収部隊は遊びじゃねェ」
カスミは頷いた。
「ありがとう」
男は金属片をひったくるように受け取り、視線を逸らした。会話は終わりだ。スラムでは、終わった会話を引き延ばすと刺される。
カスミは歩き出し、次の目的地へ向かった。
孤児たちが集まる廃ビルの一角。そこには〝運び屋〟が出入りしている。カスミは、配給の列に紛れ、年上の子どもに話しかける。直接聞くと危険だ。だから遠回しに、噂として、雑談として、断片を集めた。
「最近、外がうるさいよね」
「アーク=セラフが何か探してんだって」
「へェ。輸送増えたの?」
「増えた。検問も。高架の下、夜だけ通れなくなる」
断片が繋がった。
原作通り、輸送はある。事故も起きる可能性が高い。だが原作通りに〝偶然〟が起きる保証はない。カスミがこの世界に介入した時点で、未来はズレていく。
なら、ズレても拾えるように準備する。
カスミは次の日から、昼は廃材を集め、夜は高架下の周辺を歩いて地形を覚えた。排水路の入口。崩れた壁の隙間。ドローンの巡回ルート。監視カメラの死角。スラムには死角が多い。世界はここを見捨てているからだ。
そして、明後日の夜。
空気はいつもより冷たく、ネオンの点滅がやけに早かった。嫌な予感は、スラムでは当たる。
カスミは柱番号F-13の影に身を潜めた。小さな身体は、瓦礫の隙間に収まる。心臓が喉までせり上がる。幼い身体は恐怖に弱い。だが恐怖は、準備の質を測る物差しでもある。
遠くから、低い唸りが近づいた。
輸送車列だ。
先頭に治安ドローン。赤い走査光が地面を舐める。次に装甲車。最後尾にコンテナ車。コンテナの側面には、黒い翼のロゴ──アーク=セラフ社。
その瞬間、カスミは〝原作との違い〟に気づいた。
音が一つ多い。
上だ。
高架の上を、別の車が走っている。速度が速い。普通の民間車ではない。追跡されているのか、追っているのか──どちらにせよ、衝突する。
カスミの脳が悲鳴を上げる。
来る。
次の瞬間、高架上から火花が落ちた。タイヤが空転する音。金属が擦れる悲鳴。車がガードレールを突き破り、空中に放り出される。
輸送コンテナ車の側面に車が刺さり、爆発が咲いた。炎が舌のように伸び、夜の油を舐め、黒煙が天井へと巻き上がる。ドローンの警告音が一斉に鳴り、回収部隊が散開した。
「コンテナ確保! 中身を優先!」
拡声器越しの怒号。銃口の向きが変わる。スラムの闇に向けて撃つための姿勢だ。彼らは、事故の混乱の中でも〝敵〟を想定している。実際、スラムには火事場泥棒が必ず湧く。
カスミは待った。
焦って飛び出せば、銃弾に穴を開けられて終わる。
原作知識にあるのは、事故の地点だけではない。回収部隊の手順もだ。
——事故後、必ず「二次封鎖」を敷く。封鎖のために一瞬だけ、コンテナ直下の排水路が手薄になる。そこに回収用のホイストを通すから。
カスミは腹ばいになり、瓦礫の下から排水路の蓋へと進んだ。熱気が背中を撫でる。煙が目に沁みる。咳が出そうになるのを、歯を食いしばって堪えた。
蓋の隙間から、外が見える。
回収員が二人、コンテナの下部へ移動していく。その背中に、黒い装甲。義体の関節が冷たい光を放つ。カスミには勝てない。勝負にならない。
だから、戦わない。
カスミは排水路を進み、コンテナの真下に出た。熱で金属が鳴っている。火に炙られた塗装が剥げ、内部の複合素材が露出していた。コンテナの一部が裂けて、隙間ができている。
裂け目の向こうに〝箱〟が見えた。
黒い棺のようなケース。表面に刻まれた文字は、原作で一度だけ見たロゴと一致する。
《REFLECT / 1st-GEAR》
カスミの手が震えた。
──本当にある。




