EP10 ぼんやりした閉塞感
「よし……! 逃げるぞ、セラフィー!!」
返事は、なかった。死んでいる可能性なんて、全く否めなかった。
それでもなお、ビクターは〝ダーク・クラスター〟の力で崖の上に登り、狙撃手たちの車に積まれている応急装置を彼女の腹部に当てる。
そうすれば、
溢れんばかりの敵装甲車がやってきた。ビクターはニヤッと口角を上げ、同じく搭載されていたバルカン砲で応戦に入った──。
*
良く眠れた気がするものの、起きた途端に閉塞感を覚えるのはなぜだろうか。
「起きたか。なら、今度はおれが寝る番だな」
カスミは起きると同時に、ドア近くに背を向けていたローニンに目を向ける。彼は緊張の糸を決して抜くことなく、カスミが起きたのを確認し寝始めた。
「何時間寝たんだろう……」
デジタル時計はAM10:45となっていた。だいたい5時間程度。子どもの睡眠時間としては、かなり少ない部類に入る。
しかし、そんなことを嘆いていられる街ではない。カスミはベッドに横たわったローニンに毛布をかけ、今後の展望を考えていく。
(まず、第一関門は突破した。リフレクトがある存在を、そう簡単に襲ってはこないはずだ。それに、ローニンという心強い味方も得た。こちらは嬉しいタイプの誤算だね。でも……)
硬いパンに赤いジャムだけ塗り、カスミはもぐもぐと食べる。
(懸念点はふたつ。まず、アーク=セラフがどんな対抗策を練ってくるか。連中だって馬鹿じゃない。このセーフハウスだって、2~3日もあれば割り出せる。それと……主人公たちがいつ物語に関わってくるか。アイツらには〝補正〟がある。主人公補正という、どんな能力をもってしても倒せないチートが)
食べ終え、カスミは紙とペンで『サイバーパンクAs』の本来の筋書きを書き出す。
『主人公ビクターは、情報屋からアーク=セラフ社の所有物を聞き出し、セラフィムとともに襲撃。そこでビクターと同じく所有物を狙っていた連中が、ビクターと交戦。ビクターはセラフィムを喪うも、なんとか目的のブツ〝ダーク・クラスター〟を手にする。だけど、アーク=セラフが本当に輸送したかった、更にいえば投棄したかったギア〝リフレクト〟の正体を知り、新たな仲間レミーと再びスラムへ舞い戻る』
ここまで書いておいて、高架の上で謎の暴走車両が、アーク=セラフのコンテナをスラムに落としたのを思い出す。
このバグがなければ、カスミが〝リフレクト〟を手に入れることもなかった。
(ということは……予想まじりではあるけど、あの暴走車両はビクターだった? この世界におれ、いや私がいるから、軸がおかしくなった?)
カスミはペンを止め、紙の上に落ちるインクの滲みをぼんやりと眺めた。
(……もし、私の存在が〝原作〟を歪めているのなら)
それは好都合でもあり、同時に最悪でもあった。
好都合なのは、未来が確定していないという点。
最悪なのは、頼れるはずの〝展開予測〟が役に立たなくなるという点だ。
「……ま、簡単なわけがないよね」
独り言は、セーフハウスの静寂に吸い込まれて消えた。
ローニンはベッドで眠っている。
深く、だが完全に無防備ではない眠りだ。呼吸は一定だが、指先はいつでも武器に届く位置にある。
戦士の睡眠――そう表現するしかない。
カスミはその横顔を見て、少しだけ胸が緩むのを感じた。
(そうだ。なにより、このヒトがいなければ、私はきのうで終わってた)
助けられた、という感情とは少し違う。
〝選ばれた〟という感覚に近い。
ローニンは、カスミを弱者として拾ったわけではない。
戦える存在として、未来を賭ける価値がある存在として、隣に置いた。
(……ふッ、私と未来を築き上げたいわけだ)
この間違いだらけの世界で、この自由人がわざわざカスミを選んだのは、そういう理由ありきであろう。
違う道を歩んできて、同じ未来を見据える。だからきっと、カスミは胸が緩んだのだ。




